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アネモメトリ -風の手帖-

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#373

「音のアルバム」
― 岩元宏輔

202404

この1年、「音のアルバム」というコンセプトの個人的な活動をゆるやかに行っている。旧知の音楽作家とふたりで、「フィールドレコーディング」というアプローチで、テーマに沿った作品を作る。今のところ、細かな決めごとはない。

きっかけは、京都・亀岡で農業を営む友人による「紅葉いちごのリキュールづくり」に携わったことである。友人には「ただお酒を作るだけではなく、地元から上京して日々がんばっている人が、飲んだ時にふるさとを感じられるような、そんな時間を提供したい」「地元の陶芸家さんの作った陶グラスと合わせてお届けしたい」といった思いがあった。その思いをどのようにして形にしていこうかと検討する中で「そのお酒を陶グラスで飲む時に流すBGMのようなものがあるとよいのではないか?」というアイデアが生まれ、「そのBGMは作り込んだ音楽作品というより、できるだけ地元の空気を感じられるような、今回でいえば亀岡の日常を表現したようなものであると望ましいのではないか」という考えに至った。そこで「フィールドレコーディング」というアプローチで、作り手が現地に足を運び、当事者である友人農家の家族と活動をともにしながら録音し、録れた「音素材」を使って形にすることにした。早朝に農作業のお手伝いをさせていただきながら、音を録る。山に入って紅葉いちごを摘みながら、音を録る。陶グラスを制作する陶芸家の方の工房に伺い、制作時の音を録る。(後日、陶器を焼く「登り窯」の中に録音機材をセットさせていただき、焼かれる陶器が聞いている音を録ることも試みた。)1日の農作業を終え、軒下に七輪を並べ夕食を共にした時間も録らせていただいた。そうして亀岡のとある農家における日常や行動範囲の中にある音を素材にした作品が出来上がった。

このようなものづくりのスタイルが、なんだか新鮮でとても心地よかった。そこで様々なコミュニティの何気ない日常の中にある「音」を編み直し、オリジナルサウンドトラックのような作品を制作する取り組みを「音のアルバム」と称して、身近なところから小さく始めてみた次第である。

まずは築50年を越え、改築することになった下町の邸宅にて。取り壊す前の「音風景」を残すべく、居住者の方のお話を伺いつつ、音を録る。インターホンの音、階段を上り下りする足音、家中の扉の音。玄関に大きな水槽のあるその家は、一日中、水の音がしていた。思い出は映像や写真で残すことが主流かもしれないが、音として残そうとすることによる発見もあった。

また小学生のタグラグビーチームの試合に足を運び、そこにある音からチームアンセム(応援歌)を制作した。ボールをキャッチする音、タグを剥がす音、円陣の掛け声、ホイッスル、選手のやり取り・コーチの指示や保護者の応援…。そこには終始エネルギーが満ち溢れていた。

そしてこの記事を書いている前日、縁あって初めて広島・尾道を訪れた。地元の方との出会いもあり、充実した滞在となった。この地にも様々な音風景がある。「踏切の音に尾道の日常を感じる」というお話はとても印象的だった。早速いくつか異なる場所から踏切の音を録った。渡船の音、商店街のざわめき。ちなみに帰路に着く尾道駅ホームの入線メロディは「われは海の子」であった。果たして、最終的にどのような作品になるのだろうか。今回はじっくりと取り組みたいと思っている。自分たちとしても仕上がりが楽しみである。

とりとめのないコラムになってしまったが、この「音のアルバム」プロジェクトは、「なんらかの観点を持って、特定の場所・地域やコミュニティに足を運ぶことで、再発見が生まれる営み」の一つとも言える。自分はどんな観点を持って対象と向き合おうとしているのか。芸術教養学科の学生の皆さんにおいては、まずは芸術教養演習に取り組むにあたり、そのようなことを考える機会になれば喜ばしい…と、取って付けたようなコメントで締めくくることとする。