アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#109

レリーズ
― 大坪 晶

(2022.02.05公開)

写真の制作現場には、最低2つは同程度の機材を車に載せて向かう。日本中に対象があるため、場所の関係者のつてをたどり、撮影許可を得るために書類を書き、撮影班と協力者の予定を調整しなければならない。現地にたどり着くのに長時間の移動がともなうこともある。よって、いざ本番となるとプレッシャーも強くなる。機械にはアクシデントがつきもので、およそ情動とは真逆の計画性が重要になる。余談だが、普段からハンカチや消毒液などの日用品を、複数持ち歩く癖がついてしまった。

撮影機材としてかならず鞄に数個忍ばせるのが「レリーズ」である。
レリーズとは、カメラから離れた所からシャッターを切るために使われるアクセサリーで、主にブレを抑える目的で使用される。大判フィルムカメラの場合、シャッター機構がレンズに備わっているため、レリーズは必需品だ。

AO_1

フィルムカメラ用のケーブルレリーズは、ボタンを押すことにより出てくる先端の棒がシャッターを押しこむ仕組だ。他にはゴムの玉を押すことによる空気圧でシャッターを切るエアーレリーズもあるが、個人的にはシンプルなケーブルタイプを愛用し続けている。

AO_2

特に気に入っているのは、メーカーは忘れてしまったが、10年以上使用しているレリーズである。金属製のボタンが大きめで、押した感触がはっきり手に伝わり、ゴム製のため手から滑り落ちる心配も少ない。

長時間シャッター幕を開いてフィルムに光を当て続ける作品を制作しているので、レリーズは押しボタンの感触がしっかり手に伝わってくることを重視している。また、左利きなので、右寄りについているシャッター端子から、ケーブルを左に回しこんで使用するため、少し長めが望ましい。赤いラインが入っていることで、どこにあるのかぱっとわかるのも頼りにする理由の一つだ。撮影中は、被写体や光の状態や機器の設定など、様々なことに気を配る必要があり、レリーズには、はっきりと自分の居どころを主張してもらいたい。

最近、使わなくなったレリーズを様々な方から頂くことがある。カメラ好きの方がいたお家には、古いレリーズの1つや2つ、転がっているのかもしれない。

あるときには、撮影先の邸宅のオーナーの亡父が使用していた、古い大判カメラと三脚、レリーズをセットで頂戴した。

AO_4

ただ、結局いつも頼りにしてしまうのは、赤いラインのレリーズである。やはり光を捉えることに集中するためには、機器の存在を忘れるくらい、手になじんだものがよい。

AO_3

写真をはじめた当初は35ミリ、次に中判、現在はゆっくりと長時間露光で撮影しやすい大判フィルムで撮影している。光学的な結像からフィルムへの感光と暗室での定着、そしてプリント現像までのあいだ、最後まで制作者が手を下すことができず、化学反応にゆだねられる。制作者の主観を超えた、魔術的な時間の定着と出会えることが写真の難しさであり、面白さでもある。
そして機械からレリーズを通して身体を遠ざけるほど、対象を観ることに集中できるようになり、露光中の静けさの中で、地場の歴史について思いを巡らせることが多くなった。
レリーズの細い管を通して伝わってくるシャッターの閉開の振動が、暗箱のなかの「遠い声 遠い部屋」の時間に触れている感触を伝えてくる。釣り人の糸を垂れている合間の緊張感と静けさに似ているかもしれない。
「あなたはボタンを押すだけ」としたのはコダックの広告だったが、いま必要なのはボタンを押したあとに、結果の出ないまま待つという心持ちなのではないだろうか。

いまは動画作品についてはフィルムからデジタルへ移行し、電子ケーブルやモニターに取り囲まれている。そこでも結局選び取っているのは、瞬間的な取り回しではなく「おそさ」を要求してくる、いささか面倒な機材だったりする。あえて「すぐに、はやく」が要求されない状況を選ぶことも、ありなのではないかと思っている。


大坪 晶(おおつぼ・あきら)

美術家
2011年東京藝術大学先端芸術表現専攻修士課程修了、2013年にプラハ工芸美術大学修士課程修了。展覧会歴として、2021年「浅間国際フォトフェスティバル2021 PHOTO KOMORO」(長野)、2020年「デイジーチェーン」TOKAS本郷(東京)、2018年「Shadow in the House」アートラボあいち(愛知)、2015年MUNIKAT gallery(ドイツ)、2012年「Hidden River」DOX プラハ現代アートセンター(チェコ共和国)などがある。
https://akiraotsubo.info/