アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#63
2018.08

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

広島・尾道3
2)ひととひとが出会いやすいまち
——豊田雅子さんに聞く(2)

豊田さんが「空きP」の活動で大事にしているのが、移住者と地元民、そして移住者同士が交流し合える場づくりだ。豊田さん自身も音楽やアートが大好きで(学生時代に「れいこう堂」の信恵さん(6月号参照)に音楽を教わったひとりだ)、ライブやアートイベントを介したコミュニティづくりに力を注いできた。地元のミュージシャンやアーティストについて教えてくれる豊田さんの話には、思わず引き込まれるものがある。きっとそんな豊田さん自身が楽しんでいる姿が、まちの協力者を集めてきたのだろう。

———音楽のジャンルの層がものすごく厚いんですよね、尾道は。ジャズ系の方、クラシック系の方もいれば、地元のミュージシャンの子がプロデュースしてる「Ferrys」っていう渡船アイドルもいたり。でも尾道には広い会場がなかなかないので、今、尾道駅の裏にある「松翠園」という元・旅館の離れを「空きP」主導で改修中なんです。ライブをしてもいいし、レコーディングをしてもいいし、50畳あるのでなんでもできます。「空きP」と同時期に復活した「シネマ尾道」も10年になりますが、未だにいろんな監督さんとか俳優さんが手弁当でトークショーをしに来てくださるんです。目の前ですごい俳優さんに質問できたり、そのあと飲み会までみんなで行ったり。この距離の近さは都会だとありえんよね、って支配人の河本清順さんとよく話してます。

ひととひとの距離の近さでいえば、尾道のまちを歩いていると、道ですれ違った見知らぬひとからよく挨拶される。ひと昔前の日本であればどのまちでも見られた光景なのかもしれないが、そんな時代を知らないであろう小学生や中学生からも同じように挨拶を受ける。移住者にしてみれば、そんな些細なことがここで長く暮らしていけそうだという自信につながることだろう。

———尾道は港町でもあるので、船が着くたびに知らないひとが来て、またどこかへ去っていく、というのが割と日常なんですよね。だから、地元のひともよそ者に対して気負いがない。野良犬とか野良猫もいっぱいいますしね(笑)。だから、旅の途中で尾道に立ち寄って気に入ったからそのまま住んじゃったみたいなひとも結構多いんです。小さなカフェがいっぱいあって店主さんがみんな世話好きだし、まちがコンパクトな分、ひととひとが出会う機会は都会より数段多い気がします。特に中心市街地は車がなかった時代に築かれているので、家も近いし、ひとも近いし、道も狭いし、知らないひとでも挨拶するみたいなのがまだ生きてるエリアなんですよね。

「あなごのねどこ」がある尾道本通り商店街は、古いながらも個人商店が隙間なく軒を連ねており、大手資本のスーパーやチェーン店が見当たらない。豊田さん曰く、大きなものに巻かれるのが嫌いな尾道人気質がそうさせているそうだ。同じお茶を飲むならチェーン店ではなく誰々さんの店で飲もうというような近所づきあいが残っているため、移住して店などの商売を始めたひとも最初はアルバイトで生計をたてつつも、早い時期に自らの商いで一本立ちしていくそうだ。

———わたしたち、田舎に住みながらいいものが向こうからやってきてくれるっていう感覚があって。個人単位でいい情報とかいいものを持ってきてくれるひとが、いろんなジャンルでいらっしゃるので、住んでるんだけど旅人の感覚でいられるみたいな部分がありますね。
今の目標は、尾道がしょうもない観光地になり下がらないようにすること。観光地として人気が出るのはいいけど、空き家が安かったり、セルフビルドしたりできる自由度が高いから若いひとやクリエイティブなひとが住んでくれているわけで、地価や家賃が高騰して、そういう面白いひとたちが住めなくなったら楽しくなくなっちゃう。若いひとがチャレンジしやすいとか、家業を継いでも暮らしていける環境とか、あくまで住んでいるひとが楽しくて心地いい場所であり続けるようにしていきたいんですよね。

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「あなごのねどこ」の路地の一番奥で営業している新古書店兼CDショップ「本と音楽 紙片」。大阪から尾道へ移住してきた寺岡圭介さんが内装から商品セレクトまでをひとりで担う。「決して広くないのに何時間でもいられる素敵な空間」と豊田さん