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#57

外房の旬野菜を使った“やさいごはん”で、地域の魅力を伝える
― 片岡サトシ

(2017.08.05公開)

千葉県の茂原市にあるシンパカフェの料理は、地元の野菜をふんだんに使ったやさいごはん。バターやたまごなど動物性の食品は一切使わず、季節の野菜のおいしさを引き出したメニューは好評で、電車で1時間半ほどの東京からも多くの人がやってくる。
シンパカフェを12年前から営んでいるのが片岡サトシさんだ。店舗の営業だけではなく、改装したフードトラックで地元や遠方のアートイベントなどを訪れ料理を自ら販売する取り組みも行っている。なぜ地元の野菜が主役の料理を提供するのか。またその料理をなぜわざわざ遠方の人にまで届けるのか。片岡さんの思いを聞いた。

動物由来のものは使わないシンパカフェの“やさいごはん”。

動物由来のものは使わないシンパカフェの“やさいごはん”

———料理をやさいごはんと呼んでいるのはなぜですか。

シンパカフェではメインの食材以外にも、バターや牛乳、カツオだしなど、動物由来のものは使わないようにしています。植物由来の食材のみで料理することをビーガンだとか、マクロビオティックと言ったりします。だけど僕らはそういう難しいことばを使いたくなくて、野菜だけをいっぱい使った料理だから気軽にやさいごはんと呼んでいます。難しいことは考えず、房総半島のおいしい野菜を味わってほしいですね。

———具体的にどのような料理なのでしょうか。

基本のメニューはランチプレートです。6品の野菜料理と玄米、スープがセットになっています。野菜は地元の農家の方が直接配達してくれたものだけを使っています。どんな野菜がとれるのか日によってちがうので、メニューはそのときの旬の野菜に合わせた週替わりです。
例えば立派なメロンをひとつ育てるためには、小さな実をいくつも間引く必要があります。その間引いた小さなメロンを漬物にすると、みずみずしくて香りも良く、とてもおいしいです。1年に3週間ほどしか仕入れることができない珍しい食材です。ほかにも季節限定の野菜はたくさんあるので、ぜひ味わいに来てほしいですね。
やさいごはんは野菜が好きな人だけではなく、肉が好きな人も満足できるはずです。大豆から抽出された大豆たんぱくは、調理方法次第で肉に似た食感になります。味をすこし濃いめにした揚げ物や炒め物もあるので、肉好きの人も「おいしい」と言ってくれます。好みが違う家族みんなで来てもらっても楽しめますよ。

1人でも家族でもゆったりくつろげる店内。もともとすし屋だった店舗を改装し、畳や漆喰の壁、ランプシェードなど和風の趣が生かされている。 Photo:暮ラシカルデザイン編集室『房総カフェⅢ それぞれの食のシーン』より。

1人でも家族でもゆったりくつろげる店内。もともとすし屋だった店舗を改装し、畳や珪藻土の壁、ランプシェードなど和風の趣が生かされている。
Photo:暮ラシカルデザイン編集室『房総カフェⅢ それぞれの食のシーン』より

———シンパカフェを開店したきっかけを教えてください。

生まれてから僕は、ずっと千葉県の茂原市に住んでいます。東京の知り合いと話すうちに「隣の県なのに千葉のことがほんとんど知られていない」という実感を持つようになりました。県外の人が思う千葉県のイメージと、僕がいいと思っているところが違います。そのギャップを埋められる場所として、カフェをつくりたいと思ったのが店をはじめたきっかけです。

———あまり知られていない千葉の魅力とはどんなことでしょうか。

千葉県の大部分は房総半島にあって海に囲まれています。ですから海産物がよくとれるというイメージがあるようです。たしかに海の幸もおいしいですが、それだけではありません。千葉県は関東エリアでも南側にあり気候も温暖なので、1年中、いろんな野菜がとれます。旬のとれたての野菜は本当においしいです。農家さんが多くて、野菜の生産量も全国有数なのですが、そのことはあまり知られていない。だから野菜に焦点を当てた料理を出すことで、その魅力をちゃんと知ってもらいたいと思いました。
この辺りには、東京都内から電車や車で1時間半ほどで来れます。人もものも多い東京は遊びに行くのにはいいですが、長い間滞在していると疲れてしまいますよね。千葉県の外房は自然が多く残っていますし、人口密度も人が暮らすのにちょうどいいと感じます。都会と自然の真ん中にある距離感も魅力だと思います。

———実際にお店をスタートしてみていかがでしたか。

実は最初の1年くらい、料理には野菜以外の食材も使っていました。それに僕は店をはじめる前、クラブDJをしていたこともあって、同じような趣味を持った人たちと集まって盛り上がることが好きでした。それで「地元の野菜のおいしさを引き出した料理」だけではなく、「気の合う仲間同士で集まれるコミュニティのような空間」をつくることもコンセプトとして持っていました。
ところが店の運営をつづけているうちに、料理やコンセプトにあれこれ盛り込みすぎて、すべてが中途半端になっていると感じました。それでは結局、何も伝えることはできません。あらためて自分たちが何を大事にしているのか考え、地元の野菜に特化することを決めました。

鮮やかな緑色が目印のシンパカフェのフードトラック。

鮮やかな緑色が目印のシンパカフェのフードトラック

フラフトフェアでの販売の様子。

クラフトフェアでの販売の様子

———改装したフードトラックで移動販売もしているそうですね。

「野菜だけを使った料理」とことばで伝えるだけでは、野菜が好きな人しか食べに来てくれません。野菜好きの人ももちろん歓迎ですが、いろいろな好みを持った人たちにやさいごはんのおいしさを知ってもらいたい。だったら僕らがいろんな場所に出かけていって、実際に食べてもらったほうが話が早い。ということでフードトラックで移動販売もしています。
お客さんには外で楽しく料理を食べてもらいたい、ふだんなんでもない場所が、僕らが行くことで特別になるように、と思っています。そのような思いを込めて僕らは移動販売をシンパカフェピクニックと呼んでいます。
フードトラックは店の近所の果物屋さんが配送で使っていたものを譲り受けました。それを改装し、フードトラックの後ろ側の扉を開けたところが販売の窓口になっています。販売する際には、フードトラックの周りにテーブルやイスを置いて飾りつけをして、雰囲気も楽しんでもらえるようにしています。

「いちはらアート×ミックス2017」で販売した「ICECREAM? SALAD!」。

「いちはらアート×ミックス2017」で販売した「ICECREAM? SALAD!」

茹でたジャガイモに味噌ピーナッツを和えたイチオシ。

茹でたジャガイモに味噌ピーナッツを和えたイチオシ

———芸術祭などのイベントに出店しているのはなぜでしょうか。

イベントはクラフト市や芸術祭など、明確なコンセプトがあるものに参加しています。そうすると主催者側から「野菜だけでつくった料理」や「見た目で楽しめる料理」など、コンセプトに沿ったオーダーがあります。そこに来るお客さんは「食で楽しむ」という意識があるので、僕らのやさいごはんも野菜が好きな人以外にも食べてもらいやすいです。
「いちはらアート×ミックス2017」というイベントでは、「ICECREAM? SALAD!」というメニューを出しました。みた目はアイスクリームなのですが、すべて野菜でできたサラダです。茹でたジャガイモをつぶしたものに、千葉県ではポピュラーな味噌ピーナッツを和えたものがイチオシでした。食べた人はとても驚いてくれました。ただ、あまりにかたちがアイスクリームにそっくりすぎたので、アイスクリームの味を期待した小さな子どもをがっかりさせてしまったのが反省点です(笑)。

———2016年に京都造形芸術大学の空間演出デザインコースを卒業されています。以前に別の大学を現役で卒業されていますが、再び大学で学ぼうと思ったのはなぜですか。

コンセプトやデザインを考えて店を運営したり、改装したフードトラックで移動して周りを飾ったり、考えてみると僕は店をはじめてから空間演出デザインのようなことをやってきました。でもすべて自己流です。基本をしっかりと学んでみたいと思って、空間演出デザインコースに入学しました。人に何かを伝えるためには、それをどうデザインするかが重要かと思いました。ことばでいくら「野菜だけを使った料理」と言っても、魅力はなかなか伝わりません。そこでデザインを通じて、より人に伝わる方法を学ぼうと考えました。

———大学で学んだことは現在、どのようなところに活きていますか。

大学で学んだ空間演出デザインの基本は、まずデザインする場所や対象を調査して、ひとつひとつの飾りつけなどの要素を考え抜き、コンセプトを明確にして実際の作業にあたるという流れでした。
特にいろんな場所で移動販売するときに学んだことが活きていると思います。フードトラックを周りの環境に溶け込むような配置にするとか、効果を考えて飾りつけをするとか、それまで感覚でやっていたことをひとつずつ考えるようになりました。今では感覚に頼るだけではなく、すべてに理由がある配置になっています。大学ではそうしたことを考えるプロセスを学ぶことができたと思います。
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野外でのウェディングパーティー。串をキャベツに刺して盛り付けるなど、野菜たっぷりの見た目にも豪華な料理で結婚式を盛り上げた。

野外でのウェディングパーティー。串をキャベツに刺して盛り付けるなど、野菜たっぷりの見た目にも豪華な料理で結婚式を盛り上げた

———昨年はウェディングパーティーの料理や演出もされたそうですね。

昨年お手伝いした野外でのウェディングパーティーが、今までやってきたシンパカフェ・ピクニックの集大成かもしれません。僕らがフードトラックの周りを飾りつけて料理を野外で販売をしていることもあってか、公園でのウェディングパーティーの料理や演出を担当してほしいという依頼がありました。
会場となる公園を入念に下調べして、木々や芝生のある環境を生かしたデコレーションなどを決めました。料理はいろどりや見栄えを意識したやさいごはんです。
今までやってきたことの延長ですが、とにかく規模が大きくて、結婚式という一大イベントですからプレッシャーがありました。当日は天気もよくて、おかげさまで大成功でした。僕らの経験を生かして関われたことは本当にうれしかったですね。
ウェディングパーティーはもう1件、お手伝いしました。こちらのほうは、もっとラフで気軽なものにしたいということで、ハーブ園の1区画を借りて、特に何もない広場で行われました。ただ、何もないからこそやりがいがありました。僕らが行くと、そこがパーティー会場になるというのが理想です。

シンパカフェには性別も年齢もさまざまな人たちが集う。

シンパカフェには性別も年齢もさまざまな人たちが集う

———これまでの成果と、これからの目標を教えてください。

お店には性別も年齢も、さまざまな方が来てくれています。住んでいるところは東京などの遠方の方と、地元の方が半々くらいです。でも実は開店当初、地元の方は少なく、東京や横浜などから野菜好きの方が来るような店でした。最近になってようやく地元の方からも認めていただけたと感じています。
千葉の外房の野菜だけを使ったやさいごはんが、特殊なものではなくて、気軽に食べられる、いい意味でふつうの料理だと認知されはじめています。これこそが今までやってきたことの成果だと思います。
これからの目標は、店を続けることです。最近、お客さんから「こういうお店やりたいです」と言ってもらえることがあります。店を続けることでそういう人が増えて、それぞれの地域の魅力を生かした個性的な店をつくってくれたら面白いですね。

取材・文 大迫知信
2017.06.24 Skypeにてインタビュー

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片岡サトシ(かたおか・さとし)

1972年、千葉県生まれ。シンパカフェ店主。京都造形芸術大学空間演出デザインコース(通信教育部)卒業。2005年より、「今いる場所の楽しさに気づく場所」をコンセプトに地元・千葉県茂原市にシンパカフェを開業。店舗運営と同時に、ファーマーズマーケット、アートフェア、クラフトフェアなどに積極的に参加。移動して広がる食空間の模索と同時に、屋外などの特別な食空間の演出など、さまざまに広がる、場・出来事の提案など、京都造形芸術大学空間演出デザインコースでの学びを生かした取り組みを行う。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し、沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。現在は教育や文化、環境などの分野で、拠点の関西から海外まで広い範囲でライターとして活動する。
自身の祖母のつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中。https://obaameshi.com/