アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#87

アートとデザインが生み出す、つながりの“集積地”
― 濱 章浩

(2020.02.09公開)

兵庫県神戸市三宮の旧居留地の入り口にある株式会社神戸デザインセンターを経営する濱章浩さん。デザイナーとしてロゴマークのデザインを中心に、企業やイベントなどのグラフィックデザインを手がけている。さらには、デザイン事務所に加えて、ギャラリーコワーキングスペース、書庫をバーに改装した書庫バーアートとデザインの専門書店ひとつのビル内で運営。イベント企画なども手がけ、幅広い事業を展開している。
デザイナーの濱さんが、どのような経緯でこれらの事業を行うようになったのだろうか。話をうかがうと、それぞれに共通した思いと原点がみえてきた。

神戸デザインセンターがある三星ビル(左から3つ目)。旧居留地の大丸前に位置し、ひとつのビル内で5つの事業を展開する

神戸デザインセンターがある三星ビル(左から3つ目)。旧居留地の大丸前に位置し、ひとつのビル内で5つの事業を展開する

———デザイン事務所と同じビル内で、いくつも事業を行われているんですね。

そうですね。はじめは個人で借りていたデザイン事務所1部屋だけでしたが、現在は法人化させて、ひとつのビル内で5つの事業を行っています。経緯は一言でいうと、、成り行きです(笑)。
ただ、2010年に事務所を借りたときから、いろんな人たちが出入りする風通しのいい場所にしたいと思っていました。ですから当初は、事務所を3人でシェアしていました。その後、学生時代に絵を描いていたこともあって、ギャラリーがあれば、いろんな作家やそのファンの方々ともつながりができますし、そうやって僕の好きな作家さんとのコミュニティを、自分でつくっていけるかもと思ったわけです。
いざ、ギャラリー運営を始めてみると、デザインとアートの業界は近いようでいて、あまり交流がない事に気づきました。そこで、デザインとアートの特性を活かし両方をつなげ、面白いことができそうだと、徐々に思うようになりました。

白い壁と一面の窓に囲まれたアート&デザインギャラリー(三星ビル3階)。

白い壁と一面の窓に囲まれたギャラリー(三星ビル3階)

書庫を改装した“書庫バー”(2階)。背にした一面の本棚にあるアートやデザイン関係の書籍は自由に読むことができる。カウンターでグラスを傾けているのは濱さん

書庫を改装した“書庫バー”(2階)。背にした一面の本棚にあるアートやデザイン関係の書籍は自由に読むことができる。カウンターでグラスを傾けているのは濱さん

———書庫バーをオープンしたのはなぜでしょうか?

このビルの他のテナントは、20年以上入っているところばかりだったのですが、たまたま2階の部屋が空いたんですね。ひとが出入りしやすい2階は押さえておきたかったので、使い道を決める前に、もう借りてしまおうと(笑)。
それからしばらくは、後輩に一時的に事務所として利用してもらったり、その後は壁の一面に本棚をつくり、カウンターを設置して、応接間兼書庫として使っていました。
いずれはバーになるといいなと考えていた矢先に、その構想に賛同してくれたスタッフが現れ、書庫が一体となったバー、書庫バーとなりました。
ここの本棚にはデザインの資料や画集などが置いてあります。いわゆる芸術書って、普段あまり触れる機会がないですよね。だからこそ気軽にみてもらえる場所があるといいと思いましたし、ギャラリーに足を踏み入れるより本を開く方が気軽ですし、絵を見たりすることを身近に感じてもらえるようになればと嬉しいなと。僕自身、お酒の場が好きということもあって、好きなものをくっつけちゃえと(笑)。

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アートとデザインの専門書店“storage books”(2階)。個人が制作した個性豊かな“ZINE”も数多く並んでいる

アートとデザインの専門書店“storage books”(2階)。個人が制作した個性豊かな“ZINE”も数多く並んでいる

———書店はクラウドファンディングを利用して開いたそうですね。

そうなんです。書庫バーと聞いて、そこにはやはり本好きのお客さまが集まりました。だから書店もあるとよろこんでもらえますし、本も購入していただけます。それに本に限らず、デザインの仕事で雑貨をつくることもあるので、物販ができる場所が自前であると便利だと考えました。ただ、商品を仕入れて販売するということは、それが売れなかった場合のリスクが大きいことが何より不安でした。
仕入れの不安を解消するために、クラウドファンディングをすることにしました。目標金額を50万円に設定して、それを本の仕入れにあてようと。支援者には、オープンした書店やバーで使える金券、名刺などのデザイン料を割引いたオーダー権など、必ず等価かそれ以上のリターンを用意しました。このクラウドファンディングのおかげで、支援額分を安心して本を仕入れることができました。
結果は
25時間で目標を達成し、終了時には設定金額の3倍近くの資金を集めることができました。そして2017年に開いたのがstorage booksでした。

———実際に書店を経営してみて、わかったことはありますか?

クラウドファンディングはうまくいきましたが、やっぱり物を手にとって、購入していただく難しさを改めて知りました。欲しいものが決まっている方は商品をすぐに手に取っていただけますが、そうではないひとに興味をもっていただく方法を模索しています。
僕はデザイナーなので、お客さまの要望をうかがって、それに合わせてデザインをつくるということをやってきました。すでにある商品の魅力をどう伝えるのか。これはやはり専門性が必要と感じ、書店オープンから1年後、小売店勤務経験のあるスタッフを迎え入れることにしました。

これまでに作成したロゴの例

これまでにデザインしたロゴの例

———デザイナーとしては、どんなお仕事をされているのでしょうか?

ロゴマークのデザインを中心に、企業やショップ、イベントなどで必要なグラフィックをデザインしています。ロゴマークは、まだ駆け出しだった2006年頃からたくさん制作してきました。ロゴマークのデザインをしてきてよかったと思います。
というのも、ロゴマークは、企業やショップなどの立ち上げのときにつくりますよね。ですからその段階から、想いを聞いて、ディスカッションをして、デザインをつくっていけるんです。時にはネーミングや企業理念、ビジネスモデルなども一緒に考えて、ご提案させていただくこともあります。
さらにウェブサイトやパッケージ、パンフレットなど、必要なツールをまとめて手がける事もあります。デザインのお客様にアーティストを紹介したり、お客様と一緒にイベント企画を考えたり、そんなふうに、デザインからさまざまな仕事につながっています。

———大学を卒業してからデザイナーになった経緯を教えてください。

卒業後は、印刷会社に入社したのですが、1日で辞めてしまいました。そこは展覧会の図録などをつくっている会社でした。自分で提案すれば、新しいものがつくれるチャンスがあると思っていたのですが、入社してみると、既存のものしかつくれないことがわかったんですね。そこで、自分にしかできないことをやりたいと強く思ったんです。具体的には大学で学んだデザインの技術を活かせる仕事をしたいと考えました。
それからしばらくは、学生時代から続けていたファストフード店でのアルバイトをしながら、友人と絵画教室をやったり、自分でも絵を描いたりしていました。さらにデザイナーとしての実績をつくろうと、当時流行っていた交流サイトmixiで、「チラシをつくってほしい」といった書き込みをみて、デザインの仕事を請け負うようになりました。
ある程度実績ができたところで、就活をしようと思っていたのですが、mixiのコミュニティで、フリーのデザイナーを募集という書き込みをみつけたんです。その仕事がロゴデザインでした。

———はじめてデザインしたロゴマークを教えてください。

最初のロゴデザインは、福島県の農業関連の企業のものでしたね。14年ほど前のことなので、そのロゴマークはもう使っていないと思うのですが……(濱さんがノートパソコンで、その会社のサイトを検索)使ってくれていますね。これは、とてもうれしいですね!
それから、ロゴデザインの仕事をほぼ専門でするようになり、どんどん数が増えていったんです。

———ネットを通じて自宅でもお仕事ができていたと思いますが、神戸の三宮に事務所を借りたのはなぜでしょうか?

ネットを通じた仕事は、日本全国の依頼を請けられるし、ひとと会う必要もありません。だけど、やっぱり地元の神戸でひととつながって、会って仕事をしたいと思うようになったんです。
そんなことを考えていた時に、高校時代の先輩を通じて、神戸でオープンするレストランのオーナーさんを紹介してもらえて、デザインをさせていただきました。そのオーナーさんが、地元神戸では顔の広いひとで、デザインの打ち合わせの都度、神戸の飲み屋さんに何軒も連れて行ってくれました。そこでデザインをいろんなひとたちに見せて回ったりしながらお酒の飲みかたを教えてもらいました。デザインを通じて人脈も広がって、地元に知り合いも増え、デザインの相談も増えていきました。
対面での打ち合わせも増えてきたこともあって、今のビルに事務所を契約しました。スペースをもってからは、さらに地域のひととのつながりが広がっていったんです。

濱さんがデザインを手がけたイベント、TEDxKobe 2015 : Dive into Diversity

濱さんがデザインを手がけたイベント、TEDxKobe 2015 : Dive into Diversity

———さまざまな事業を同じビル内で展開するようになって、どんな変化がありましたか?

このビルに、さらに多くのひとが集まるようになって、それぞれの事業も活性化したと感じます。たとえばギャラリーは、当初集客が難しかったのですが、書庫バーに来たひとがふらっと足を延ばしてくれるようになりました。ギャラリーで個展をしている作家さんが、バーカウンターで飲んでいると、その作家の隣に座ったひとが作品に興味をもってくれるんです。さらにその場で絵を購入してもって帰ってくれたひともいましたね。
他には、ギャラリーにふらっと来た映像作家と知り合い、僕がデザインを担当していたイベントTEDxKobeのチームに参加してもらったこともありました。その方は後々、うちの書店のスタッフと意気投合して、スマホで動画を撮って編集するワークショップを開いたり、今でもギャラリー以外でもお付き合いをさせていただいています。
最近では、たまたま書店にやってきた絵本の編集者さんと、絵本の朗読会を継続開催しています。その方が神戸の作家の絵本を出版するプロジェクトを立ち上げたのですが、その絵本のデザインを担当させていただくことにもつながりました。
そんなふうに、デザイン事務所に加えて、書庫バー、ギャラリー、書店、コワーキングスペースが一か所に集まることで、普段出会うことのないようなひとと出会って、思ってもみなかった面白いことが起こるようになりました。

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2018年12月に神戸の旧居留地で開催したナイトマーケット。趣ある建物に囲まれた道が歩行者天国になり、多くの人でにぎわった

2018年12月に神戸の旧居留地で開催したナイトマーケット。趣ある建物に囲まれた道が歩行者天国になり、多くの人でにぎわった

———神戸デザインセンターの理念、「アートとデザインを通じて、ひとの心をつなげる役割を」というものがありますね。まさにこの理念を事業で体現しているんですね。

その理念は僕自身とても大事にしています。それに、うちのスペースの外でも、ひととひとを結びつけるイベントを開催することもあります。神戸マルシェという、神戸の飲食店を中心に10年継続開催されているイベントでデザイナーとして関わらせて頂いているのですが、そのときのお店のシェフたちと、2018年の12月に旧居留地でナイトマーケットというイベントを一緒に運営側で関わらせていただきました。道路を歩行者天国にした大きなイベントなのですが、書店をやっていることもあって、つながりのある書店の方々に声をかけて、古本市を企画したり、大学の同級生に声をかけて、映像のパフォーマンスをやってもらいましたし、音楽も、以前デザインを手がけたジャズイベントで出演していたバンドに出演してもらったり。なにかをきっかけに、これまで出会ったひとたちと何ができるかを考え続けています。ひとにとっての資源は、ひととの出会いによってもたらされるんだと思っています。

 ———「ひとの心をつなげる」ということを大切にする濱さんの原点は、何だと思いますか?

僕はひととひとがつながる瞬間に立ち会うのが好きなんです。
そのきっかけは、小学校時代にあります。僕自身、秀でるものが無く、自信がなかったので、いろんなひとと関わりたくってもがいていました。
小学生って、休み時間にグラウンドに遊びに行く子と、教室ですごす子とにわかれますよね。どちらかのグループに入れば、もう片方とは自然に距離ができてしまいます。グラウンド派と教室派という枠組み以外にも、男子と女子とか、いろんな壁がありますよね。でもその状況を変える力をもったクラスメートが、小学三年生のころにいたんです。その子はマンガを描くのがうまくて、枠組みを越えたいろんなクラスメートが、彼の絵を欲しがりました。クラス全員がつながる感じが、鮮明に記憶に残っています。
そして何より、高校生の頃から彫刻家の先生の下で、最も身近な家族の中で、自分自身を表現することの難しさと、絵を描く大切さを教わりました。これが原点です。
絵には、ひととひとの壁を越える力があるんだということを学びました。

今後はすべてのスペースを集約する“STORAGE(貯蔵庫)化”計画をすすめる

今後はすべてのスペースを集約する“STORAGE(貯蔵庫)化”計画をすすめる

———今後の展望をお聞かせください。

すべての事業を集約させる“STORAGE(貯蔵庫)化計画ということを考えています。実は少し前まで、それぞれの事業が、別々のものにみえるようにしていたんです。いろんな事業を展開して、本業のデザインの仕事に力を入れていないイメージをもたれる事が嫌だったんです。それとは矛盾するようですが、これらのスペースを運営することが自社ブランディングでもあったし、これまでお話ししてきた通り、事業のすべてが連動することで、もっていたポテンシャルが存分に発揮できるんだと今では実感しています。いろんなひと同士がつながって、この場所でいろんな面白い出来事が生まれています。今後、ひと、もの、ことの集積の場として、STORAGEという名称に統一し、すべての事業とそこに関わるひとたちを、アートとデザインを通じてつなげたいと思っています。

取材・文 大迫知信
2019.12.17 神戸デザインセンターにてインタビュー

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濱 章浩(はま・あきひろ)

1980年、神戸市生まれ。グラフィックデザイナー/クリエイティブディレクター

株式会社神戸デザインセンター 代表取締役
2004年、京都造形芸術大学 情報デザイン学科 卒業
2007年、ハットグラフィコデザイン設立
ロゴデザインを中核とした、企業・店舗のブランディング、ヴィジュアルアイデンティティ確立の仕事に携わる
2010年、現在のビルに事務所を開設
2012年、株式会社神戸デザインセンターとして法人化
2013年、サンセイドウギャラリー開廊
2014年、書庫バー開店
2015年、コワーキングスペースDEP. 開設
2016年、ビル全体を使って美術、音楽などを複合させたイベント「ナイトミュージアム」を開催
2017年、アートとデザインの専門書店storage books開店。クラウドファンディングを利用し、25時間で目標を達成
2018年、旧居留地で開催した大型のイベント、ナイトマーケットの企画、デザイン、広報を行う
2020年、神戸デザインセンターの全ての事業を集約させるSTORAGE(貯蔵庫)化を計画
彫刻家・画家に師事。自らの作品発表の傍ら、ギャラリーの運営、展覧会・ワークショップの企画を手がける。また、ツムテンカクTEDxKobe保育フェス、078KOBEなどの街中でのイベントにもアートディレクターとして関わる。
公益社団法人 日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA会員。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。大阪在住のフリーランスライターとなる。経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中(https://obaameshi.com/ )。京都造形芸術大学非常勤講師。祖母とともにNHK「サラメシ」に出演。京都新聞(191013日朝刊)に祖母とおにぎりのエピソードが掲載される。