アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#34

「半技術」としてのインパクトドライバー
― 家成俊勝

(2015.09.05公開)

私たちの事務所に新しいメンバーが増えると、そのメンバーに必ず手渡されるものがあります。それはインパクトドライバーです。ネジを叩きながら締めていくもので、ものをつくる時にとても重要なハンドツールです。そしてハンドツールにはものづくりのためのとても大切な考え方が潜んでいます。

イヴァン・イリイチが書いた『コンヴィヴィアリティのための道具』という本がありますが、その中で道具を2種類に分類しています。1つは産業主義的道具、もう1つは各人の自由の範囲を拡大するような道具です。1つ目の道具は、高度に専門化された道具で誰もが使えるわけではありませんし、私たち一人一人の特異性や特殊性はあまり考慮されません。例えていうとプレハブ住宅をつくり出すような工場にある機械や、高速道路や高層ビルを建設する時に使用される重機のことです。これらの道具は資本を持っている人しか所有できませんし、誰もが少しの訓練で使えるようになるというものではありません。2つ目の道具は、生活の多様さをもたらすハンドツール(ハンマー、ポケットナイフ、はさみ、他)で、使い手によって選ばれた目的のために、必要なら頻繁にでも、まれにでも誰によっても容易に使われ、しかも安価で手に入れやすいものです。
一方、高祖岩三郎さんは都市を構成する要素を2つに分けました。それは、楼閣(高速道路や病院や上下水道の設備などのインフラ)と巷(屋台や雑誌売りなどの道々での小さなアクティビティ)です。楼閣は一旦建ってしまうと動かずに様々な物事を規定していきますが、巷は日々動き、常に新しい出会いや別れを生成しています。

2つの道具と2つの都市の構成要素には密接な関係があり、私たちが目にする風景の違いに顕著にあらわれます。産業主義的道具によってできあがるのが楼閣で、都市や郊外における均一な風景に関係しています。都市部や郊外で駅を降りた時に、「どこかで見た風景だな」と感じる理由もそこにあります。経済性、効率性、合理性を追求して大量生産され、あらかじめきっちりと定められた計画の通りに建設されています。ハンドツールによってできあがる小さな風景は巷で、それをつくった個々人のスキルや計画性が反映され、上手い下手も含め多様で雑多で時には無計画な風景をつくり出します。前者の風景の成り立ちもある側面ではとても大切ですが、それによって後者の風景が追いやられてしまうのは悲しいことです。なぜ追いやられるのかといえば、大量生産されたものを買うことに慣れてしまった私たちは自らモノや場所をつくり出していく力を奪われつつあるからです。モノを買うという消極的な行動ではなく、モノをつくり出すという積極的な行動が、私たちの暮らす場所の地域性を浮かび上がらせ、固有の風景をつくっていけるのだと思います。

そのような意味において私にとってハンドツールはとても大切で、特にそのハンドツールの中でも使用頻度の高いインパクトドライバーは、ものづくりになくてはならないものです。誰にでも容易に使われると先に述べましたが、道具そのものや、その可能性のみならず、誰にでも使えるスキルについても考えたいと思います。
最近友人と話していて面白いお話を聞きました。その友人のお母さんがお好み焼き屋さんをしていましたが、身体を悪くしてしまってお店に立てなくなり、急遽友人がお店でお好み焼きを焼かなければいけなくなったそうです。最初はなかなか上手くいきませんが、温かいお客さんに見守られながら、1ヶ月程度で美味しいお好み焼きを焼けるようになったそうです。割烹料理だとこうはいきません。ここにお好み焼きの秘める可能性を見ることができます。
今、1ヶ月練習して生業となるスキルは世の中にどれほどあるでしょうか。多くは高度で専門的なスキルを持っている人か、高度なスキルは持っていないがコミュニケーション能力を問われるサービス業の仕事が増えています。お好み焼きを作れるスキル、1ヶ月程度頑張ればなんとかなるスキルを「半技術」と勝手に名付けました。しかもお好み焼きの要の道具は鉄板とコテという簡単な道具です。人工知能も含め高度な技術と高度な道具はこれからもますます発展していくでしょう。それ自体は悪いことばかりではありません。でも、そのような状況の中で多くの人に開かれたハンドツールと半技術を組み合わせ、機械から私たちの仕事を取り返し、その場所その場所の固有の風景や暮らしをつくっていく可能性を考えたいと思う今日この頃です。
建築を生業にする私にとっては、お好み焼き屋さんのコテのように、インパクトドライバーが大切なのです。

image1

撮影:寺田英史

家成俊勝(いえなり・としかつ)
建築家。1974年兵庫県生まれ。 関西大学法学部卒。大阪工業技術専門学校夜間部卒。2004年、赤代武志とdot architectを共同設立。アート、オルタナティブメディア、建築、地域研究、NPOなど、分野にとらわれない人々や組織が集まる「もう1つの社会を実践するための恊働スタジオ」コーポ北加賀屋を拠点に活動。建築設計だけに留まらず、現場施工、アートプロジェクト、さまざまな企画にもかかわる。 現在、京都造形芸術大学 空間演出デザイン学科 特任准教授、大阪工業技術専門学校 建築学科Ⅱ部 非常勤講師。