アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#118

おまる
― 高橋孝治

(2022.10.05公開)

東京での大量生産を前提としたプロダクトデザインの仕事から離れ、もうすぐ8年になる。誰とつくるかを手がかりにしたものづくりがしたくて、縁のあったつくり手ややきものに導かれ、愛知県常滑市に拠点を構えた。中世から続く窯業地に腰を据えたことで、毎日がフィールドワークのような状況になり、自然や人の営みが積み重ねてきた素材や技術を学んでいる。それは、この土地でできることという自分なりのプロジェクトの要件でありアイデアを育むことになった。現在は、窯業に従事する方々に加え、福祉施設との関わりも日常になってきた。

常滑の就労支援施設での、受注仕事ではない独自のものづくりを目指すプロジェクトは、施設に通う障害のある人それぞれの興味や得意なことを起点にすることを大切にしている。一緒に手を動かして、土に触れたり、紙をちぎったり、絵を描いたり、それぞれがいきいきし始めるスイッチというか可能性になりうるテーマや動作を見出そうとしている。それは言葉に表れないことも多く、言葉のやりとりだとしても私から誘導してしまっては本当のことではない。結果を急がず、自然にそばにいれる状態をつくって、時には少しだけ背中を押す。それぞれの歩調を尊重し出てきた表現に対しての感想を伝え、また見守り続けることが、よりその人らしく生きることに繋がると考えている。

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我が子に対しても、生まれながら持っている創造性やそれぞれ異なる個性を大事にしたいと思い、妻と接し方を試行錯誤している。今年の3月に生まれた娘のために妻が導入したおまるによって、3人の息子たちの時にはなかったやりとりが始まった。

出産前から用意していたそうだが、私がおまるに気づいたのは、妻が娘と共に助産院を退院してからすぐだったと思う。妻が泣き始めた娘の布おむつを脱がして抱えると、艶やかな琺瑯の白いおまるを引き寄せて両手を引いて座らせ、「しー、しー」と呼びかけながら娘の排泄を促している。すると、おしっこがおまるに滴る高い音がしばらく聴こえてきて驚いた。「気持ちよかった?」と妻が話しかけると娘が微笑んだ。娘を抱えたまま両足の裏でトイレットペーパーを挟んで、巧みに巻き取ってちぎり、さっと陰部を拭いて、元の布おむつを履かせた。泣き始めてから満面の笑みを浮かべるまでの一連のやり取りは、妻と産まれたばかりの娘が会話をしているようだった。とっさに、自分にもできるかな? と興味が湧き、娘が泣き始めたら妻より先に出動することも多くなった。

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妻がおまるを導入して良かったことは、大きく2つあるそうだ。

1つめは、「おまるでの排泄を通じて、娘と気持ちが通っていることを実感できたこと。もちろん言葉は喋れないので、話しかけても本当に伝わっているか不安や孤独感があったけど、排泄以外のことも私の声を聞いているんだなって思えた」と。続けて、「なんで泣いているか、その理由がわからないことがなくなった」と言う。それは、「排泄を知らせるサインを見逃さないように、より娘を観察しようとしたことが、娘との距離をぐんと縮めた」と。お腹が空いた時に口を小さくパクパクすることや、眠い時のサインにも詳しくなれたそう。

2つめは、妻自身が楽になれたこと。
「長男の時から大量の紙おむつのゴミに罪悪感があったので気持ちが楽になったし、買わなくて良くなった。それと紙おむつ、布おむつと違って、排泄物でお尻がベタッと汚れないのでおしり拭きもいらないし、絶対気持ちいいと思う。生後5ヶ月経って、もちろんタイミングが合わない時もあるけど、寝起きの排泄などほぼおまるにできていて」と教えてくれた。

もう1つ良い点を挙げると、車での長時間移動中に、待ったなしの息子たちのおしっこを受け止めてくれるモバイルトイレになるところだ。その後おまるを持って公衆トイレに行く時の、おしっこのバウンドと周りの目線がとても気にはなるが。

そんな理由で、おまるは今となっては手放せなくなり「なんで長男の時から使わなかったんだろう」と振り返る。そこで、妻に赤ちゃん用のおまるを伝授してくれた、友人でおむつなし育児アドバイザーのYossy(伊藤佳恵さん)に話を聞いてみたくなった。

「おまるを使うことは、昔は普通にやっていた排泄ケアの方法だけど、早い段階でおむつを卒業するための訓練と思う人が多いね。アメリカから広まったElimination Communicationは、排泄ケアに内包されているコミュニケーションの部分を重視してて、その流れもあって今のおむつなし育児の活動があるね」

「紙や布おむつと併用すれば、実は大変ではないし、排泄は面倒な世話じゃなくて、子供とより心が通じ合える機会と知れれば、取り組みたいと思う人は多いんじゃないかな?」

Yossyは、自身の子育ての悩みから、おむつなし育児を研究する方と知り合い学びを得た。すぐにアドバイザーの資格を取得して、普及活動を始めた。子育て専門誌や、著名人などのブログでおむつなし育児が紹介され、ここ数年で随分広まったそうだが、妻や私はYossyがいなければ、赤ちゃんの排泄はおむつを履かせて出た後に処理するものだと思い込んだままだった。私に至っては、おむつを交換するときには、追いおしっこをかけられないように早くおむつを履かせようと焦っていたのだから。

介護の現場でも働くYossyは、気持ちの良い排泄が、子供だけでなく介護を受けるお年寄りにとっても大切だと言う。「おむつにするのではなく、トイレに帯同して排泄をすると一日ご機嫌になる人もいた。それを日常にすることは介護の現場では難しいことだけど、気持ちの良い排泄に寄り添うケアは、その人の尊厳を大切にする行為だと思うの」

おむつなし育児の普及も、介護の仕事も、誰のためか? を中心にして、それを常に貫く難しさを感じながら、その人たちの小さな声を代弁しようと周りと関わっていることを知り、身近な同士の存在にうれしくなった。

生活も仕事も人を中心に、その人と、その土地でできることをじっくりやっていきたい。


高橋孝治(たかはし・こうじ)

1980年大分県別府市生まれ。1999年多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻入学。同大学在学中より、桑野陽平とklik designとして活動。2003年同大学卒業。2004-2015年株式会社良品計画 生活雑貨部企画デザイン室に所属し主に無印良品の生活雑貨のデザインを行う。2010年無印良品の防災プロジェクト「いつものもしも」を立上げる。2011-2014年デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)にて「MUJI+クリエイティブプロジェクト」を立上げ、企画・運営を行う。2015年より、中世より窯業が続くやきもののまち、愛知県常滑市に拠点を置く。2017年常滑市社会福祉協議会と地域福祉についてのプロジェクトをはじめる。とこなめ市民交流センター改修のディレクションや、同法人が運営する就労継続支援事業所にて、地域資源を生かした仕事づくりを行う。やきものや福祉を主に、地域の方々の生業や活動に伴走する。4児の父。

2016-2018年 常滑市陶業陶芸振興事業推進コーディネーター
2017-2019年 六古窯日本遺産活用協議会クリエイティブ・ディレクター

良品計画とのプロジェクト「FoundMUJI常滑」が、2022年12月8日まで無印良品で開催中。詳細は以下より。
https://www.muji.net/foundmuji/