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アネモメトリ -風の手帖-

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#254

「鉄の貴婦人」はお色直し中
― フランス パリ

135年前、最もスタイリッシュな姿でパリの話題をさらった存在といえば「鉄の貴婦人」でしょう。貴婦人といっても人間ではありません。「La Dame de fer(鉄の貴婦人)」という愛称を持つエッフェル塔のことです。

トロカデロ広場から望むエッフェル塔

トロカデロ広場から望むエッフェル塔

1889年、パリで開催された万国博覧会にあわせてエッフェル塔は建設されました。万博の目玉となった記念モニュメントは材質からその高さに到るまで、全てが当時の規格外だったと言えます。従来、教会のように格式ある建造物は石造りだったのに対して、エッフェル塔に使用されたのは錬鉄です。現在の私たちの感覚では鉄という素材にさほど目新しさは感じられませんが、19世紀後半では鉄骨むき出しの状態をデザインに活かすという建築は珍しいものでした。また、当時の最も高いタワーであったアメリカのワシントン記念塔(169メートル)と比較をしても、建造時312メートルの高さを誇ったエッフェル塔がいかに革新的だったのか伺えます。フランス政府が近代国家としての威信を国内外に示す十分なインパクトをエッフェル塔は持っていたのです。

直線と曲線が組み合わさった芸術性の高いデザイン

直線と曲線が組み合わさった芸術性の高いデザイン

おしゃれに敏感なパリジェンヌ同様、「鉄の貴婦人」エッフェル塔も時代に合わせて少しずつ外見を変えてきました。
私たちが見慣れている現在の色は「エッフェル塔ブラウン」と呼ばれる落ち着いた茶色で、青い屋根と白い外壁を特徴とするオスマン様式の街並みに調和するシックな色合いとなっています。1968年から現在まで最も長いあいだ採用されてきました。しかし、完成当初は赤茶色で、今よりもずっと存在感のある見た目だったようです。その後、6回の「お色直し」をしました。塗り直し作業は美観の維持に加えて、雨風にさらされるエッフェル塔を腐蝕から守るというメンテナンスの機能も兼ねています。
オリンピックイヤーという節目の年に選ばれた今回の新色は黄味を感じる明るい茶色。新色といっても1907年に一度採用されたことがある色なので、約100年前の姿が現代に蘇るといったほうが正確かもしれません。建築技師であるギュスターヴ・エッフェル本人もお気に入りの一色だったとのことです。
塗装工事は当初の予定よりも遅れており、残念ながらパリ五輪開幕には間に合わないようですが、もし中継でエッフェル塔が映し出されるときは塔の色にも注目してみてください。「鉄の貴婦人」はつねに今に軸足を置き、明日に向けて色付いています。

政策によって建物の高さ制限が設けられているためエッフェル塔の高さが際立っている

政策により建物の高さ制限が設けられているためエッフェル塔の高さが際立っている

参考
Le site officiel de la Tour Eiffel「La peinture de la tour Eiffel」、
https://www.toureiffel.paris/fr/le-monument/peinture-tour-eiffel(2024年3月24日閲覧)

Ouest-France「La tour Eiffel va changer de couleur cette année, voici son nouveau look」、https://www.ouest-france.fr/leditiondusoir/2024-01-19/la-tour-eiffel-va-changer-de-couleur-cette-annee-voici-son-nouveau-look-39e78c15-5814-49c9-9da1-578fbd0d273c(2024年3月24日閲覧)

(佐藤美波)