アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#43
2016.09

挑戦し続けることの力

後編 「もの」と「ひと」の両面から目指す、幸せな島づくり
5)人生の最後に「海士町に暮らしてよかった」と思える島に
海士町長 山内道雄さん(2)

「絶対にぶれずに、決断し、実行していくこと」。
町長という立場として山内さんが自らに課していることは、ひとことで言えばそうなるという。

———「金がない、制度がない、前例がないというのは絶対に言うな」「本気で向かってくるものには本気で答えよ」とわたしはいつも言っています。たとえば群馬県出身の I ターン者である宮崎雅也さんが、島でとれるナマコを加工して売るビジネスをやりたいといってきたときには、その事業化をまちで支援することに決めました。こちらで加工場を建てて貸す事にしたのですが、7,000万円くらい必要でした。議会では、なぜひとりのために金を出すのかという反対の声も少なくありませんでしたが、粘り強く説得しました。宮崎さんのビジネスがうまくいけば、漁師の方たちの仕事を増やす可能性があったし、そういうアイデアはまちが積極的に支えなくてはいけないと思ったからです。結果、今では海士町にとって重要なビジネスに成長しています。

そのように山内町長は、海士町のさまざまな分野を町長としての決断と実行によって動かしてきた。そうして自ら現場と向き合ってきた町長が、海士町が抱える問題としてまず挙げたのは、やはり一次産業の現状であった。

———漁業や農業はとても大きな問題です。漁業については、 I ターン者が多く現場で働いてくれていますが、後継者になろうというひとは今のところまだいません。農業に関しては、さらに輪をかけて若い担い手のあてがありません。

一次産業、そしてその後継者。核となる問題はやはりそこに行き着くようだ。それに対して現在直接的な策があるわけではないものの、 I ターン・Uターンの若い世代が重要な存在になることは間違いない。山内町長は彼らに希望を託したいという気持ちがある。だから、彼らがずっと住んでいたいと思える島にすることを山内さんは長年考え続けてきた。

——— I ターンのひとたちにずっと島に住んでもらって農業や漁業の担い手になってもらえたらと思ってますし、Uターンで帰ってくるひとももっと増えてもらいたい。特にUターン者をどう呼び込むかは課題ですが、そのためにたとえば、子育てをしやすい環境をつくるといったことをしています。海士町では結婚祝金、出産祝金がまちから出ます。ただ一方、そういった制度だけでひとを釣り上げるようとしても決してうまくいきません。つまり、金銭面で優遇するということばかりに力を入れていても、ひとはそこに住みたいとは思わない。ずっとここにいたい、と思ってもらえるまちづくりにおいて最も大事なのは、受け入れる側、わたしたち住民によるケアなんです。今島に移住してきてくれる方たちは、みな、一生懸命地域に入り込もうとしてくれています。だからわたしたちも彼らを心から受け入れて、ずっといたいと思ってもらえる島にしなければなりません。

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町役場のすぐ隣にある海士町中央図書館。田んぼをのぞむ眺めが印象的。島のイベント情報も豊富。この中央図書館を中心に、海士町では「島まるごと図書館構想」が展開中。島の複数の公共施設を図書分館と位置付けネットワーク化、島全体がひとつの図書館のようになっている

町役場のすぐ隣にある海士町中央図書館。田んぼをのぞむ眺めが印象的。島のイベント情報も豊富。この中央図書館を中心に、海士町では「島まるごと図書館構想」が展開中。島の複数の公共施設を図書分館と位置付けネットワーク化、島全体がひとつの図書館のようになっている

山内さんは、すぐに成果が出る特効薬のようなものに頼らない。最も大切な本質の部分に目を向けて、島の今後を考えている。無理やりにでも住んでもらおうというのではなく、住みたいと思える島にしなければならないのだ、と。その意志は、山内さんと話すほどに感じられた。たとえば彼は町長でありながら、ほとんどの住民を、地元のひとも I ターン者もひとりひとり知っているようだったのだ。わたしたちがちょっと町で会ったようなひとについても、「ああ、彼はほんとにがんばってくれてますね」などと、具体的なエピソードを交えながら話してくれる。手厚いケアの傾向は、島に住む多くのひとにもあるように感じる。というのも私自身、3日いただけで少なからぬ方々に気にかけてもらえたような気がしたのだ。

———島留学で来てくれた高校生の多くは、卒業式のときに「帰ってきます!」と言ってくれます。もちろんみなが帰ってくるわけではないでしょうが、この島を好きになってくれていたら必ずや何人かは帰ってくると思います。いや、帰ってくることだけが大事なのではありません。ただ彼らが全国に散らばっていくだけでもいいんです。彼らが「海士ファン」でいてくれることは間違いないですからね。島留学について、「なぜ外のやつに税金を使うのか」と言うひともいるのですが、それは決して無駄なんかじゃない。全国に海士ファンが増えるということがとても大切なことなのです。

I ターンのひと、島留学の高校生、そして観光客。きっとみな何かしらこの島の雰囲気にひかれるからこそ、訪れるひとが絶えないのだろう。そうして島外のひとが頻繁に島にやってくるようになることで、島のもともとの住民もまた変わったと山内さんは言う。

——— I ターンのひとたちが来たことによって、海士の住民の意識も変わりました。たとえば、自分の生活のことだけを考えていたような地元民も、外から来たひとたちが本気で島の現状を変えようとしているすがたを見て、動き出すということが少なからずありました。また、都会の空気が入ることで、島に根づいてきた因習的なものがいい意味で打ち破られていってもいます。

役場の職員の意識を変えるところから始まった町長の挑戦は、多くのひとを取り込みながら、島の住民の意識をも変えることになったようだ。もしかすると、その変化こそがこの島にとって何よりも大きなことなのかもしれない。町長である山内さん自身の、明るくて前向きで、がんばっているひとを積極的に後押しする人柄も、きっと住民に大きな影響を与えてきたように想像できる。

最後に、少し大きな問いを尋ねてみた。町長がこうあってほしいと思うこの島のすがたは、いったいどういうものなのだろうか。

———ものづくりとひとづくりの両方がそろって初めてまちというものがつくられていきます。まずはものづくり、そこから生まれる働く場所。それが常に基本的な部分として大切です。その上でひとづくり、つまり、住んで幸せだと感じてもらえることが何よりも大事です。それは絵には描けないし、文字にもできない。夢のような、ふわっとしたことに聞こえるかもしれないし、現実はそんなシンプルではないかもしれない。けれども、やっぱりこの島に生まれてこの島で育って本当によかったなあって思える島、最後に自分の人生を振り返ったときに、やっぱり海士でよかったなと満たされた気持ちになってもらえる場所。そういう島にしたいなと、わたしはずっと思っています。

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「あまマーレ」。キーワードは「趣味」で、「あそぶ、つくる、くつろぐ」ことを交流や学びにつなげ、海士町で暮らす楽しみを広げるためのコミュニティ施設だ。さまざまなイベントが企画されたり、古道具の売買ができるお店も

「あまマーレ」。キーワードは「趣味」で、「あそぶ、つくる、くつろぐ」ことを交流や学びにつなげ、海士町で暮らす楽しみを広げるためのコミュニティ施設だ。さまざまなイベントが企画されたり、古道具の売買ができるお店も