アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#66

よく知る故郷にはじめて出会うための装置
― 小熊隆博

(2018.05.05公開)

ものかたり_絵本

秋田県五城目町は、人口9500人ほどの小さなまちである。のどかな自然に溢れ、500年以上もの歴史をもつ「五城目朝市」が今もなお開かれている。ここで生まれ育った小熊隆博さんは、Uターンし、2016年に「ものかたり」というギャラリーを開始させた。アートの展覧会やイベントを企画するだけでなく、子ども向けのワークショップ、絵本を中心とした本の販売など、空間を柔軟に使いながら、地域に根付いた活動を行っている。まちと密接に関わりながら、どんな目線でアートを捉え直しているのか、お話をうかがった。

———「ものかたり」をオープンするまでの、小熊さんご自身の経緯について教えてください。

まず大学は、経済学部を卒業しているんです。よくある話なんですが、主体的に経済を学びたいというよりは、入れたところがそこだったという感じで、ぼんやり勉強をしていて。そのなかで博物館や美術館といった、いわゆる文化施設のなかにもマネージメントの概念があるということを知りました。そこから文化経済学という分野や、学芸員の仕事に興味が湧いてきました。でも通っているのは経済学部だし、自分に制作や研究の実績もないし、どうやったらなれるかもわからないし。大学院に入るか、編入して勉強し直そうかと考えて、京都造形芸術大学の大学院に入学しました。
いずれ地元を拠点に活動したいと考えていたほうで、そのためのなりわいを考えながら大学院に通い、就職したんです。修了後は「ベネッセアートサイト直島」に7勤めて、直島のアートプロジェクトの仕事に携わりました。大学と仕事を通して、社会のインフラとして成り立つアートがあったらいいんじゃないかと思うようになりました。

———そこから独立するかたちでUターンをされ、20164月にギャラリー「ものかたり」を開かれています。なりわいとしてギャラリーをつくろうと思ったのはなぜですか?

商業的なギャラリーで働いた経験はないし、作家をプロデュースする経験値もほとんどないんですけど、直島のアートプロジェクトの仕事として、施設の運営だったり、イベントの時にゲストを呼んでトークを行ったり、あとは広報誌の執筆をしたりと、ソフト面に関わっていました。島のなかには美術館も、ギャラリーも、さらに集落にはアート作品として点在している空き家もあって、美術館の概念が結構広がったんです。
また、直島での様々な仕事を通して、単に作品を展示する場所=ギャラリーではない、という感覚がちょっとずつ自分のなかで醸成されていって。ギャラリーの意味には幅があるんだなと気づいたんです。
直島でやったように、ひとつの作品として空き家を直すことはできないと思ったんですけど、ギャラリーの役割を捉え直したら、同じ意義を持つ取り組みができるんじゃないかなと思って。

———「捉え直したギャラリーの役割」とは、例えばどういったことでしょうか?

ギャラリーは、外に向かって主体的に発信するだけの場ではなくて、社会のなかでいろんな表現を受け入れるうつわなんだなと気づいたんです。アーティストの表現の場だけではないと考えると、いろんな表現ができる場になりますよね。たとえば地元の高校生のプレゼンテーションをしたり、地域のなかで調べたことをアウトプットしたり。

アート作品の展示はもちろん、イベント、レクチャーなどを開催し、多くのひとにとって開かれた場として運営されている

アート作品の展示はもちろん、イベント、レクチャーなどを開催し、多くのひとにとって開かれた場として運営されている

———たしかにものかたりでは、アーティストの展覧会はもちろん、研究発表から木こり体験ができるワークショップ、朗読会など、柔軟に企画を行われています。そういった企画を立てるのに、何か基準があるのでしょうか?

この2年は振り幅を持ってやりながら、チューニングしているところかなと思います。企画のひとつの軸は、五城目町や秋田県だけでなく、東北エリアで出会った作家とできることは何か、ということ。最近では、青森県の八戸で活動する写真家や、漆塗り作家の展示をしました
次に「地域とアート」。今、直島や新潟を先行例に各地でいろんな取り組みが行われていますが、地元で自分がするならどういう取り組みがあり得るのかな、という試みがもうひとつの軸にあると思います。さらにもうひとつは「教育」。悩んでいるところですが、ものかたりのなかだけでなく、子ども向けのアート塾を、別のスペースをつくった仲間とやろうとしています。ほかにも学校に行ってアーティストと一緒に授業をするとか、それは教育というより、「芸術環境」かもしれませんね。アートがどういう環境のなかで成り立つのか、という実験をしたいんです。

————今後を考えるうえで、子どもの存在は大きいですか?

大きいと思います。実利的な将来のメリットとしては、そのなかからアーティストが生まれる、少なくともアートに興味を持って気軽に来てくれるひとが増える、といったことが考えられると思います。社会のインフラとしてのアートを考えると、子どもの頃にボキャブラリーやリテラシーがインストールされていれば、アートの場が増えていくんじゃないかなと考えています。10年、20年先を見据えてですね。
五城目町は、人口1万人を切ったまちで、30年後にはさらに半分になると言われているんですね。その頃には高齢化率が50%以上になる。2人に1人はご高齢という社会が見えているんです。人口が減っていく社会でどのように振る舞うかどうかが重要で。自治体も行政の責任として、地域にひとが来てくれるように移住、定住を促進する取り組みをしないといけないんですが、日本のみならず世界中で人口が縮小していくフェーズがあるじゃないですか。となると、縮小していくなかでどんなふうに社会が機能するかどうかを考えたほうが建設的だし、効率がいいんだろうなと思っていて。例えばアートでも、美術館があり、アート業界に身を置くアーティストが作品をつくるという分業が行われてきましたが、今後は多分、成り立たなくなると考えています。ものかたりのような働きかけが、将来につながるといいなと思ってやっていますね。

———地元を離れたからこそわかる、五城目町の良さや現状はありますか。

直島のプロジェクトに携わっていた頃は、仕事も面白いし、直島という地域も面白いという目線で働いていたと思うんですね。五城目町はよくも悪くも個人的な場所なんですけど、ものかたりを起点にして、故郷を客観的に見ながら活動できているように感じます。このギャラリーは、自分はよく知っていると思い込んでいる場所に、はじめて出会った場所のように向き合うための装置だったのかもしれません。

———ものかたりができてから、まちにも何か変化が起こっているのでしょうか?

僕がものかたりを始めただけではなくて、まちのなかには東京や大阪からの移住者も増えてきているんです。移住数が多いわけではないんですけど、ひとりひとり個性が際立っていて面白くて。そういうひとたちと公私共に関わるようになって、まちのひとのつながりの回路が、地元にいたときとはやっぱり違ってきていますね。血縁の結びつきだけではなく、以前とは違うひとたちと関わることで、まちの見え方も変わっていています。
あと、世代が変わってきていると感じることも多いですね。地元を出る時って、まちが嫌なわけではなくて、うるさい大人が嫌だとか、仲の悪いひとと関わりたくないとか、そういうことが積み重なって「五城目町が嫌だ」と思うことも多い。でも当時うるさく感じていた大人たちは引退してきて、今までやりたくてもすぐに釘をさされていたことが制限されなくなってきました。役場のひとと関わる機会が増えたこともあって、応援してくれるひとも増えてきています。風向きがちょっと変わった感じがしますね。

———移住者とはどんな関わりがありますか?

例えば教育系ベンチャーを経営する仲間らと2016年8月頃、フランスからの絵本作家と子どもが絵本を作るアートキャンプを一緒にやりました。最近では、彼がプロデュースし、遊休不動産をリノベーションした「ただのあそび場」という子どものためのスペースが、ものかたりの近所に半年前、オープンしました。そこは何か特別な遊具があるとか、子どものために何かが用意されているスペースではないんですが、無料で遊ぶことができるんです。子どもたちが自分で遊びをつくったり、何かに没頭したりできる場所。そこでアート塾を一緒にやりませんか? と話しているところです。
そういった関わりも相乗的に生まれたもので、各々でやっていることが何か申し合わせがあるわけでもなく自然につながっています。教育とアートの親和性とか、関心が近いからうまくつながっていることもあって。そういった部分が活性化しているように見てもらえているのかもしれません。何かひとつのジャンルに特化してまちが盛り上がっているのではないのがいいと思いますね。
絵本キャンプ①

絵本作家と子どもたちが一緒に絵本をつくる、アートキャンプの様子

絵本作家と子どもたちが一緒に絵本をつくる、アートキャンプの様子

———空間をつくるうえで考えたことを教えてください。

まずうちは空き家を改修したギャラリーで、もともと客間、床の間、仏間がつながっていた和室をフロアにしてつかっています。展示のために白い壁は入れていますが、日本の伝統的な空間として床の間を生かしたり、コンクリートの床だけじゃなく、子どもが絵本を読めるように畳の部分も残したり。改修のためのデザインは、同じ造形大卒業生でデザイン事務所の仲間に相談し、地元の工務店に施工を依頼しました。大工さんたちはリノベーションをやったことがない方たちだったんですけど、結果的に話を面白がってくれて。僕が設計監理のような担当をして、「白い壁はここにいれるけど、漆喰の壁は残しましょう」とか、毎日現場でデザインとすり合わせしながらやっていきました。自分で展示ごとに使い分けられそうな、和室と洋室が混じった空間に仕上がっています。

———これまで行ってきた展示、イベントなどで、特に印象に残っているものはありますか?

秋田公立美術大学の地域リサーチのプログラム「AKIBI plus」と連携して開催した言葉の展覧会「ちょこっとまなぐさ、何かはいったみたい」は、結構インパクトがありましたね。大学生が五城目町に来て、まちのなかをフィールドワークするという授業だったんですが、お題は特に設けず「地元のひとと話してきてください」といったもので。何を話すのか大学生もわからないし、地元のひとからしても、いきなりお話させてくださいと言われて、すごく怪しい始まりなんです。お互いに分からないなかで自分のことや、まちに対して思うことを話しながら、そこで出てきた言葉を集めて展示しました。
なので、インタビューされたひとは見に来るんです。チラシやSNSの広報よりも、口コミのほうが強力で、いろんなひとが来てくれました。それに、だいたいみんな笑って帰ってくれたんですね。展覧会というと絵がかかっているものなのかな、というイメージのひとたちが見ると、意外性があったようで。思いがけず自分たちが話したことが面白かったんでしょうね。そのへんで農作業をしてそうなおじさんが「五城目町はおしゃれなんだよ」って言ったりとか、まちに出たクマを「こないだ捕まえて食べたわ」と話すひとがいたりとか。そこにカルチャーショックが何重にもなって(笑)。まちのひとにとっても、世代が離れると話している内容も違って感じますよね。思いがけない言葉や会話が、はじめて五城目に来るひとにも地元のひとにも起こっていたのが、すごく新鮮でよかったなと思います。
まなぐさ展①

集まった言葉が書かれたポストイットが、空間中に張り巡らされた

集まった言葉が書かれたポストイットが、空間中に張り巡らされた

———すごくものかたりらしい展覧会。今後の展望はどうですか?

どうやって定着させるかどうかが課題ですね。まちのなかでの存在としてはもちろん、自分たちの事業としてやっているわけですから、ちゃんと生活できるようにしていくことが、まず必要かなと。
もうひとつは、活動の軸である教育という分野に、継続性を担保しながらどう関わっていくかどうか。去年、こちらも町に移住してくれた仲間と共同で、文科省からの委託で子ども育成事業として、学校へのアーティストの派遣事業を試しにやってみたんです。でも単年の国の予算でやったことなので、今後も続けられるかどうかは問われることですよね。
あとはリサーチを通した企画づくりですね。地域をリサーチし、そこにある芸術環境がどのようなものかを企画で実現していきたいです。秋田県内はより深く、東北エリアではどれだけ広げていけるか、両方のベクトルを持ちながらやっていくことになると思います。

———そうすると、ものかたりは五城目町や秋田のいち拠点ではなく、東北に根ざした場になっていきそうですね。

エリアを広げてやっていくためにも仕組みは考えています。ずっとここに張り付いて運営するのではなく、ものかたりを経営する「みちひらき」という会社で、東北エリアでの事業をつくるとか、展開を今考えているところです。

取材・文 浪花朱音
2018.04.06 オンライン通話にてインタビュー

画像_小熊s

小熊隆博(おぐま・たかひろ)

1981年 南秋田郡五城目町生まれ
2004年 埼玉大学卒業
2008年3月 京都造形芸術大学大学院修了
2008年4月〜15年6月 「ベネッセアートサイト直島」(香川) 勤務
2015年7月 五城目町「地域おこし協力隊」着任
2016年4月 合同会社 みちひらき設立、ギャラリー「ものかたり」開設 

【「ものかたり」について】
五城目町の朝市通り付近に残る、築約100年の空き家を改修し、かつて訪問客に開かれた客間および土蔵を、20164月よりギャラリー「ものかたり」として公開。名称は、展示されるものと向き合える、その価値を人ではなくもの自体が語り始める場、という意味。展覧会、ワークショップ、レクチャー等を開催するほか、書籍、アーティストグッズ、地元職人によるオーダー商品等を取扱う。

ものかたり
http://mono-katari.jp

【「みちひらき」について】
芸術環境研究所として2016年4月に設立。日常のなかにある非日常にフォーカスし、芸術を作る側と受容する側、芸術と出会う場所などの枠組みを越えた、芸術というべき経験や時間を現出するフィールド開発とともに、歴史の彼方に失われた、または失われつつある土地の文化に潜む未知なる価値の開拓に取り組む。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて、書籍の編集・執筆に携わる。退職後はフリーランスとして仕事をする傍ら、京都岡崎 蔦屋書店にてブックコンシェルジュも担当。現在はポーランドに住居を移し、ライティングを中心に活動中。