アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

TOP >>  風信帖
このページをシェア Twitter facebook
#31

コミュニティを語るグラフィティアート
― 北アイルランド ベルファスト

立派な市庁舎、活気のあるマーケット、お喋りを楽しむ女性たちや足早に街中をすり抜けていくビジネスマン。規模は小さいものの「美しいヨーロッパの一都市」であるベルファストは、つい最近までテロや紛争によって多くの市民が命を落とした地域でもあります。
街の中心部からローカルバスで10分もかからない住宅地に足を運ぶと、家々に描かれた絵を見つけることができます。観光名所としても知られるこれらの壁画は、ただの落書きではありません。この地域で何が起こったのかを伝える「語り部」なのです。
1960年代から1998年頃まで、この地域では「トラブル」と呼ばれる武力による弾圧・抵抗が続いていました。アイルランド全土の統一を目指すナショナリスト(カトリック中心)と、イギリスとの連合維持を目指すユニオニスト(プロテスタント中心)による紛争です。この紛争が最も活発だった頃、ちょうどグラフィティアートがブームだったため、若者たちを中心にした地域住民がそれぞれの主張を描いたのが、この壁画なのです。
道一本を隔てて隣接しているナショナリスト派の地域とユニオニスト派の地域では、描かれる絵も異なります。それぞれの文脈における「主張」「正義」が地域を彩っています。ただ、その文脈は武装解除が宣言された後、時代に合わせて少しずつ変化しています。例えば、武装組織のロゴが消されたり、武器を掲げ戦闘服を着ていた兵士は丸腰のスーツ姿の男性に塗り替えられました。また最近では若者支援や自殺防止を訴える絵も見られるようになり、単に歴史を伝えるアートとしてでなく、「コミュニティが今伝えたいこと」が反映されています。
現在イギリスはEU離脱に向け、着々と準備を進めています。イギリス領内で唯一EU国(アイルランド共和国)と地続きで国境を接している北アイルランドは、過半数が「EU残留」を支持しています。今のところ、アイルランド共和国と北アイルランド間は自由な行き来ができますが、イギリスがEUを離脱した後のことについては、まだはっきりとしていません。ただ、イギリスのEU離脱は、北アイルランドに新しい文脈を与えることは間違いありません。壁画はきっとまた人々の思いを反映して塗り替えられることでしょう。

(佐谷由希子)

1969年夏の暴動とユニオニスト派の壁画。

1969年夏の暴動が描かれた壁画とユニオニスト派の壁画。

ユニオニスト派の壁画。

ユニオニスト派の壁画。

最近描かれた壁画。

最近描かれた壁画。