アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#159

十勝でしか描けないもの。たくましく生きる証を捉える
― 前田陽風

(2026.02.08公開)

皆さんはカラスにどのようなイメージを持っているだろうか? 苦手だと思ったあなたは、日本画家・前田陽風(はるかぜ)さんの描くカラスを見れば、印象が変わるかもしれない。
北海道・十勝で農業を生業としながら絵を描く前田さんは、カラスやスズメをはじめ、猫やキツネといった身近な動物たちの、時に柔らかく時に力強い表情を端正な筆致で捉える。自画像としてのシリーズ〈農婦〉では、大胆なフォルムで、農業に従事する女性の内なるもの映す。アイヌのアニミズムを翻案した、十勝の子どもたちに向けた絵本の自主制作も。
今回は、十勝の風土や歴史を大切に見つめる前田さんに、この地でしか描けないものについて伺っていく。

《屋敷ガラス》
 岩絵具、水干、泥、和紙
 F8(45.5×38.0㎝)
2025
 –
 「日本画家の谷地元(やちもと)麗子先生から、『これは完成してるね』と嬉しいお言葉をいただいた作品です。いらない色を上重ねせず、迷わず描けたので気に入っています」

《屋敷ガラス》

岩絵具、水干、泥、和紙

F8(45.5×38.0㎝)

2025

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「日本画家の谷地元(やちもと)麗子先生から、『これは完成しているね』と嬉しいお言葉をいただいた作品です。いらない色を上重ねせず、迷わず描けたので気に入っています」

《すずめ》
 岩絵具、水干、泥、金泥、和紙
 F0(18.0×14.0cm)
2025

《すずめ》

岩絵具、水干、泥、金泥、和紙

F0(18.0×14.0cm)

2025

———動物を中心に描かれていますが、どうしてでしょうか?

私の住む十勝は北海道でも一番寒い地域で、1月には最低気温がマイナス25度にもなります。外にいるだけで命の危険を感じるようなこの土地では、自然がボスで、人間はその中のごく一部だと感じることがあります。動物たちをよく描くのは、厳しい自然の中で共に生きる同志だからでしょうか。彼らとの語らいは、私が思う十勝ならではの美しさの一つです。

———中でも、カラスやスズメをよく描かれています。カラスを例にとると、ふっくらと可愛らしく描かれていたり、逆に威厳を感じさせるようなものもあって、印象が更新されます。

十勝の郊外では、家に「屋敷ガラス」が1、2羽居着いていて、畑作業をしていると、周りをウロウロしてはひょうきんな姿を見せてくれるんです。屋敷ガラスという言葉は私の周りでは普通に使われる言葉なのですが、どうも調べても出てこないのですが(笑)。都市部の方からすると、カラスはゴミをあさる鳥というイメージかもしれませんが、私にとっては、ペットのような、常にコミュニケーションをしている存在で。私は彼らの表情を描きたいので、他の華やかな鳥に比べてユーモアがある動きをするカラスやスズメは描きやすいんです。

《トムキャット》 岩絵具、水干、泥、和紙
 F8(45.5×38.0cm)
2024

《トムキャット》
岩絵具、水干、泥、和紙

F8(45.5×38.0cm)
2024

《キツネのかみさま》 岩絵具、水干、泥、和紙
 A4(210×297cm)
2025

《キツネのかみさま》
岩絵具、水干、泥、和紙

A4(210×297cm)
2025

猫は倉庫に居着いて、倉庫に置いているかぼちゃや芋を狙うネズミを退治してくれます。 秋口ぐらいからものすごく食べて毛を蓄えて、冬を生き抜くために太ります。ネズミをしゃあしゃあと獲るんですが、人間には上目遣いをしてきたりする、そのギャップが面白いですね。
キツネは病気を持っているから近づいてほしくはなくて、実は『北の国から』で描かれているように可愛くはないんです。ただ、キツネとは仲良くないから描かないというわけではなく、彼らは彼らの世界を持っていて、それはすごく尊いという気持ちがあります。ここで生活しながら動物たちと交流していると、それぞれの文化圏がとてもよく見え、個々の生命の美しさを感じます。

前田さんの畑。雄大な畑と防風林は十勝を象徴する景色

家の前の畑。雄大な畑と防風林は十勝を象徴する景色

———前田さんは普段、農業に従事されています。以前には、建築設計やランドスケープ設計のお仕事をされていたそうですね。

大学を卒業後、北海道の建築設計事務所に就職しました。その後、農家に嫁いで、今に至るまで農業に携わることとなります。子育てが落ち着いたタイミングでランドスケープ設計の事務所に転職して、年の前半は農業、後半は設計の仕事という働き方をしていました。2022年に設計事務所を辞め、日本画を描きはじめました。
今は農業を生業として、日本画は年中描いています。絵に活かせたらと写真も撮っていて、一日一回のインスタ投稿をルーティンにしています。活動の中心は絵で、歯を磨くように写真というかたちです。

———日本画を始められたきっかけは?

一時期、カメラの教室へ通っていて、先生が絵も描く方で、勧められたことです。建築の世界は常にたくさんの人たちでものをつくっていきますから、最初から最後までひとりでできることは面白そうだなと。やっぱり建築の出身ということもあってか、画材は素材感を感じられるものを使いたいなと、日本の伝統や美徳を感じられる日本画を選びました。初めはYouTubeの日本画講座を参考に独学で始めたのですが、その後、日本画家の谷地元(やちもと)麗子先生を紹介してもらい指導を受けました。
在籍していた建築設計事務所が、設計において土地の風土をとても大切にしていたので、自分に関係あるもの、十勝の風土を基準に描くようになっていきました。十勝の人の目に馴染みやすいように、実は岩絵具に十勝の土を混ぜているんです。描き始めた頃は、自画像や日記のようなものとして、農婦ばかり描いていました。

《農婦 47 アスパラを刈り取る》
 岩絵具、水干、泥、金泥、和紙 P12(60.6×45.5cm)
 2025

《農婦 47 アスパラを刈り取る》

岩絵具、水干、泥、金泥、和紙
P12(60.6×45.5cm)

2025

———〈農婦〉のシリーズは、動物たちとは違って、大胆に省略されたフォルムで描かれています。

これは、気持ちだけを描きたいからですね。常に普通ではない姿勢で仕事をしなければいけない感じ、腰が痛い感じ、とにかくしんどい気持ちだけを描きたいから、余計な情報を入れたくないのかな。姿勢だけを見せたくて、フォルムを誇張して描いているんです。
基本的に草取りするのが女性の主な仕事です。同業の女性のお友達が、絵を見て「わかる!」と言ってくれる。そういう時が絵を描いていて一番嬉しいですね。だから〈農婦〉の漢字はどうしても「婦」じゃないとダメなんです。

《農婦 28》
 岩絵具、水干、泥、和紙
 SSM(22.7×22.7cm) 
2023

《農婦 28》

岩絵具、水干、泥、和紙

SSM(22.7×22.7cm)
2023

この絵の場合、手をちっちゃく描いているのは、本当に大地が広いから、そんな中で人間が手でできることなんてちょっとしかないことを表現しています。逆に上半身は女性らしいフォルムで描いていたり、脚をしっかりした感じで描いているのは、農作業をしている中での女性の潤しさをどうしても入れたいなと思ったからです。農業だから汚くて辛いではなくて、こういった作業を日々していることが潤しくて、美しいんだと描きたくて。

絵本『すずめの冒険』
スプリングインク株式会社 絵本出版賞入賞

絵本『すずめの冒険』

スプリングインク株式会社 絵本出版賞入賞

———前田さんはご自身で絵本『すずめの冒険』もつくられています。どんな物語なのでしょう。

アイヌの昔話に『すずめの恩返し』というものがあって、『すずめの冒険』はそれになぞらえて、すずめの神様の子ども・すずめ子というキャラクターの物語を創作しました。
北海道では一般的に、アイヌのアニミズムである「動物や植物など万物はそのほとんどが神様」という考えが知られています。山の向こうには神様の国があって、そこでは神様は人間の姿をしているんです。人間と交流するために人間の国に行くときに、それぞれの動物の姿に変身する。ここまでがアイヌの神話で、この先は創作です。『すずめの冒険』のすずめ子はまだうまく変身ができないので、人間の国に遊びにきても、顔だけが人間だったり、羽根が残ってしまっています。

絵本『すずめの冒険』より 原画
 岩絵具、水干、泥、和紙
SSM (22.7×22.7cm)
 2023

絵本『すずめの冒険』より 原画
岩絵具、水干、泥、和紙


SSM (22.7×22.7cm)

2023

アイヌにとって動物は神様ですが、必ずしも崇めるような偉いものではないようです。神様には神様のできることがあって、人間には人間にできることがあって、お互いにそれを交換し合いましょうという感じなんです。神様も悪いことをするし、ヘマもするし、人間も神様のことを叱ります。

絵本『すずめの冒険』より 原画
 岩絵具、水干、和紙
 SSM(22.7×22.7cm)
 2023

絵本『すずめの冒険』より 原画
岩絵具、水干、和紙

SSM(22.7×22.7cm)

2023

———神様と人間は仲のいい隣人なんですね。どうして絵本を描かれたのですか。

子どものご縁で小学校に絵本の読み聞かせに行っていて、17年になります。絵本の選書をするのですが、例えば日本昔話と十勝の気候は違いすぎて、十勝の子どもたちが自分の土地の話だと思えるものがないなと思っていました。アイヌの昔話もたくさんあるのですが、どれも民族色が強く出ていて、子どもたちは今の自分たちとは違うものと思うかもしれない。それなら、せっかく日本画を始めたわけだし、自分で描いてみようということで。アイヌのお話をベースにさせてもらいながら、子どもたちが、自分たちの住む土地の自然を実感できるものを目指しました。家の近くのすずめを見たときに、あの子はうまく変身できているかな? なんて思ってくれたら嬉しいですね。

《すずめ》
 岩絵具、水干、泥、和紙
 FSM(22.7×15.8cm)
 2025
 「この作品は絵本と繋がりのある作品で、上手にすずめに変身できているでしょう、と誇らしげな様子を描いています」

《すずめ》

岩絵具、水干、泥、和紙

FSM(22.7×15.8cm)

2025

「この作品は絵本と繋がりのある作品で、上手にすずめに変身できているでしょう、と誇らしげな様子を描いています」

———社会人入学された京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)の通信教育部では、アイヌ文化について学ばれていたそうですね。

2016年当時、ランドスケープ分野の設計に復帰していた私は、庭や禅といった日本文化を一から学び直す必要があり、そのタイミングで芸術教養学科を知りました。大学での地域文化を掘り下げる課題をきっかけに、アイヌ文化に向き合うようになったんです。
アイヌの歴史や伝統を尊重しながら彼らとどのように共生していくかは、北海道の持つ大きな課題です。近年は、2019年に「アイヌ施策推進法」(略称)によってアイヌ民族が「先住民族」と規定され、2020年には白老町に民族共生象徴空間(ウポポイ)ができるなど、アイヌについて人々の関心が高まった転換期でした。私もアイヌ文化をテーマにしたキャンプ場などの仕事をしていたのですが、知識不足を感じていて。さらに腰を据えてアイヌについて勉強をしようと大学院にも進学し自分はどんな方向性でこの課題に向き合っていけるのかを改めて考えることができました。絵を勉強するために入学したわけではありませんが、大学での学びは今の制作にも繋がっていると思います。

《*That very asparagus ーまさにそのアスパラー》
 2025

《That very asparagus ーまさにそのアスパラー》

2025

———写真作品について伺います。絵のための習作だとおっしゃいましたが、よりシンプルな前田さんのまなざしを感じられます。

この写真は、早春の雨の日、露路アスパラの収穫作業中、iPhoneで撮ったムラサキアスパラです。雨粒も新聞紙もリアルなそのまま、選別もまだです。
写真家の人がアスパラの写真を必要とした場合、アスパラを買ってきて並べて、スプレーで水滴を吹いて、とすると思うんです。そうじゃなくて、寒い雨の中、カッパを着てみんなで収穫している最中の軽トラの上というシチュエーションで、撮影のために並べたわけではなく水滴を吹いたわけでもないことが大事。一緒に収穫した人たちには、あの朝の気候も含めて、全部思い出してもらえる写真だと思います。

《*Trees covered in frost, Chinnel —霧氷—》
 2024.1/24

《Trees covered in frost, Chinnel —霧氷—》

2024.1/24

これは、十勝中が霧氷に包まれた日の防風林の写真です。80歳のおばあちゃんが、こんな日は初めてと言ったくらいすごく珍しい日で。
十勝の防風林をテーマに作品を撮っている人はいっぱいいて、この写真も一見、綺麗な防風林といった感じに映るかもしれません。ただ、この防風林と畑は親戚のもので、彼らがつくったことを知っているから、私にとっては単純に綺麗なものとは思えない、彼らの苦労の証に見えるんです。

『屋敷ガラス』 
岩絵具、水干、泥、和紙
 F8(45.5×38.0cm)
 2025

《屋敷ガラス》

岩絵具、水干、泥、和紙

F8(45.5×38.0cm)

2025

———どの作品も、メディアやモチーフは違えど、この地にたくましく生きるものたちへの静かな賛辞のようです。精力的に制作をされる日々ですが、最後に今後の展望をお聞かせください。

2026年4月から札幌での初個展を予定していて、今はそれに向かって準備をしています。
どんなモチーフを描いてもまだ描けてないと思うことばかりだから、あまりいろんなものを描くというよりかは、コツコツ、ちょっとずつステップアップしていきたいです。ただ、多分今後も継続的に個展をしていくので、ずっとカラスというわけにもいかないなと(笑)。絵を描いている時間も、次はどんな絵を描こうかと思っている時間も、今は全部がすごく幸せですね。

展覧会情報
『前田陽風 日本画展 ―カラスのかみさま』
2026年4月1日(水)~4月6日(月)
カフェ北都館ギャラリー
札幌市西区琴似1条3丁目1-14 第一病院向かい
am10:00~pm7:00(月曜pm5:00まで 火曜定休日)

取材・文 辻 諒平
2026.01.07 オンライン通話にてインタビュー

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前田陽風(まえだ・はるかぜ)

1972年京都府生まれ。十勝在住。京都芸術短期大学(現:京都芸術大学)卒業後渡勝、建築設計に携わった後農業に従事。2022年より、道展会員谷地元麗子氏の元で日本画を学ぶ。日本画独自の絵の具の中に地元の土を使い、十勝に身近な動物を描いている。
1992年京都芸術短期大学造形芸術学科インテリアデザインコース建築クラス卒業、2018年京都造形芸術大学通信教育部芸術教養学科卒業、2022年京都芸術大学大学院(通信教育)学際デザイン研究領域修了。

Instagram
日本画:@maedaharukaze
写真:@harukazephoto


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。