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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#52
2017.09

横道と観察

2 細馬宏通 × ほしよりこ 対談 
5)声のマンガ
「りくの “別の喉” が開いたような気がしましたね」(ホソマ)

細馬 クライマックスの話なんやけど、クライマックスその1って時ちゃんがバースデーケーキを持ってくるとこ。あそこがグッとくる。あの鉛筆の暗さが。あそこだけ、ようこんな塗りましたよね?

ほし どうしようかなって。スミにしちゃうと、ちょっと変わっちゃうかなって。

細馬 ここ、全部鉛筆なんやなって思って。この暗がりのなかにこのお母さん、ちょっとすごいよね。これは消しゴムで消したらそうなるの?

ほし 塗り残しですね。

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細馬 線が行って帰って行って帰って、その行き帰りの端に白が現れてるのね。ここはびっくりしましたね。あと、ここもグッとくるとこやったけど、あとはね、りくに関西弁をしゃべらすくだりが、インコの声を時ちゃんに伝えるためにっていう2段構えになっているんですよね。そこがすごくいいなと思って。自発的に関西弁をしゃべるっていうのもひとつの解決法ですけど、そうじゃなくてインコのまねをして時ちゃんに話すっていう。

ほし まねしてるインコのまねをするっていう。

細馬 それで、どんな声やったんやろうって思って。

ほし インコは時ちゃんのまねをしているのであって、それをりくがまねする。

細馬 だからその時ちゃんに伝えるためにここでふつうに「時ちゃん!」って感じなのか、「トキチャン!」って感じなのか。インコの声みたいに甲高く。

ほし それは言ってない(笑)。そこまではおもろくないですよ。それが言えるぐらいおもろかったら……

細馬 始めから関西弁しゃべってる?(笑) そやからそこがね、非常にぎこちないですよね。たぶんインコはすごく高い声で言ってる。だけどりくのしゃべり方はきっと関西弁としても、インコのまねとしてもぎこちないことばになっている。

ほし いっぱいいっぱいですよね。

細馬 そうですよね。しかも公衆電話やし。携帯電話やったらもうちょっと長くしゃべるんやろうけど。

ほし 病院やし携帯はあかんかなって思って。

細馬 あとまあ、時ちゃんの年齢からしても携帯じゃないかなって。そやからほんまに限られた時間のなかで時ちゃんに言うしかないけれど、単に誰かの言った内容を伝言するんじゃなくて、声そのものを伝言するっていうのはマンガ史上見たことがないのでそれがすごいなと思いました。
一応マンガを多少研究している者のうんちくを言うと、世界で初めて、吹きだしを使ってちゃんとコマ割りしたマンガは『イエロー・キッド』だといわれてるけど、そこにはインコが出てくるんですよ。世界最初のマンガにインコが出てくる。どんなマンガかっていうと、イエロー・キッドっていう変な男の子がいて、その子が蓄音機の側にいて、そのころはエジソンが蓄音機を発明して間もないから、「みなさん、最新式の蓄音機がしゃべります」って紹介してたら、その蓄音機のなかからインコが出てきて、「実は僕でした!」っていうオチなんですよ。

ほし かわいい!

細馬 それが世界初のマンガっていうのはいろんな意味で面白くて、人間の肉声と、蓄音機に録音されている声と、実はインコの声だったっていうのと3通りの声が入ってる。インコや蓄音機はことばの意味も書き文字も知らなくて、ただ声を音として真似てるんだけど、それが吹きだしになってる。批評家のなかには、この作品によって純粋な声としての吹きだしが現れたっていうひともいる。ともかく、世界最初の吹きだしコマ割りマンガが既にインコを登場させることによって、「声を真似ること」からスタートしている。それはすごく面白いし象徴的やなって思っていて。マンガには最初から、「それは誰の声か?」っていう問いがあった。
ほしさんが『イエロー・キッド』を読んでこれを描いたとは思わないけど、でも気がついたらインコの声にたどり着いて、それがまたワンクッションあって、インコの声をまねしている女の子っていうのにたどり着いたところがすごい。マンガの一番ぶっとい歴史のなかにだんっと入ったなって。一番のルーツが蓄音機のまねをするインコだったけど、ここでは、インコを真似する女の子っていうね。その意味でも声のマンガですよね。それも、人間の声を真似するテクノロジーがでてきましたよってマンガじゃなくて、逆に、人間が声を取り戻すマンガ。東京から関西に来たときも声が充満するコマ、川島さんは「やかましい」って言ってましたけど、最後は関西弁を自分がしゃべるということを、まだたどたどしいやり方だけれど、自分の声で体験する。

ほし 言うてもうた、って感じですよね。絶対いやだったのに。

細馬 でも、それで別の喉が開いたような気がしますよね。使いたくなかった喉が開いて。そしてもうひとつ、使いたくなかったのが「泣く」っていうことで。だってこの子は涙を流すのは得意なのに、わーって泣くのは苦手な子で、最後泣くところが涙を流すんじゃなくて、わーっていうのがすごいですよね。この喉が開いた感じ。ほんまにヘレン・ケラーの「water!」みたいな感じですよね。

ほし やっぱり水際ですよね。

細馬 そこに蟹(笑)。蟹、サリバン先生か(笑)。

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(上)『イエロー・キッド』1895年10月25日『ニューヨーク・ジャーナル』に掲載。コマとふきだしがある(下)『逢沢りく』のカバーを外すと現れる、黄色いインコ

(上)『イエロー・キッド』(1895年10月25日『ニューヨーク・ジャーナル』)。コマとふきだしがある(下)『逢沢りく』のカバーを外すと現れる、黄色いインコ。「世界初のコマ割り吹きだしマンガ」と奇しくもつながる