アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

このページをシェア Twitter facebook
#61

書道を取り入れた絵画で、独自の表現を追求する
― 楓月まなみ

(2017.12.05公開)

書道でありながら、作家が独自の発想で書く前衛書。紙を折り曲げて加工することも筆の代わりに箒などを使うこともあり、書いたものは文字として認識できなくていい。この前衛書の技法を使った絵画を描く楓月まなみ(古月真奈美)さん。前衛書が評価された後、絵画をはじめてわずか1年のあいだに、作品がいくつものコンクールで入選している。前衛書に続いて絵画も描くようになった、楓月さんの表現の原動力とは何なのだろうか。

《Les quatresaisons》(レ・カトル・セゾン)  第62回新道展(2017年)佳作

《Les quatre saisons》(レ・カトル・セゾン) 
第62回新道展(2017年)佳作

———今年の夏に新道展で佳作となった《Les quatre saisons》(レ・カトル・セゾン)は、とても大きくて緻密な作品ですね。描いた経緯や、特に大変だったことを教えてください。

インパクトがある、できるだけ大きなものを、と思って描いた作品です。わたしがいつも描いている紙が、画仙紙という書道に使う薄い紙なんですね。これは縦180センチありますが、縦長なので100号以上のキャンバスに比べれば、まだ小さいですよね。それで何枚か組み合わせれば迫力が出るだろうと4連作を考えて、単純に思いついたのが四季でした(笑)。1枚ずつ別の季節を描くことで、四季を表現してみようと思ったんです。
4枚で1つの作品ですから、それぞれの季節が伝わるように、イメージを描き分けることが大変でした。油絵だったらある程度、色を重ねて思い通りに描き直せますが、画仙紙を使った描き方は、計算と偶発が両方、加味されるんです。もちろん最初にかたちをイメージして、スケッチから描きはじめます。そして最初のイメージ通りになるように、紙をしぼったりひねったりしながら描いていくんです。ですから紙の具合によって、色のつけかたを計算していても、どうしても仕上がりに偶発性が出てきます。
計算と偶発が両方あるので、できあがったと思って、全体を広げてみたときに、「あ、ちがう」ってなるときもあります。色が濃すぎたり薄すぎたり、線がうまく流れてなかったり、なかなか思い通りになりません。このときはとくに、四季のうち冬がイメージ通りにならず、何度も描き直して、全部で30枚くらい描いていますね。

《緑流麗》  第22回アートムーブコンクール(2017年)入選

《緑流麗》 
第22回アートムーブコンクール(2017年)入選

《風趣》 第73回現展(2017)入選

《風趣》
第73回現展(2017)入選

《空〈Kû〉———青》  第18回日本・フランス現代美術世界展(2017)入選  ~第50回記念~スペイン美術賞展(2018)特別推薦部門にて展示予定。

《空〈Kû〉——青》 
第18回日本・フランス現代美術世界展(2017)入選 
~第50回記念~スペイン美術賞展(2018)特別推薦部門にて展示予定

《空〈Kû〉——黒》 「第18回日本・フランス現代美術世界展」(2017)入選

《空〈Kû〉——黒》
「第18回日本・フランス現代美術世界展」(2017)入選

———いくつもの展覧会で作品が入選していますが、抽象画は去年(2016年)から描き始めたそうですね。

抽象画は去年からですね。ですが全く新しいことを始めたというより、紙を折ったりすることなど、今から6年ほど前からやっている前衛書の技法を活用しています。前衛書は、筆以外にも箒やスポンジ、ローラーなど、さまざまな道具を使って表現できるのですが、塗るのは墨なので、出来上がったものはどれも白黒です。もっと色を使って、前衛書で得たいろいろな技法をベースに、抽象的な絵画が描いてみたいと思ったんです。絵画も前衛書もほかにもやっているひとはいますが、2つを合わせることで、独自の表現ができそうだとも思いました。
ただ、前衛書は先生に指導してもらっていますが、絵画は誰かに教えてもらっているわけではありません。だからどのように描いても自由なんです。でもそれが客観的にどうみえるのか、自分では判断できません。それに仕事をしていたときの習慣というか、納期があって時間的に追われないと、なかなか動き出せないところがあって(笑)。そこで公募展を調べて、わたしが描くものと合っていそうなものをチェックして、そこからその出品納期に合わせて集中して描き始めました。
初めて出品した《緑流麗》が、今年のアートムーブコンクールで入選をいただけました。それで、このやりかたをもっと追求していけばいいのかなと思えて、励みになりましたね。

《SENRITSU》 第64回奎星展(2015年)奎星賞

《SENRITSU》
「第64回奎星展」(2015年)奎星賞

———楓月さんの抽象画のベースとなっている前衛書は、書道でありながら絵のようですね。

2015年に書いた《SENRITSU》という前衛書は、筆を使っていますが、紙を折ったりすることで墨がつかない白い部分をつくっています。
書道は書いた文字を読むことができますよね。前衛書は文字を解体して、自分なりに解釈したものを表現することがベースにあります。書道の世界ではあるんですが、イメージを表しているので、文字として読めるかどうかは重要ではありません。
《SENRITSU》は、漢字や文字から発想したのではなくて、映像的なイメージが先にありました。白い紙をこう埋めたいというところから書き始めて、仕上がったものをみてタイトルを決めたんです。文字ではなくイメージが強かったので、漢字やひらがなにせずローマ字のタイトルにしています。

———前衛書をはじめたきっかけを教えてください。

結婚して仕事を辞めてからも、何かをやりたいという気持ちがあったんですね。最初の子どもが生まれときは、まだグラフィックデザインの仕事に復帰するつもりだったんです。それが札幌に引っ越して、2人目が生まれたころには、もう無理だなとあきらめていました。
でも別の何かをやりたいと根底では思いながら、3人の子どもを育てて、みんな大きくなったところで、知り合いから前衛書を紹介してもらったんです。書道というより絵のようなところが面白そうだと思ってはじめました。それが2011年のことです。

《翔より》  「第64回毎日書道展」(2012年)前衛書部門佳作

《翔より》 
「第64回毎日書道展」(2012年)前衛書部門佳作

《錦紗》 「第65回毎日書道展」(2013年)前衛書部門佳作

《錦紗》
「第65回毎日書道展」(2013年)前衛書部門佳作

《木漏れ日》 第62回奎星展(2013年)準特選

《木漏れ日》
「第62回奎星展」(2013年)準特選

《再生》 「第63回奎星展」(2014年)特選

《再生》
「第63回奎星展」(2014年)特選

———前衛書も、はじめた年から書道展で入選しているそうですね。展覧会で評価されることは、次の作品制作へのモチベーションになっていますか。

入選や賞をいただくというのは、認めてもらえるという楽しさがありますね。専業主婦をしていると、働いているときよりも、誰かに認めてもらえたと感じられる機会は少なくなります。
家庭で子どもを育てることは、とっても素晴らしいことだとは思います。ですが誰だれの母や妻という立場でみられるようになり、自分自身を評価されるということがなくなってくるんです。それがちょっと辛いというか、自分がどこにもないという感じがありました。ですから自分を表現できる何かをしたいと常に思っていたんですね。

———どのような環境で作品を制作していますか。また制作で、苦労することはありますか。

制作は自宅の10畳ほどの部屋で行っています。わたしが使っているのは薄い画仙紙なので、立てた状態で描くことができません。フローリングの床に汚れ防止のためのカーペットを敷き、その上に画仙紙を乗せて書道のようなスタイルで描いています。絵画にはアクリル絵の具と墨、そして筆やスプレーなどを使っています。
すぐ描けるように棚に調合した絵具を並べているので、家事などを済ませて空いた時間に制作しています。展覧会の締め切りが近づいたときには、制作のほうがメインになってしまうこともあるんですが(笑)。そこは家族が理解してくれているので助かっています。
制作時間の確保より難しいのは、どうやってこれまでの作品よりも新しくていいものをつくるのかということです。特に抽象画は、新道展で佳作に選んでいただき、先輩方から期待の声をもらいました。とてもうれしいことですが、前の作品を越えなければいけないというプレッシャーにもなります。わたしの抽象画は、前衛書をとりいれた独自の技法で描いています。ですから今は、新しい表現を模索しながら、過去の作品を越えられるように制作に取り組んでいる最中ですね。

———前衛書をはじめた2年後(2013年)に、京都造形芸術大学の通信教育部に入学されていますが、大学で学んでよかったことは何でしょうか。

美術史からデザイン、造園のことまで学んで、新しい発見の連続でした。時間と空間のあいだにあるものをとらえて、デザイン化するという論理など、「そんなふうに考えたことなかった」ということがいくつもありました。
わたしが描くのは、さまざまな受け取り方ができる抽象的な作品ですが、自分の感性を落とし込むことを意識しています。新たなものの見方を学んだ大学での経験は、わたしの作品に活きていると思います。
それに新たなひととの出会いも、わたしを成長させてくれました。通信で学んでいるあいだは、通学することはなかったんですが、卒業式には参加しました。そこで先生や全国の卒業生・在校生と初めて顔を合わせました。それを機にFacebookをはじめて、卒業生・在校生や先生たちとつながるようになったんです。
その中で親しくなったメンバーとは直接、お会いしたりすることもあります。わたしが前衛書だけでなく、抽象画も描いてみようかと、これから取り組むことの方向性に悩んでいたときに、相談に乗ってもらったりもしました。普通の主婦同士の付き合いでは、そういうことってなかなか、わかってもらえないですからね。同じように芸術が好きで、通じ合える仲間ができたということが、この大学で習得した最大のものだったと思っています。

《TURANUKU》 第66回奎星展(2017年)無鑑査

《TURANUKU》
「第66回奎星展」(2017年)無鑑査

《翔〈Kakeri〉》  第31回パリ国際サロン(2017年)ドローイング・コンクール部門入選

《翔〈Kakeri〉》 
「第31回パリ国際サロン」(2017年)ドローイング・コンクール部門入選

———これまで楓月さんの話を伺っていると、ひととのつながりが新たな挑戦を後押ししたように思います。

通信制の大学で学ぶことは、家族の協力がなければできませんでした。それに前衛書は知り合いにすすめられてはじめました。さらに上の子どもの、中学時の美術の先生とも交流があって、個展などに呼んでいただいています。その先生から抽象画を描くことも後押ししてもらい、札幌が拠点の展覧会、新道展も紹介していただきました。
この展覧会に出したのが、はじめにお話しした《Les quatre saisons》です。そしてこの作品が佳作賞となったことで、絵画の先輩方からコメントをいただけました。北海道に住んでいる方がほとんどで、おすすめの抽象画の公募展の情報など、身近な視点からアドバイスをもらえたんです。先ほどはプレッシャーにもなると言いましたが、「これからも是非、描いて欲しい」という声をいただいて、抽象画に本腰を入れて取り組もうと心を決めることができました。今後は抽象画に比重を置いて制作を続けていこうと思います。

プロフィール

楓月まなみ(ふうげつ・まなみ)

グラフィックデザインを学んだ後、その仕事に10年ほど携わる。結婚を機に仕事を辞め、故郷の名古屋から札幌に移住。2011年から前衛書を書きはじめ、初出品の作品が毎日書道展で入選する。その後も毎年、奎星展でも入選。2015年には奎星賞に選ばれ、以後、無鑑査。2016年より前衛書の技法を取り入れた抽象絵画を描くようになる。絵画も2017年のアートムーブコンクールを皮切りに、新道展で佳作となるなど、多数の作品が入選する。今後は抽象絵画に軸足を移し、活動の幅を広げていく。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し、沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。反捕鯨団体への突撃取材や、震災直後の熊本、海外などで取材を行い、ルポを執筆。経済誌・教育専門誌などへの寄稿・取材記事も多数。自身の祖母のつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中。https://obaameshi.com/