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#67

手描き友禅を発展させ、自分だけの作品を生み出す
― 椎原千惠美

(2018.06.05公開)

緻密で鮮やか、そして品のある日本の代表的な染色技法が、手描き友禅である。染色家の椎原千惠美さんは、手描き友禅をベースにさまざまな染色技法を加えた独自の友禅襲染(ゆうぜんかさねぞめ)により着物を制作している。椎原さんはどのような経緯で独自の技法を考案するにいたったのだろうか? また着物の染色を専業にするまでの道のりや、作品に込めた思いについても伺った。

絹・古典柄糊糸目友禅染訪問着「降雪静寂」

絹・古典柄糊糸目友禅染訪問着《降雪静寂(こうせつしじま)》

絹・古典柄糊糸目友禅染訪問着「無量寿」

絹・古典柄糊糸目友禅染訪問着《無量寿》

———椎原さんの作品のベースになっている手描き友禅の特徴を教えてください。

手描き友禅は、本友禅や糊糸目友禅とも呼ばれます。糸目というのは、糸のように細く糊置きした模様の線からきています。小さな穴の開いた口金を取り付けた渋紙の糊筒に糊を入れて、絞り出すように模様の輪郭に糊置きしていきます。この糊置きした内部に染料を挿して(色挿し)さまざまな工程を経て染め上げたときに、糊置きの線が防染されて生地の色が白く残るのです。この糸目糊置きと色挿し、多彩な絵羽模様(縫い目で模様がつながる柄付けのこと)が手描き友禅の大きな特徴のひとつですね。付け加えるなら、手描き友禅は格の高い訪問着、留袖、振袖に多く用いられています。

———他にはどんな工程がありますか?

糊置きをする前には、生地を一度裁断し、着物のかたちに仮仕立てします(仮絵羽縫い)。そこに下絵を描いてから、縫い目を解き、また縫い合わせ細長い反物に戻します。その後、大まかに言えば、糊置き、色挿し、色挿しした模様部分に糊伏せ(地色が入らないように)、地染め、色止めのための蒸し、糊落としの水洗、湯のしという工程になりとても手間がかかります。最終的な付帯加工として、金彩や刺繍などの装飾を施すこともあります。
手描き友禅といえば、通常はいくつもある工程をそれぞれ専門の職人さんが分業で作業しています。わたしの場合、染め上げた反物の蒸しと糊落としの水洗は業者さんにお願いしていますが、それ以外のデザインから仕上げ加工までほとんどの工程をひとりで手掛けています。

椎原さんが中学生時代に描いた油彩画

椎原さんが中学生時代に描いた油彩画

———なぜ椎原さんご自身の手で着物を染色してみようと思ったのですか?

着物は長唄の三味線をたしなんでいた母が、ことあるごとに着ていました。ですからわたし自身幼少のころよりお祭りや祝いごとなどで着物を着る機会も多かったですし、18歳から10年間通った茶の湯の稽古では自分で着たりしていました。
絵を描くことついては、6歳のころから水彩画と油絵を習っていました。子どものころから学校推薦で公募展にも出品していましたし、いずれは芸術大学に進学したいと考えていました。ですが、成人したら自立を、と家の事情が変わり、かといって女性が自活していくのは難しい時代でした。ですから油絵は趣味で楽しむことにして、芸術の道はひとまず諦めました。
当時はキャリアウーマンという言葉がメディアに登場するようになり、企業の海外進出も盛んになっていました。そこで高校卒業後は、将来家庭を持っても続けられる仕事、国際的な環境での仕事を目指すため、専修学校の英文秘書科に進学して、英語、英文速記、英文タイプ、英文秘書実務などを学びました。
1971年に契約で、1973年より正式に国際団体にシニアセクレタリーとして採用されました。当初は年俸制で能力給のため、勤務しながら通信や夜間の専門学校で英語簿記、会計、財務諸表作成など、資格や技能習得に必死でしたね。パソコンが普及しはじめた1980年代に入って、仕事と家庭の両立は大変でしたが、コンピュータについても、夜間の学校に通い学びました。
この職場のようなさまざまな国籍の人たちと仕事をする環境の中にいると、かえって自国の文化を意識するようになり、日本人らしくありたいと思うようになったのです。それから海外出張やパーティーの際に着物を着用するようになりました。着物姿は海外の方に喜ばれますし、会話のきっかけにもなります。
そして次第にわたしは、着物や帯の模様も自分で描いてみたいと思うようになりました。実際には、糊置きなど難しい技術を必要とし、そんなに簡単にできるものではないと習いはじめてわかりましたけど(笑)。

———国際団体で働いていた椎原さんが、具体的にどのような経緯で着物を染色するようになったのですか?

仕事は、組織内での異動や昇格を経て責任ある立場になると海外出張も多くなり、かなり忙しくなりました。それまでは余暇を利用して展覧会に出品する100号の油絵も描いていたのですが、時間的にも体力的にも厳しくなり、止むなく絵筆を置くことになりました。それでも、将来の楽しみのため、友禅染色について調べていました。染色教室の資料を集めたり、着物の展覧会を訪れたりしていたのです。
そのような中で、1980年に開催された絞染の「一竹辻が花染め」展や、翌年の江戸友禅染の「友禅による障壁画」展などは衝撃的な出会いでした。やがてさまざまな展覧会や催事で巡り合えた作家の先生方に師事、私淑するようになりました。友禅染色の教室にも毎週土曜日に通ったりして、手描き友禅で必要な道具から、作業工程、糊置きの仕方、染料のつくり方など、基礎を丁寧に教えていただきました。
その後も書籍や文献からも多様な友禅技法を独習、試作を重ね、1990年から手描き友禅の着物や帯の制作に情熱を傾けるようになりました。

———その後、着物の染色を専業になさったんですね。

勤めていた国際団体は、2年がかりで計画し、後任を募集して採用、引き継ぎを終えて2000年1月に退職しました。仕事は益々多忙をきわめ、契約スタッフ時代を含めて在職期間28年間の内の約20年間、平均睡眠時間は4時間ほどでした。このままだと寿命が縮まるような気がしました(笑)。忙殺される仕事を続けるよりも、好きな手描き友禅の制作に打ち込みたいと思ったのです。洋から和の世界に転身です。
退職後、1年間の準備期間を経て、2001年から、紹介などで着物や帯の受注制作をはじめました。絵柄は控え目で品のある伝統的な古典柄がほとんどでした。友禅の礼装として、個性が強く奇抜なものは敬遠されますし、品のあるデザインと色調が好まれたからです。

———2002年に京都造形芸術大学芸術学部美術科染織コースに入学したのはなぜですか?

古典柄の良さもわかりますが、自分で制作するなら、どこにも売られていないようなアート性に富んだものを創りたかったのです。そこで伝統的な手描き友禅に加え、さまざまな現代的工芸染色を習得するため、京都造形芸術大学に入学しました。専攻課程では絞染、蝋染、型染、捺染(スクリーンプリント)などの技法を学びました。

木綿友禅襲染浴衣「迷夢交錯」

木綿・友禅襲染浴衣《迷夢交錯(めいむこうさく)》

絹紬地・友禅襲染訪問着「凛姿」

絹紬地・友禅襲染訪問着《凛姿(りんし)》

———そして生まれたのが友禅襲染ですね。これはどんな技法なのですか?

友禅襲染というのは、わたしが名づけた独自混合技法のことです。手描き友禅をベースに、型染、捺染、蒔糊、描き絵などを組み合わせた多重様式です。それだけ工程が増えますから、手描き友禅だけの制作よりも手間と時間を要し、1点完成するまで平均で半年ほどかかります。
この水仙をモチーフにした着物は、かなり大胆な構図で柄付けしています。水仙は2017年のお正月に自宅で飾っていたものです。その水仙の葉や花びらの一枚一枚まで眺めているうちに、この可愛くて凛然とした姿を着物にしたいと、スケッチを重ね、デザインしたものです。2017年春から制作にとりかかり、2017年10月に東京と京都で開催の新匠工芸展に出品しました。そして、同作品を2018年2月20日~25日に京都文化芸術会館にて開催の瓜生Some-Ori会「第13回彩り・紬ぐ~それぞれの2018~」に出展致しました。

絹・タペストリー《緑のざわめき》90x180cm

絹・タペストリー《緑のざわめき》 90x180cm

絹・タペストリー《赤いひびき》90x180cm

絹・タペストリー《赤いひびき》 90x180cm

———デザインのモチーフに花や木々などの植物が多いのはなぜですか?

生まれも育ちも東京で、周りに自然が少ないせいか、ちょっとした自然をみつけると嬉しくなります。その感動を作品に込めています。植物の図柄を描いていると何だか気持ちが安らぎます。
朝顔の麻の着物は、近所で見かけた鉢植えの朝顔をスケッチしたものがもとになっています。構図は朝顔を片側に思い切り寄せてみました。左右(上前と下前)で模様や地色が違うことを着物の柄付け方法の用語で片身替わりといいます。わたしの作品は、片身替わり構成が近年多いですね。片方は光が当たったような鮮やかな色合いで、もう片方は暗めのシルエットで表現することもあります。

麻・友禅襲染盛夏洒落着「盛暑艶美」

麻・友禅襲染盛夏洒落着《盛暑艶美》

———片身替わりのデザインが多いのは、何か意味があるのでしょうか?

何ごとにも裏と表、真と偽がありますよね。光が当たっていれば陰になっている場所もあります。即ち、明と暗、陽と陰です。人間社会でも、建前と本音がありますよね。わたしはこれまでの人生で、仕事や日常生活でも、さまざまな領域の二面性をたくさん感じてきました。
そうした自分の感性を表現する手法のひとつとして対比の片身替わり構成を利用しています。他にも古典的な要素と現代性、アート性と実用性など、2つの要素を作品の中で融合させることも意識しています。

自宅の作業部屋で、蒸しや水洗い以外、デザインから仕上げ加工までをひとりで手掛ける

自宅の作業部屋で、蒸しや水洗い以外、デザインから仕上げ加工までをひとりで手掛ける

手描き友禅に使用する道具の数々

手描き友禅に使用する道具の数々

———いくつもの着物の作品展で賞を獲得し、個展を開催したり、グループ展にも多数参加しておられます。2015年には、10年かかって揃えた作品で個展を開催されたそうですね。長期計画で制作されたのはなぜでしょうか?

個展では、1年間のそれぞれの月の植物をモチーフにした作品を展示しました。京都造形芸術大学で卒業制作に入った2006年から、10年計画で制作を開始しました。そして1月から12月の12点を完成させるまで、実際に10年の歳月を要しました。先ほどご紹介した朝顔柄の着物は7月にあたり、この作品の制作からスタートとなりました。
着物や帯の制作には時間と手間がかかります。総柄の振袖だと2年がかりで染めることになります。もちろん、ひとつの作品に掛かり切りというわけではなくて、合間に他の作品も同時進行で作業にあたることもあります。
体力も必要です。現在では手描き友禅の防染糊は、柔らかくて扱いやすいゴム糊を使う場合がほとんどです。でも、わたしは、伝統的な米ぬか糊を使っています。蒸して練ってつくった米ぬか糊は、防染力に優れていますが、粘り気が強くて筒から絞り出す際に親指の力が必要で、腱鞘炎になってしまいました。現在は、湿布を貼ったり、適度に手を休めながら糊置作業をしています。
ですから受注制作の着物の納期にはかなり余裕をもたせています。自分の作品も創りたいですからね。今のところ、2022年までは仕事の予定が決まっていて、段取りを組んで、日々、制作を続けています。

「ネオ古典・草花文12ヶ月・友禅キモノ」作品展  2015年12月東京銀座清月堂画廊にて 自作木綿・友禅襲染洒落着《群葉》着用

「ネオ古典・草花文12ヶ月・友禅キモノ」作品展。2015年12月銀座清月堂画廊にて。自作木綿・友禅襲染洒落着《群葉》着用

伝統技法で染色したTシャツ群。2013年10月吉祥寺東急インホテルで開催した展示会にて

伝統技法で染色したTシャツ群。2013年10月吉祥寺東急インホテルで開催した展示会にて

———将来に向けて新しいことにも取り組まれているそうですね。

2011年からは、Tシャツ、ジャケット、バッグ、スカーフ、ハンカチなどの染色作品も制作・販売をするようになりました。模様の染色には、手描き友禅、他多様な技法を使い、すべて1点ものです。
Tシャツでも手描き染のため、1点完成するまで2、3日かかることもあります。この先歳を重ねていくと、着物一反を染め上げることはとても体力的に難しくなると想定しています。ずっと作品制作を続けられるように、将来を見据えて、新しい取り組みを始めたわけです。おかげさまで、Tシャツやバッグなども好評で納期は半年先という状況です。もちろん、わたしのベースにあるのは着物です。これからもできる限り、オリジナルの着物作品の制作を続けていきたいと思います。

インタビュー・文 大迫知信
2018.02.23 京都府立文化芸術会館にてインタビュー

2016年10月新匠工芸展出品《嬉久寿》 自作結城糸目地糊糸目友禅染訪問着《万葉花》着用

2016年10月新匠工芸展出品《嬉久寿》。自作結城紬地糊糸目友禅染訪問着《万葉花》着用

椎原千惠美(しいはら・ちえみ)

幼少のころより水彩画、油彩画、書道を習い、書や絵画作品が公募展やポスター展で受賞する。1986年以降、着物好きが昂じて、国際団体に勤務の傍ら、プロ・アマを問わず伝統的な手描き友禅の染色家に師事。書籍や文献からも多様な手描き友禅の技法を研究し独習する。2000年1月、国際団体を退職し、手描き友禅による染色専業の作家に転身。蒸しや水洗いを除き、デザイン、下絵、糊置き、染色、仕上げ加工までの工程をひとりで手掛ける。2002年、現代的工芸染色を学ぶため、京都造形芸術大学に入学する。専攻課程で絞染、蝋染、捺染、型染などの染色技法を習得し卒業。手描き友禅をベースとした混合技法「友禅襲染」を考案し、独自の染色作品を生み出す。2011年より、伝統的な染色技法を現代ファッションに取り込み、手描き染ジャケット、シャツ、布バックなども受注制作。

主な受賞歴

・第27~29回 日本手工芸美術展連続受賞(名誉会長賞、会長賞、理事長賞)
2002年~2004年東京都美術館

・第62~69回 新匠工芸会展連続入選
2007年~2014年 東京都美術館、京都市美術館 第70回、2015年以降会友として毎年出品

個展の開催や、公募展、グループ展への出品歴も多数。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。大阪在住のフリーランスライターとなる。国内外で取材を行い、経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母つくる料理とエピソードを綴るウェブサイトおばあめしを日々更新中https://obaameshi.com/)。2018年度より京都造形芸術大学非常勤講師。