アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#73

和菓子のデザインを磨き続け、次の100年のスタンダードをつくる
― 木本勝也

(2018.12.05公開)

かわいくて洗練されたデザインの落雁が人気のUCHU wagashi。どれも国産の和三盆糖を使い、まろやかな甘さと淡い口どけが心地良い。木本勝也さんは2010年にひとりでUCHU wagashiを京都に創業し、カラフルなピースでかたちをつくることができる“drawing”や、天然果汁のゼリーを合わせた“mix fruits”など、今までになかった落雁をはじめ独創的な和菓子を生み出してきた。木本さんはもともと和菓子の世界にいたわけではなく、かつてはデザイナーとして企業で働いていた。どんな経緯で和菓子の道にすすんだのかは以前、アネモメトリで取り上げたのでこちらも合わせて読んでみてほしい(https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/60/5/)。
創業から8年経った今、木本さんは新たなステージに向かおうとしていた。これまでの変化と、将来の展望について伺った。

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———UCHU wagashiは創業当初と比べてどんなことが変わりましたか?

いろんなことが変わりました。たとえばオープン当初は僕ひとりでしたが、今では20人ほどの従業員がいます。店舗も増えましたし、12月5日にはジェイアール京都伊勢丹に「NEXT 100 YEARS」という新ブランドの店舗がオープンします。
ひとりではじめて8年ほどで百貨店に出店できるというのは、自分でも上出来と思っています。簡単なことではないからこそ、百貨店に出店することは目標のひとつでした。これからはさらに幅広い層のお客さまに商品を届けることができます。変わったというのはそこがいちばん大きいですね。
NEXT 100 YEARSという名前には、次の100年の新たな和菓子のスタンダードをつくっていく、という思いを込めています。ここでは落雁以外にも羊羹などのさまざまな和菓子を取り揃えて、京都に留まらず展開していくつもりです。
これまでは目の前にある道を一歩ずつ歩いてきた感覚があります。グラフィックデザインから和菓子の世界に入り、周りからは「うまくいかないんじゃないか」と心配されましたが、目標のひとつに達することができました。これからは自分のやってきたこと、やりたいことを整理して、次の目標に向かう時期に来ていると思います。

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UCHU wagashiで最初に生まれた商品“drawing”。扇形の落雁を並べて、好きな形をつくることができる

UCHU wagashiで最初に生まれた商品“drawing”。扇形の落雁を並べて、好きな形をつくることができる

———木本さんが多くのひとから支持される和菓子をつくることができたのはなぜでしょうか?

伝統を守り継ぐことも大事ですが、伝統的な和菓子の世界の外側にいたからこそ、もっとこうしたらいいのになっていうアイデアが思いつくのかもしれません。例えば、お客さまをおもてなしするときに、高級なお菓子を買ってくるだけでいいのだろうかと、とても疑問に思ったんですね。
というのもお茶席を通じておもてなしの精神を広めた千利休は、お茶を立てるだけではなく、料理やお菓子、器も自分でつくっていました。ですから本当のおもてなしというのは、ただものを買ってくるのではなく、相手のことを思い浮かべながら創意工夫することこそが大切だと感じたんです。
そして最初に生まれた商品がdrawingです。これは扇形をしたカラフルな落雁で、好きなように並べてさまざまなかたちをつくることができます。お茶菓子というのは常に季節を表現します。drawingは季節に合わせたかたちを、自分でつくってお出しすることができます。そうやってひと手間かけてさしあげることで、おもてなしの精神が体現できると思います。

———創意工夫の他にも商品をデザインするときに心がけていることはありますか?

僕はよく機能美ということばを使っています。今の世の中は、おもしろおかしいデザインでムーブメントをつくろうとします。それでは注目されても、すぐに飽きられてしまいます。そういうデザインは奇抜なだけで美しいとは言えません。本当の美しさというのは機能に宿っているんです。
例えば数名のデザイナーに、「素敵なデザインのハサミをつくってほしい」と頼んだとしたら、ほとんどのひとが奇抜なことをすると思うんです。刃をとても長くしたりとか、持ち手を複雑なかたちにしたり西陣織を張りつけたりとか。でもそんなハサミ、使いにくいですよね。僕は反対に、とにかくよく切れるハサミをつくります。刃が徹底的に研ぎ澄まされていて、流れるようにシュッと切ることができる。そして何時間握り続けていても疲れない。機能を追求したものは、見た目も必ず美しいはずです。それこそが本当の美しさだと思います。

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果汁ゼリー入りの落雁“mix fruits”。見た目はもちろん、食べ方まで美しくなるようにデザインされている

果汁ゼリー入りの落雁“mix fruits”。見た目はもちろん、食べ方まで美しくなるようにデザインされている

———機能美を特に感じられるお菓子はどれですか?

機能美を追求したお菓子がmix fruitsです。これは果汁入りのゼリーを合わせた落雁で、かたちは平べったい四角形をしています。食べるときには自然とサイドを指でつまむことになります。そして口に寄せた姿は、とても美しいと思いますよ。そうなるようにお菓子をデザインしているんです。ひと口で食べられないので、割ることになるのですが、薄いので簡単に割れます。さらに割ったときにかけらがこぼれないように、わずかに粘りをつけています。だから着物や部屋もきれいなままです。
でも、それをお客さまにアピールするようなことはしていません。食べやすさはお菓子として当たり前のことだと思うんですよ。実際に食べてもらって、美しいと感じていただけたらそれでいいんです。

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特注の木型を使って手づくりするUCHU wagashiの落雁。創業当初は木本さんが、デザインや製造もひとりで手掛けていた

特注の木型を使って手づくりするUCHU wagashiの落雁。創業当初は木本さんが、デザインや製造もひとりで手掛けていた

———当たり前のことを取り入れながら、今までになかった新しいものをつくるにはどうすればいいですか?

僕としては当たり前のことをやっているだけですが、外からみると新しいとか風変りだって思うかもしれません。でも変わったことをやろうという感覚はないんですよ。ただ自分がやりたいと思ったことを実行しているだけです。
自分の常識って、他人には非常識だったりしますよね。だからといってひとの目を気にしてものをつくると、どこかで見たようなものができあがります。だからものづくりとかデザインって主観的にならないと、いいものはできないと思うんです。
誰でもこんなことやりたい、おもしろいかもって思う瞬間がありますよね。有名なデザイナーでも小さな子どもでも、そういったアイデアの価値は同じだと感じています。違いがあるのは、それを実行するかしないかだけで。好きなことだったら日々、思いついているはずなんですが、時間がかかるとか、お金がかかるとか、なんとなく大変そうだとかいろんな理由をつけてあまり行動には移しませんよね。
僕は思いついたことを、ひとつずつかたちにしているんです。デザインというのは、ひらめいたアイデアを整えてかたちにしていく作業だと思っています。

———人気の商品もひらめいたアイデアから生まれているのでしょうか?

どんな小さなアイデアも、かたちにすれば誰かを幸せにするはずです。少なくとも自分は幸せになりますよね。それにこうすればきっと面白いものができるという、自分がすごくわくわくすることなら、たくさんのひとが喜んでくれると思っています。自分が心から面白がっていることの熱さは必ず誰かに伝わります。反対に自分がわくわくしないものでひとをわくわくさせることって不可能ですよ。ですから僕はあまり難しいことは考えず、自分が面白がれることをかたちにしています。

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———UCHU wagashiの今後の展望を教えてください。

これからは僕がデザインをする必要がないようにしたいんです。誰かがデザインして、自分のつくりたいものができたらそれでいいと思っています。でも自分が思い描いたものと100%同じものを他人がつくることはできませんよね。
ただこういうところを目指しているという青写真を描くことはできます。ブランドの基礎になるところは、僕の主観できっちりつくっておいて、少しずつ誰かに任せていこうと考えています。
イメージしているのはマリメッコさんとか、和菓子のとらやさんです。マリメッコさんの大きな花柄といえばとても有名ですよね。あの何十年も前からあるウニッコという柄が、商品の中で最も人気があるそうなんです。500年以上前に創業したとらやさんの羊羹も有名です。どちらも少しずつ変化させてきていると思いますが、普遍的な価値をつくり、エネルギーが循環するように存続させていくことこそが、僕が理想とするデザインのあり方です。そして僕も次の100年のスタンダードになるお菓子をつくりたいですね。

新ブランドNEXT 100 YEARSのロゴマーク。12月5日、ジェイアール京都伊勢丹に店舗がオープンする

新ブランドNEXT 100 YEARSのロゴマーク。12月5日、ジェイアール京都伊勢丹に店舗がオープンする

———100年以上残るお菓子とは、どんなものだと思いますか?

つくりっぱなしのものでは、ダメだと思います。どんなものでも100年間ほったらかしにすると、ひどい状態になってしまいます。例えば家はひとが住まなければ、10年もすればボロボロになりますよね。だからひとが住んで、痛んだ箇所を補修したり、庭木の剪定をしたり、ときには住みやすいように改装したりすることで100年間残ります。つまりひとが手を加え続けていく必要があるんです。
今の時代はつくって終わりというものがほとんどです。新しいものが次々とつくられては消えていく。僕はそんなことをしたくないんです。真鍮だって使い続けていたら味が出てきます。毎日触って磨き続け、100年後には100年後の美しさを放つ。そんなふうに磨くという作業が、新たなスタンダードをつくっていくためには必要です。それが僕にとってのデザインだと思っています。

取材・文 大迫知信
2018.11.02 京都市上京区の株式会社UCHUにてインタビュー

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木本勝也(きもと・かつや)

1974年京都市生まれ。京都造形芸術大学情報デザイン学科卒業後、グラフィックデザイナーとして大手企業で働く。フリーランスとなったあと、長いあいだ受け継がれてきた京都の伝統的文化に魅力を感じ1年間、図書館に通って多くの文献を読むなど調査を行う。そして201012月、〝人をわくわくさせたり、しあわせにする和菓子をコンセプトとするUCHU wagashiをつくる。2018125日にジェイアール京都伊勢丹に、新ブランド NEXT 100 YEARSの店舗がオープン。

● information
UCHU wagashiでは、NEXT 100 YEARSのスタッフを募集中です。
〝和菓子の次の100年をつくっていきたい″という思いから生まれた新ブランドで、働いてみませんか。条件は、明るく元気な方! 詳細は以下の公式サイトまで。
http://uchu-wagashi.jp/?tid=5&mode=f11


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。国内外で取材を行い、経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中(https://obaameshi.com/  )。2018年度より京都造形芸術大学非常勤講師。7月23日発売の月刊誌『SAVVY』9月号より「春夏秋冬おばあめし」を連載中。