(2020.10.11公開)
北欧のデザイナーと日本の企業をつなぐ、国内唯一のライセンス事業を行う株式会社アンドフィーカ。ライセンス事業だけではなく、独自ブランドの展開や、国内有名企業の商品開発コーディネートまで、北欧に関する幅広い事業を手掛けている。そのアンドフィーカの代表取締役をつとめるのが今泉幸子さんだ。
今泉さんが思う、北欧デザインの魅力とは何なのだろうか。また今泉さんは北欧とかかわる中で、ライセンスに対する意識が「ビジネスを生むための武器」から「1杯のコーヒーのようなもの」に変わったと語る。北欧の何が今泉さんの意識を変えたのだろうか。これまでの経緯とともにうかがった。
———今泉さんが代表をつとめるアンドフィーカは、どのような事業を行っているのでしょうか?
北欧のデザイナーやブランドの代理店として、日本企業とのライセンス契約を行い、取りまとめることが主な仕事です。例えば、日本企業が北欧のデザインを使って商品をつくりたい場合、商品に合ったブランドを提案したり、そのデザインを使用するための契約の仲介をしたりしています。それにライセンス業務以外にも、北欧のデザイナーを集めた独自のブランドも展開していますし、北欧に関することなら幅広くコーディネートさせていただいています。
実は北欧に特化したライセンス会社というのは、日本に弊社しかないということもあって、数年前からさまざまなお問い合わせをいただくことが増えてきました。例えば北欧をテーマにした商品やカタログ作成、写真撮影などについてです。
わたしは年に3、4回は現地に訪れていますし、これまでに培ってきたデザイナーやカメラマン、スタイリストたちとのコネクションがあります。ストックホルムにビジネスパートナーもいて、迅速な対応やリアルタイムの情報収集ができるのも強みです。また前職で、書籍の編集の仕事をしていたこともあって、写真や文章の編集についてもアドバイスできます。そういった人脈や知識をすべて活かして、北欧に特化した業務を行っています。
———デザインのライセンス契約をするだけでは、本格的な北欧らしい商品はできないんですね。
そうですね。日本の企業が北欧デザインのライセンスを使って、商品をつくるとします。そうすると、ただ北欧の柄を使うだけで、世界観が表現できていない場合が多いです。たとえば、北欧の食卓では、食器を重ねることによって美しく見せる、という考え方をしますので、重なったときに美しくみえるか、という提案をしたりします。単品で映えるか、というのも大切ですが、コーディネートの美しさによって北欧らしさが演出できるからです。
あるいは、せっかく素敵な商品がつくれたのに、カタログの写真に一緒に写っている小道具がイギリスやフランスのものだったということもありました。そうした「本場の柄さえ使っていればいい」という考え方だと、お客さまが期待する「本物の北欧」は実現できません。北欧の器を紹介する写真の場合、その器に入れるお料理はもちろん、一緒に写る小物まで「本物の北欧」を伝えるうえで重要になってきますね。
いま北欧が好きな方は、すでに多くの情報を見聞きされています。現地に行っている方もめずらしくないですし、相当な知識を持っておられます。そういうコアなファンが中心のお客さまなのでけっこうニッチなマーケットなんです。ですからちょっとしたことを間違えると、お客さまには響きません。
———あらためてお聞きしたいのですが、北欧とは具体的にどの国のことを指すのでしょうか?
北欧というのは基本的にノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの5ヵ国のことを指します。日本では北欧ということばでひとつにまとめられていますが、意外と範囲が広くて文化も異なっています。
わたしが行き来しているのはおもにスウェーデンとフィンランドで、なぜかというと、パターンデザインが発達している国だからです。デンマークは家具やプロダクトが中心です。わたしも5ヵ国を語るほどの知識はないので、ここで北欧と言えば、特にこの2ヵ国のことだと考えていただければと思います。
———フィンランドとスウェーデンは、文化的には似ているのでしょうか。
そうですね。フィンランドはかつてスウェーデンの一部だったこともあって、フィンランド語とスウェーデン語が公用語ですし、スウェーデンに近い要素も多いです。位置的にもこの2ヵ国は接していて、フィンランドの一部はスウェーデンの文化圏に近いです。ですがもちろん違うところもあって、フィンランドのひとはどちらかというと我慢強くて物静かで日本人に似ています。
スウェーデンはもっと個人主義的で、自分の行動に対する責任は自分でとるという自己責任の意識が強くあります。それは今回のコロナでも、あまり制限を設けない独自の対策に現れていましたね。デザインをみると、互いに影響し合っていて基本的には似ていますが、スウェーデンの方が国としてはずっと大きいですし、多様性に富んでいると思います。
———今泉さんにとって北欧デザインの魅力とは何でしょうか?
自然に近いものがいいという発想が根底にあって、どれもシンプルでデザインの原点という感じがします。というのも、緯度の高い北欧は3、4ヵ月しか春夏のシーズンがなくて、残りの8、9ヵ月は太陽が高く昇らない薄暗い時期が続きます。外で咲く花や自然を思い切り楽しめる時間が少ないので、それをデザインとして家の中に持ち込もうという考え方があるんですね。ですから北欧のデザインは、現地の自然の色やかたちを取り入れたとてもシンプルなものがほとんどなんです。
色数も少なくてモノトーンのパターンも多いですし、家具も装飾がなくて一見、簡素な感じがします。でも使い勝手が良くて丈夫なので、テーブルなどは一生使えますし、次の世代が引き継ぐことも充分可能です。
明るい時期が短いといっても、四季もあります。季節によって花が咲いたり緑が茂ったり、葉っぱが落ちたりします。そういった自然の移ろいを家の中に持ち込みたくて、クッションやベッドカバーなどを季節によって変えるんですね。
太古の昔に人間が自然の中で暮らしていたころ、心地よい場所を探して移り住んでいたような、根源的なものが北欧のデザインに現れているように感じます。それが魅力ですね。それに北欧のデザインで、わたしが特に好きなのが「デザインはみんなのもの」という考え方です。
———「デザインはみんなのもの」とは、具体的にどんな考え方なのでしょうか?
日本では、「いいデザインは、おしゃれに敏感で、ある程度お金をかけられるひとが楽しむ、ちょっと贅沢なもの」というイメージがあるように感じます。でも北欧では、誰もが心地よいデザインが施された空間にいる権利があるという、共通の意識があるんですね。なので、公共施設はもちろん工事現場のフェンスまで、ひとが快適に感じるようなデザインが施されています。
駅や学校、保育園、図書館などどんな公共施設に行っても、まちなかでも、シンプルなデザインに囲まれた空間になっていて居心地がいいんですよ。もしデザインのことが考えられていない空間があったとしたら、「何かがない」という違和感があるはずです。例えば部屋の電球が切れたら、暗くて困りますよね。北欧でデザインがないというのはそんな状態だと思います。
現地のひとは、生まれたときから保育園、小学校、高校と常に素晴らしいデザインに囲まれていて、親も先生もみんなデザインの重要性をわかっています。しかもそのデザインには自然環境の延長線にある要素がたくさん組み込まれていて、別のデザイナーがつくったものでもベースには共通点があります。だからどんな場所に行っても、懐かしいような心地よさがあるんですね。そんなふうに空間デザインには熱心なのですが、ファッションに関しては日本の方が豊かかもしれません。
———なぜ空間デザインとファッションで、そのような違いがあるのでしょうか?
わかりやすい例として『365日のシンプルライフ』というフィンランド映画があります。どんな映画かというと、自分にとって何がいちばん大事なものか知るために、ある男性が持っているすべてのものを一度大きな倉庫にしまって、1日に1個ずつ必要なものを取ってくるというストーリーです。その主人公が最初に倉庫から持ってきたものが、冬のコートなんですよ。日本だったらお米とか下着を選びそうですが、そうじゃないんですね。北欧ではコートがないと寒くて死んでしまいます。着るものに関しては、おしゃれかどうかよりも防寒が最優先なんです。「北欧だったらかわいいダウンコートを売っていますよね」と聞かれることがありますが、日本人が思うようなファッショナブルなダウンはあまりありません。日本のように毎シーズントレンドの洋服を買っているひとは少ないですし、ファッションブランドも決して多くはないですね。
自分が着飾っておしゃれにみえることよりも、寒くても過ごしやすい機能性を持った衣服で、自然の中で快適に過ごせることが重要なんです。空間や家具を自然の要素を取り入れたシンプルなデザインにすることも、居心地をよくするという意味では、根本的なところでは同じ考え方だと思います。
———お仕事で北欧のデザインを扱うようになった経緯を教えてください。やはり今泉さんが、その魅力を強く感じたからでしょうか?
そういうわけでもないんですよ。アンドフィーカは以前、別の社名でスウェーデン資本の会社だったんです。仕事内容は、日本のものを北欧に紹介するというものでした。2010年に会社が設立されたときから、わたしは前職でのライセンスビジネスの経験を活かして働いていました。今ではわたしが完全に会社を引き継いで、事業を行っています。
そんな経緯もあって、実はデザインに惹かれて北欧に特化したというよりも、最初は、たまたまスウェーデン人との出会いがあり、住んでいるひとの国民性に惹かれて、徐々に今のかたちになったというのが正しいですね。先ほども少しお話ししたように、日本人と北欧のひと、特にフィンランド人は、すごく似ているところがあるんです。ほかの欧米の国のひとと比べても、かなりシャイで物静かなんです。ビジネスにおいては、どちらも取引相手との信頼関係を特に大事にしています。紙の上での契約を重んじるというより、ひととひとのつながりをいちばんに考えているんですね。
———その「ひととのつながり」が、どう北欧デザインのライセンスビジネスに関わるのでしょうか?
ライセンスビジネスは権利のやりとりなので、契約ありきなんです。わたしもライセンスのセミナーで話すときには「契約書は大事ですよ!」とか言っています(笑)。たしかに契約書は大事なのですが、もっと根本的なところで、ひととひとの信頼があってこそいい事業ができると思います。日本ではそんな考え方が一般的ですよね。そして北欧のひとも、ビジネスだと割り切って契約を交わすより、信頼できるひとと仕事がしたいと考える場合が多いと感じます。
なので年に3、4回、北欧の企業の方と実際に顔を合わせて、じっくり話をしてお互いに信頼関係を築いています。そういう信頼をベースに置く考え方のお陰で、わたしたちのような小さな会社でも、向こうの大きな会社と対等に仕事ができていると思います。
契約というのは紙とサインのイメージがあると思いますが、本当は気持ちと気持ちが通じ合って合意した状態のことなんです。
わたしもかつて20年くらい、権利はビジネスにおける武器だと思っていたんですよ。例えばイラストレーターが、自分が描いたイラストの権利を武器にして、いろんな会社と契約してビジネスを広げていくことも可能です。
たしかにその通りですが、北欧のひとと出会ってから、権利や契約というのは1杯のコーヒーを飲むようなものだという認識に変わりました。
———「1杯のコーヒー」とは、具体的にどのような意味なのでしょうか?
忙しいときにも1杯のコーヒーを飲むことで、ほっと一息ついてあたたかな気持ちになりますよね。あるデザインがあったとして、その権利を契約したもの同士が主張し合って争うよりも、お互いに大事にして守っていく方がビジネスも広がって利益を生みます。信頼できる者同士が、心をオープンにして話し合い、気持ちが通じることで契約に至る。そんな時間は、1杯のコーヒーを飲んだときのように心地がいいものですし、あとからいい結果がやってきます。
「権利は1杯のコーヒー」という気持ちは、社名にも込めています。社名のアンドフィーカの「フィーカ」は、スウェーデンのひとが習慣にしているコーヒーブレイクのことなんです。コーヒーを飲んで甘いお菓子を食べながら、誰かと語り合う時間をスウェーデンのひとは大切にしています。勤務時間中でもフィーカは必ずあります。そういう時間の中で信頼関係が生まれて、ビジネスもよりよい方向に進むと思っているからです。
———現在、特に力を入れているのは何でしょうか?
ライセンスが主力の事業ではありますが、もっと日本の人々に北欧のデザイン観といいますか、先ほどもお話しした「デザインはみんなのもの」という考え方を広めたいと思っています。そのためにライセンスを主軸にして、北欧のデザインをいろんなスタイルで紹介してくというのが、これから力を入れていくことですね。その具体的な取り組みのひとつが、最近オープンしたショップなんです。
———ちょうどこのインタビューを行う数日前にオープンされたそうですね。おめでとうございます。ショップをオープンした理由をお聞かせください。
それまで事務所はマンションの一室みたいな場所で、当然ですがアポイントメントを取った仕事関係のひとしか来てくれませんでした。でも事務所をショップにして、入口にオープンと書いてあったら、ビジネスの関係者でも通りすがりの方でもふらっと気軽に入ることができます。そして「北欧に行ったことがあります」「どこが好きですか」とか、直接お話しすることができますよね。
ショップなのでもちろん北欧デザインの商品を置いていますが、それを売ることがいちばんの目的ではなくて、いろんなひとと交流しながら直接、北欧デザインの良さを伝えていくことを重視しています。なので事務所兼ショールーム兼店舗兼イベントスペースという言いかたをしています(笑)。これを機に、多くの方々のご協力でYouTubeチャンネルも始めました。
ライセンスビジネスは、ひととひとの間に立つことが多い仕事で、黒子のような立場なんですね。ショップをはじめたことで、たくさんのひとの笑顔が直接みえるようになりました。お客さまはもちろん、北欧のデザイナーや、取り扱っている商品のメーカーの方など、みなさんの喜びが伝わってくるのが、本当に大きなやりがいになりますね。
———新型コロナで大変な今の時期に、新たにショップをオープンするというのは思い切った決断のように感じます。なぜ今の時期にオープンされたのでしょうか?
ショップはコロナが広まる前から計画していたと思われるようなのですが、実はコロナ後に考えたプランなんです。コロナの影響で、わたしたちも100%テレワークの時期が1ヵ月以上ありました。
そのときに郵便物が溜まってしまうので、わたしだけ定期的に事務所に取りに行っていたんですね。そしてデスクにパソコンが置いてあるだけで、誰もいない部屋をみて「事務所はいらないな」と思ったんですよ。ここにひとがいなくてもなんとか仕事はできているのに、家賃は払わないといけません。そんな状態はすごくムダですよね。
だからといって事務所を完全になくしてしまうのも、会社としてデメリットがあると思いました。それなら事務所を「家ではできないことができる場所」、つまり誰でもふらっと立ち寄れるショップにすればいいという考えに至りました。
———ショップのデザインはやはり北欧を意識したのでしょうか?
ただ北欧らしさを追求したのではなくて、北欧らしさを日本の素材で演出しています。内装にふんだんに使用した木材は、北欧産の木ではなく、あえて国産ヒノキにしています。ドアを開けたときにヒノキの香りがして、ほっと落ちつける空間を目指しました。北欧と日本の架け橋でありたいという意味も込めています。
実はわたしも、工務店の方と一緒になって作業しました。うちのスタッフも途中から参加してくれたりして、自分のものを自分で面倒をみるという感覚で制作しましたね。そういったDIYで必要なものをつくるというのも北欧的だと思います。北欧のひとは、何でも自分でつくってしまうんです。
北欧では、サマーハウスという、 夏休みを過ごすための家を持っているひとが多くいます。そのサマーハウスも全部自分でつくるというひとも珍しくありません。
織り機があるお宅もわりとあって、古着をほどいて別のものをつくったりしています。そうやって不要なものを買わない無駄のない暮らしは、サステイナビリティ(持続可能性)につながる北欧の良さのひとつだと感じます。
———今後の展望をお聞かせください。
「北欧と日本とデザイン」というキーワードで、法人事業をベースにすることに変わりはありませんが、新たなショップ事業を通して地域の方の暮らしに近づいて活動していきたいと思っています。ショップの一部を貸しスペースにして、若い作家さんの発表の場にしたり、自分たちでイベントを企画したりして、まちの一角で北欧を身近に感じられる空間をつくっていきたいですね。そうした空間に誰もが気軽に訪れて、「デザインはみんなのもの」という北欧の価値観を広めていければと思います。そして、それを北欧につないで日本の魅力も伝え、最終的には北欧と日本が融合した価値観を、世界に向けて広げていくのがわたしの夢です。
取材・文 大迫知信
2020.08.12 オンライン通話にてインタビュー
今泉幸子(いまいずみ・さちこ)
兵庫県神戸市出身。上智大学文学部英文学科卒業。法政大学大学院経営学専攻マーケティングコース修了。京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコース卒業。同大学院芸術環境研究領域修了。大学卒業後、福音館書店での11年の勤務において、絵本の編集、海外版権売買、 著作権管理業務の経験をしたのち、ピーターラビット、スヌーピー等のキャラクターをはじめ、スポーツブランド、映画プロパティ等、幅広いライセンスビジネスに携わる。もっとも得意とする分野は、3つの専門領域(英語、デザイン、ブランドマーケティング)をミックスした、クリエイティブアプローチによるブランドマーケティング。LIMAジャパン(一般社団法人日本ライセンシング・ビジネス協会)元代表理事、経営学修士(MBA)。
株式会社アンドフィーカ
http://andfika.co.jp/
大迫知信(おおさこ・とものぶ)
京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。自身の祖母の手料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中。祖母とともに京都新聞に掲載。NHK「サラメシ」やTBS「新・情報7DAYS ニュースキャスター」読売テレビ「かんさい情報ネットten.」など、テレビにも取り上げられる。京都芸術大学非常勤講師。
おばあめし:https://obaameshi.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/obaameshi/