アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

このページをシェア Twitter facebook
#7

まちを切り出す/世界を捉える
― 小川綾子

(2013.06.05公開)

生まれ育った茨城県から千葉県松戸市に移住し、地域のまちづくりメンバーとなった小川綾子さん。イベント運営や空きテナントのリノベーション作業に関わる傍ら、今年春には趣味で続けてきた切り絵の個展「まちなか花鳥絵図」を開催した。建築の知識や行動力を生かしたまちづくりと、繊細な手つきで切り出すミリメートル単位の作品世界。それらの活動を現場主義で行き来する彼女の話し方は、堅実で何よりユーモラスだ。

 

——千葉県松戸市に移住したきっかけは何だったのですか。

茨城県内の短大を卒業した後は一旦上京し、建築現場で内装の仕事をしていました。床や柱に付いている傷を補修する仕事ですね。しかし実際は千葉県での業務が多かったので、少しでも朝ゆっくりしたいなぁと思って(笑)、ならば引っ越しちゃえと松戸市に移り住んだのが最初です。その後は一度補修から離れ、別の仕事に就いていた時期もあったのですが、どうしても建築業界に戻りたいという欲望が湧いてきたんですね。そのためには今まで以上の学歴と資格と経験がいると思ったので、最短で建築士の勉強ができるところを探し、京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコースに編入しました。
在学中、自分の住んでいるまちのフィールドワークをするレポート課題を出されたことがひとつの転機かな。まずインターネットで「松戸」って検索して、ちょこちょこと調べて、それからまち歩きに出かけたんです。松戸市は梨が特産物なのですが、実はここが二十世紀梨の原産地でもあると知りました。それで市内に「二十世紀が丘」とか「梨元町」という地名があるんだと。そういった名前の面白さや歴史が、自分の住むまちにも転がっていることがわかると、だんだん愛着が湧いてきて、松戸という土地にもう少し住みたいなあと思ったんです。

——在学中に、松戸市内にある「まちづクリエイティブ」という民間会社にインターンとして入られますね。その後、「松戸まちづくり会議」のメンバーに参加されます。

「松戸まちづくり会議」は、アーティストやクリエイターなどによる創造的なコミュニティづくりのプロジェクトを進めている民間会社「まちづクリエイティブ」と松戸市が事務局となって、2012年に立ち上げた団体です。主に参加しているのが、自治会の関係者、松戸市にゆかりのあるアーティスト、クリエイター。学生やボランティアの方もいます。昨年度に行った企画が4つあり、江戸川河川敷でのアウトドアウェディング、駅前の飲み屋横町での酔いどれ祭り、子供たちも多く集まった101人ライトドローイング。あと市内の工務店やアーティストと協働し、建物の壁を塗り直して、その上に壁画を描くこともしました。松戸という地域で起こっているさまざまな問題を洗い出し、その上でアーティストやまちの人びとがここで何をやってみたいかという要望を、みんなで話し合いながら実現してきた感じですね。

kaisou-01

kaisou-02

撮影:小川綾子<br />改装作業に関わった、松戸駅前でのイベントスペースづくりのようす

——まちづくりに関わるようになって、ご自身で心境に変化はありましたか。

今まで培ってきた内装の技術を生かしながら、イベントやまちづくりに参加することで、自分が能動的になった気がします。周りで起こるさまざまな話題が「自分ごと」になってきた。そうすると、まちの姿もいっそう面白く感じてくるようになったんです。

また、アーティストやクリエイターの仲間も増えたので、その交流の中で自分にも自信が芽生え、小さい頃から趣味で続けてきた切り絵の個展をやってみようと考えるようになりました。こういうのはだいたい、みんなで集まってご飯を食べたり遊んだりしているときに思いつくんですけどね(笑)。

そういった、みんなが集まる「居場所」になるような場所が「FANCLUB/LiftCafe」です。平日はカフェ、週末はイベントスペースとして営業しているので、同じ場所に名前がふたつある。これはもともと、松戸駅から歩いて2分ほどの場所にあった空きテナントだったのですが、そのスペースをみんなでリノベーションしたんです。そこで「HOMETOWN」という音楽イベントを2013年1月に行いました。そのときわたしは切り絵インスタレーションのアーティストとして参加したんですね。ラナンキュラスやアネモネ、芥子の花を作って、壁に飾りました。

——それが発展して、初個展「Ayako Ogawa 1st Exhibitionまちなか花鳥絵図」を開催されたわけですね。手応えはいかがですか。

こうやって切り絵の作品を見てもらう機会を持てたのは、松戸に移住したからこそだと思います。会期中は、ひとりひとりのお客さんとゆっくり向き合って話せたことが楽しかったですね。実感したのは、自分から発信するのが大事だということ。わたしは「NikaraSunday」の個人事業主でもあるので、自分がこういうことをやっていると営業するためにも必要なことだと思いました。また、大学の卒業制作時にも感じたことなのですが、やっぱり自分から身体や手を動かさないと何も始まらないなって。手を動かさないとアイデアのひとつも出てこないですから。

※ NikaraSunday:小川さんが2012年に立ち上げたデザイン室。「2D(平面)から3D(立体)まで」という言葉をもじっている。

koten-01

個展「Ayako Ogawa 1st Exhibition まちなか花鳥絵図」の展示風景

koten-02

個展会場にて。蝶のモビールによる空間演出<br>撮影:Takero Shintan

——切り絵での「身体や手を動かす」ことについて、制作過程を具体的に聞きたいです。

わたしは昔から紙が好きで、20年以上前からいろいろな紙のストックを溜めています。クリアファイルを10冊ほど買って、ピンク系、黄色系、濃い緑系、黄緑系、というふうに色別に分けて収納しているのですが、かなり膨大です(笑)。全部で600種類以上ですが、だいたいの紙の名前と、購入した場所と、何年前に手に入れたか、そこまで頭と身体に入っているんですよ。切り絵の対象となるのは、小さい頃から親しんできた植物とか、飼っているカメとかが多いかな。紙を決めるのも2日くらいかかります。そうやって時間をかけて紙を決めて、下絵をもとに切り出していく。2mmくらいのパーツもありますよ。細かいところは絵を見ながらフリーハンドです。まあ、描く段階である程度の線は整理しますね。はさみで切ったときの効果も考えながらね。

seisaku-01

個展にて行われた切り絵の公開制作の様子。初日にお客さんより頂いた花をモチーフにしたそう

seisaku-02

切り絵の制作に使用する紙のストック。この他にもさまざまな大きさや素材の紙がある<br />撮影:小川綾子

——はさみで切ったときの効果?

そうですね。境界線を引くというか。紙の切り方や重ね方で、色のグラデーションを見せるということです。「物がそこにある」という存在感を浮き立たせるためには、わたしの場合、絵筆の柔らかい感じではなく、はさみが必要だったんです。何というか、植物や生物、大きく言うと世界に対する明確な境界線が欲しかった。人もだし、まちもそうだけど、世の中って見えない境界線が多いじゃないですか。やっぱりそれを、心のどこかで捉えたいという気持ちがあって。捉えて、自分なりに描き出せたらいいなあって。

切り絵を制作する理由としては、純粋に、わたしが植物や生物を見つけたときのハッピーな気分を、人とシェアしたいという気持ちがいちばん大きいですね。いかなる仕事や活動であれ、人に喜んでほしいと常々思っていて。それってつまり人が好きなんだと、最近になってようやく気がつきました(笑)。

——まちづくりの活動と、切り絵の活動、それぞれ今後の展望をお聞かせください。

「まちづくりとアート」という括られ方は最近、全国的にもよく耳にします。松戸に住むわたしたちも、今までにいろんな場所でいろんな人と話し合ってきました。正直、明確な答えは出ていません。だけど、「まちづくりとは」「アートとは」といってそれぞれの固定概念にはめてしまうのではなく、まず話し合う場を設けて、互いの立場から理解を深めることが重要ではないでしょうか。わたしは建築出身の人間なので、つい対ハード、つまり建物側の立場にいると思われがちなのですが、結局は対ソフト、人との関わりがいちばん大切なんじゃないかな。まちづくりもアートも、現場にいるわたしからすれば、仰々しくもないし、かっこよくもないんです。泥くさかったり、地道だったりしてね。ですが、地域を活性させるために何かしらの刺激が求められた場合、アートにはそれを担う力があると信じています。相乗することで日常が楽しくなる。誰もが自分の外で起こることに敏感になれば、ものごとが本当に面白くなっていくんじゃないかな。

今は「松戸まちづくり会議」の告知もFacebookがメインになっていますが、それだけに依存しないで、口コミなど人を通じて発信できればいいですね。もしくはまったく新しいやり方で、人に伝わる方法を開拓していきたいです。それこそアーティストとの協働とか、やり方はいろいろある。

切り絵の活動は、細く長く。東京に、ゴミ処理場の廃熱を利用した夢の島熱帯植物園という施設があって、いつかそこにいる植物を切り絵にしてみたいです。あと田んぼ。もうすぐ田植えに行くのですが、今年度は田んぼにいる生物にも関わってみようと。もともと茨城の、山にも川にも海にも近い環境で育ったので、何となく自分のルーツに戻りながら、制作を続けていけたら嬉しいですね。

インタビュー、文 : 山脇益美
2013年5月7日 Skypeにて取材

※協力
(株)まちづクリエイティブ(https://madcity.jp/)
スローコーヒー八柱店(http://slowslowslow.sblo.jp/)

profile
撮影:Takero Shintani

小川綾子(おがわ・あやこ)
1985年茨城県水戸市生まれ、千葉県松戸市在住。2012年京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコース卒業。在学中より松戸のまちづくり会社と協働し、さまざまなイベントに参加。「松戸まちづくり会議」メンバーでもある。同年平面&立体デザイン室「NikaraSunday」設立、個人事業主として活動開始。2013年春、趣味で15年ほど続けてきた切り絵の個展「Ayako Ogawa 1st Exhibition まちなか花鳥絵図」を開催。大学で学んだ空間演出の手法を随所に生かしたユニークな展示で好評を博す。二級建築士。
「NikaraSunday」ブログ(http://d.hatena.ne.jp/nikarasunday/)
「松戸まちづくり会議」Facebookページ
(https://ja-jp.facebook.com/matsudomachizukuri)

山脇益美(やまわき・ますみ)
1989年京都府南丹市生まれ。2012年京都造形芸術大学クリエイティブ・ライティングコース卒業。今までの主な活動に京都芸術センター通信『明倫art』ダンスレビュー、京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」特集ページ担当、NPO法人BEPPU PROJECT運営補助、詩集制作など。