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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#63
2018.08

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

3 広島・尾道
1)「同世代の価値観」が後押ししてくれた
——豊田雅子さんに聞く(1)

今回の取材中、「尾道の最重要人物」として、たびたび話題にのぼる女性がいた。「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」の豊田雅子さんだ。住民の高齢化や過疎化により空き家が増えていく故郷に危機感を覚え、空き家再生活動を始めたひとである。

豊田さんが焦点をあてるのは、尾道の原風景ともいえる坂と路地で構成された山手地区の空き家だ。一度壊すと法律上、再建築できないため、山手の景観を守るためには今ある家屋をいかに生かすかが課題だ。
2007年、それまで大阪で働いていた豊田さんは、Uターンするやいなや2歳の双子の息子を両脇に抱え、地元で「ガウディハウス」と呼ばれていた増改築の博物館のような空き家を「リンゴを買うように」購入。再生第1号物件としてその改修に着手するとともに、任意団体「尾道空き家再生プロジェクト」を発足、翌年にはNPO法人格を取得した。2009年には尾道市から「尾道市空き家バンク」という空き家情報提供システムも事業受託。空き家をもて余す大家さんと移住者をはじめとする入居希望者のマッチングを精力的に推進しながら、移住者・入居者支援も手厚く行い、尾道の人口増加や平均年齢を下げる流れに大きなはずみをつけた。
これまでに住宅や店舗、ゲストハウスなどに生まれ変わらせた空き家は120~130軒。今では尾道の老若男女に「空きP」と呼ばれ、頼りにされる存在だ。そんな豊田さんが「空きP」を始めるにあたっては、同じ価値観を持った同世代の仲間の存在が大きかったという。

———今年で44歳になるんですが、周りにも同い年が多いんです。移住者さんも、Uターンのひとも。親が団塊の世代で、第二次ベビーブーム世代でもあるので子どもが多かった時代を過ごしていて、でも社会人のころにはバブルがはじけていて、過疎化でUターンとか親の家業を継ぐ・継がないということについて考えざるを得なかった世代。
だから、みんなやってることは違うんですけど、これから進んでいきたいのはこういう感じだよねという共通の価値観があって、助け合えるという実感があったから「空きP」を始められたっていうのはありますね。

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「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」代表理事の豊田雅子さん

「共通の価値観」という豊田さんのことばが興味をひく。古きものに宿る心地よさを認め、植物に水をやるように今の暮らしに沿って育て直すこと。上へ上へと競うより、横へ横へとつながること。その重要性に初めて気づいた世代が持つ身体感覚。そんな風に言い換えることができるだろうか。その同世代感覚は、移住者と地元出身者をつなぐ共感ともなり得たことだろう。
「空きP」がすごいのは、大家さんと入居者のマッチングだけではなく、入居者や移住者が直面するさまざまな問題に対して相談に乗り、実に細やかなアフターケアを引き受けていることだ。例えば、車が入れない山手の空き家に入居する際に最大の難関となる「荷物の運び出し」と「引っ越し」も、「空きP」のネットワークを使ってボランティア・スタッフを瞬時に集め、やりおおせてしまう。そのスタッフとは「土嚢の会」という荷物運びを目的とした会の登録会員で、声がかかるとバケツリレーで放置されていた家財道具を運び出し、玄関前で投げ銭制の蚤の市を開催することで一斉処分。家財道具があらかた片付くと、今度は新しい荷物の運び入れを行うという。
現在、登録会員は180人ほどいるそうだが、どのような人々が登録しているのだろう。

———3分の1は移住してこられた方ですね。「空きP」がお手伝いした移住者さんが、今度は逆に手伝ってくれるみたいな感じで。あとは地元の学生さんとか、建物マニアの方とか、子連れのお母さんとか。「この日に手伝えるひと募集―! お弁当出すよ、来てー!」みたいな感じで声をかけて、わーっと来てもらって。
トウヤマさん(6月号に登場)のお宅でも10人ぐらい来てもらいましたし、最近だと「ウシチョコ」の真也くん(7月号に登場)の新居でやったのが最後かな。どちらの家も前の持ち主さんが趣味の多い方で、蚤の市を2、3日やって、だいぶ家財道具を持ち帰ってもらいました。尾道は若いひとでも古いもの好きが多いので、結構はけるんですよ。昔の食器とか古本、ものすごい大きい箪笥でもどうにか持って帰ってくれたりね。単純に捨てるのがもったいないし、尾道は古いものが似合うから、みんなで共有できたらなって。
残念ながら解体が決まった家でも、わたしたち、廃材をもらいに行くんですよ。建具なんて倉庫に100枚以上ストックしてあります。で、これから空き家をリノベーションしたり、お店を始めたりするひとに安く譲ったり。
みはらし亭」(山手の崖にそそり立つ築100年の別荘を改修した絶景のゲストハウス。空きPが再生・運営を担当)を改修するときも、会員さんから、一般のひとから、「あなごのねどこ」(同じく空きPが再生・運営するゲストハウス)のお客さんにまで荷物運びを手伝ってもらって。本当に大変でしたけど、そういうときこそ仕事じゃなくて、お祭りにしちゃうんです。自分が手伝った建物には愛着が湧きますし、完成するとみんな見に来てくれますしね。

手伝ってもらったら、手伝うことで返す。一軒家が囲っていたものを再分配し、まちの風景の一部にする。仕事ではなく、お祭りにする。そんな貨幣を伴わない経済活動が、空き家を介してデザインされている。さらに象徴的なのは、10年続く「空きP」主催の企画「尾道建築塾」だ。専門家と山手の建築を見て回る「たてもの探訪編」と、現場で空き家の再生建築技術を学ぶ「再生現場編」の2本立てで、尾道の原風景を外と内から再発見する試みだ。

———この間も、土堂小学校の5・6年生の総合学習の時間で尾道の空き家問題を取り上げてくれて、「あなごのねどこ」の見学に来てくれたり、わたしがお話をしたり。そしたら子どもたちが現場で作業してみたい! と言ってくれたので、一緒に荷物の運び出しのバケツリレーして。
移住者の方々の子どもだけで去年で15人ほど生まれたんですけど、その子たちってもう故郷が尾道なんですよね。大人になったらみんな一度は尾道を出ると思いますし、出たらいいと思うんですけど、小さいときから坂とか路地に触れたり、地域の問題に目を向けることで、尾道のよさをわかってくれていたり、帰りたいなと思ってくれるように育ってくれたらいいなと思いますね。

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尾道水道に昇る朝日を眺めることができるゲストハウス「みはらし亭」。大正時代に折箱製造業を営む石井家が千光寺参道そばに建てた別荘を、尾道市やクラウドファウンディングの支援も受けながら「空きP」が再生、運営も請け負う。登録有形文化財

尾道水道に昇る朝日を眺めることができるゲストハウス「みはらし亭」。大正時代に折箱製造業を営む石井家が千光寺参道そばに建てた別荘を、尾道市やクラウドファンディングの支援も受けながら「空きP」が再生、運営も請け負う。登録有形文化財

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40メートルあるという長い路地が目を引くゲストハウス「あなごのねどこ」。明治時代に呉服商が建てた町屋を「空きP」が再生・運営。路地の入口脇にはモーニングも食べられる小学校風の喫茶店「あくびカフェー」も