アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#134

心に起きることを解りたい。見えないものに触れるアニメーション
― 景 燁

(2024.01.14公開)

自殺未遂をした女性が抱えていた心の病を表現したアニメーション作品《本当の私が見える?》は、景燁(けい・よう)さんの京都芸術大学博士課程修了作品だ。ぜひこの10分の映像を観てほしい。苦しみを抱える心の一端に触れられるはずだ。景さんの作品には、母国である中国の経済成長に伴う弊害や、留学先の日本社会の風景が反映されている。インタビューやアンケートなどのリサーチを通してつくられる作品には、実録の声と作家の感性の合流が見られ、個人制作でありながらも協働のアニメーションと言えるだろう。
現在は中国の大学で講師として多忙な日々を送る景さんに、心の内を可視化し触れる、独自のアニメーション制作について語ってもらった。

《本当の私が見える?》 2023

《本当の私が見える?》
2023

———博士の修了作品《本当の私が見える?》について聞いていきますね。「双極性障害」を患ったひとりの女性の心の内を追体験する作品です。こうしたものを描こうとしたきっかけはなんだったのでしょう。

きっかけは修士の修了制作だったと思います。感情を管理することの重要性について考えた作品だったのですが、そのときに、日本、中国、それに世界の人々に精神疾患が増えていることに気がついたんです。
私の友達やその家族にも精神疾患を持っている人がいたので彼らに話を聞いてみると、近年の中国の急速な経済成長にしたがって、心理的ストレスと精神疾患の問題は年々厳しくなっていることが分かりました。また、実は心理・精神疾患は外的環境だけが原因ではなく、遺伝的な原因も含め身体的な原因と心理的な原因の両方に基づく病気の一種だということも理解しました。
彼らは心の状態を人に話したり、文字で伝えることが難しいので、彼らの心をアニメーションとして表すことができれば他の人が精神疾患について理解ができるのではないかな、という気持ちで2020年5月から本当の私が見える?をつくり始めました。作品をつくり始めるとき、友達だけではなく、いろいろな精神疾患に苦しむ方15名にオンラインインタビューをして、そのインタビューをもとにお話をつくっていきました。大事なのは、彼らが苦しんでいるのは決して気持ちの問題ではなくて、それはただの病気だということです。そういうことを作品を通して理解してもらえたら嬉しいと思います。

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———左右に色が塗り分けられた半円形の積み木が象徴的に出てきますね。

自分の作品の中には、何かひとつ印象的な小道具を用いてテーマを表現したいと考えています。今回はどのようなものが双極性障害という病気を象徴できるかと考えて半円形の積み木を選びました。不安定で、青く塗られた側と赤く塗られた側に交互に揺れる積み木は、双極性障害の特徴である、気分が高揚する「躁」状態と憂うつになる「うつ」状態の繰り返しを表しています。
積み木を積むことは彼女の心の中や、彼女にとって問題のある家庭を象徴しています。同時に、家を建てることの象徴でもあり、主人公が建築専攻の学生であることにも関係しています。主人公はあまり良いとは言えない家庭環境で育ったので、家を建てることに根強い執着を持っています。

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———主人公に具体的なモデルはいるのですか。

いえ、特定のモデルはいません。自然にこういうキャラクターの姿になりました。でも登場するキャラクターの性格、状況、日記を書くことは、取材した人たちの話をまとめてできあがった設定です。それらをひとつのキャラクターの上に乗せました。
取材した人々に共通して、基本的にみんな家庭に何かの問題を抱えていました。現段階の医学研究で双極性障害遺伝的原因が大きな割合を占めています。しかし、中国のほとんどの家族にとって、親が心理的・精神的な病気であることを受け入れること、あるいは認めることは難しいです。最大の問題は、心理的・精神的な病気に対する正確な理解がないことだと思います。

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———テディベアが主人公に寄り添うシーンがありますね。寄り添いながらも、主人公の積み木を足で何度も崩します。味方のようで味方ではない、非常に印象的なシーンでした。また目玉の群衆に囲まれたり、細胞のようなものが背景に蠢いていたり、そうしたイメージは取材で得たエピソードからですか。

テディベアは主人公の友人の金髪の女性がくれたプレゼントです。双極性障害の人は安心感が低、過敏さが原因となって周りの人々にストレスをもたらしやすい傾向があり、周りの人々は心配しながらも、同時に面倒さや怖さを感じ、心の中にまで関わりたくないと思うこともあります。テディベアのシーンではこういったことを表現したいと思いました。双極性障害では、生活の中の小さな出来事や細かい感情が無限に拡大されることあります。友達の本心について、はっきり表現したくない気持ちもあって、すべて主人公の幻想・幻覚として表現することになりました。目玉の群衆は、取材をした人たちが普段外で、みんなが自分を見ていると感じている話をもとにしたシーンです。

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話を聞いていると、彼らは、彼らを取り巻く苦しい状態から「逃げたい」と考えていることが分かりました。逃げたい対象は、友達とか彼氏とか両親と色々で、そういう環境の中から逃げたい気持ちが強いんです。たくさんの細胞のようなものが動いているシーンはその心理状態を表現しています。
取材具体的に話してくれたことだけではなくて、彼らの言葉をもとに内面をシミュレートし、そこに私自身の感情持ち込む。彼らの言葉や私自身の想像をもとに絵をデザインしたり描いたりします。

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———画面の構成ではどんなことを重視しますか。

自分の場合は始めからアニメーションを描くのではなくて、まずイラストレーションを描いて、その画面の中どんなものが動いていたらもっと面白いかな、と考えていきます。
私は普段からイラストレーションもずっと描いていますので、アニメーションかイラストレーションかというのはその時々で表現したいものによっても違いますけど、動けばもっと表現力が強くなるテーマだったらアニメーションの方がいいと思います。アニメーションはより直感的ですから。

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イラストレーション作品。自画像が、景さんの見た夢の光景とともに描かれている

イラストレーション作品。景さんの自画像が、見た夢の光景と彼女の心の世界と共に描かれている

《機嫌》 2019

《機嫌》
2020

———《本当の私が見える?》につながった、修士の修了制作《機嫌》について伺います。

初めにお話ししたものですね。《機嫌》では、日本のサラリーマンたちが抱えるさまざまなストレスをアニメーションで可視化しつつ、「小さな、確実なる、幸せ」について考えました。現代の中で、自分の感情を適切に管理することの重要性を語っています。
ストーリーはあまりないのですが、太っていたり痩せていたり、さまざまな黒いシルエットのキャラクターたちの身体の中に金色の線がぐちゃぐちゃと動いています。この金色の線で感情の起伏やストレスの大小を表現したのですが、本当に大変でした。一枚一枚、線を追いかけながら動かすのですが、今どの線を描いているんだって何度も見失って。約9分のアニメーションですけど、制作に1年くらいはかかりましたね。
私たちの生活の中で何が「小さな、確実なる、幸せ」なのかを知りたかったので、作品制作中、中間展を兼ねたアンケートも行いました。結果的には、衣食住といった生活の最も基本的なもの、そして簡単に手に入る映画や音楽、ゲームなどがほとんどの人の幸せや喜びを満たすのに十分であることが分かりました。

《機嫌》 2019

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小さな幸せをどう表現できるかなとずっと考えて、雨の中で傘を忘れた主人公が小さな子供から傘をもらうシーンを描きましたが、ただ今から振り返ると普通というか、そんなにいいアイデアとは言えませんね(笑)。
この作品では小道具としてテトリスゲームを引用しました。ブロックが積みあがっていくことと、積んだものを消すことが、心の中のストレスのあり方を象徴できるかと思いました。今から考えると博士の作品とやはり対応関係があります。両方とも「堆積」と「分解」ですね。個人が体験する様々な出来事が、内なる心理空間に層をつくって積み重なっている。初め平穏だった層も時を経て高さが増すにつれて、いびつに積み重なり平穏ではなくなりますね。

《機嫌》絵コンテ

《機嫌》絵コンテ

———大学院を修了されて、景さんは2023年から中国でアニメーションの講師をされているんですね。

今は中国の総合大学西北大学の芸術学部で講師としてアニメーションを教えています。今年はアニメーションキャラクターデザインの授業を担当しているのですが、学生は全員『鬼滅の刃』が大好きなので『鬼滅の刃』で授業を3コマぐらいやりました。授業中の作品鑑賞や好きなアニメキャラクターの紹介では、ほとんどの学生が日本のアニメに興味を持っていると感じていて、中国のアニメーションには興味があまりないそうです。その状況はなんとかしたいですね……。実は中国はもともとアニメーションがとても強い国だったのですが。1960年代の水墨画アニメーションは有名ですね。
個人のアニメーション作家も面白いものをつくっている人は実はたくさんいるのですが、日本と比べるとまだ少ないです。中国では個人のクリエイターは飢え死にしやすいからかもしれませんが(笑)。
ただ、近年ではFeinaki Animation(註)の設立と発展によって、個人のアニメーション作家が徐々に多くの人に見られ、理解されるようになってきました。

(註)
中国の独立系アニメーション作家とモーショングラフィックデザイナーによる作家組合。優れた若手を紹介する映画祭・Feinaki Beijing Animation Weekを主催するなど、中国における独立系アニメーション文化の振興に尽力。

———景さんも日本のアニメーションから影響を受けていますか?

そうですね、小さい頃から日本のアニメーションを見て育っていましたから。ジブリがやっぱり好きですね。でも一番好きな作家は今敏監督です。今敏監督のPERFECT BLUE』では解離性同一性障害、いわゆる多重人格を扱っているので、博士の作品を手がける上で、『PERFECT BLUE内における「異常心理」の表現手法を研究し論文を書きました。あとは湯浅政明監督ですね。商業作品の中にいわゆるアートアニメーションの表現を多く取り入れていて好きですね。
私は商業アニメーションとアートアニメーションとをなんとなく分けている線は、実際のところ曖昧なものだと思います。湯浅監督の作品のように商業アニメの中にアートの要素が強いものもたくさんありますので。そして自分がつくるものにも、商業、アート、自主制作などのはっきりとしたジャンルの区分はつくりたくないです。

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博士課程修了制作展の様子。空間全体で作品世界を体験できるインスタレーションとして展示

博士課程修了制作展の様子。空間全体で作品世界を体験できるインスタレーションとして展示

———作品制作で一番大事にしていることはありますか。

私の性格と関係しているかもしれませんが、作品をつくるときは、他者からの意見をとても重視します。絵コンテのアイデアを出すときも、まずは人と相談して、人からの意見が欲しいです。例えば10人と相談して、その中の8人が「OK! 素晴らしい! 面白い」と言ってくれたら、初めてその作品は絶対OKだと思えます。大西宏志先生からは「他人の意見を重視しすぎている。アーティストは自分のものは面白いと自分で信じることが大事」と言われましたけど(笑)。

現在制作中の作品の構想スケッチ

現在制作中の作品の構想スケッチ

———個人作家でありながら、協働を重視している。それは面白い個性だと思います。景さんがこれからつくっていきたいものはなんでしょう。

今までつくったのものが全部社会や他人を題材にたものなので、もし人の意見と違うものだったら説得力がないかなと。だから人の意見をとても重視していたと思うんです。ただ、今からつくりたいものは自分の感情に向き合っていくものなので、もう人の意見はあまり重要ではないかな。
今は、学生から社会人に転換した自分の心の中を表現したいと考えています。社会人はやっぱり大変、本当に大変です。そんな今の自分の心に関心があります。これまでは社会の問題を大きく広く見ていたから、今度は自分に戻りたいという感じ。5分ぐらいのアニメーションを1年ぐらいで完成させたいなと思っています。仕事をしながらでも、間に時間を見つけて自分のやりたいことをやります。

取材・文 辻 諒平
2023.12.17 オンライン通話にてインタビュー

ポートレイト

景 燁(けい・よう)

1994年8月中国陝西省生まれ。
2023年3月京都芸術大学大学院博士課程修了。その後中国に戻り、2023年現在は西北大学(中国・西安)で講師としてアニメーションを教える。日本アニメーション学会会員、国際アニメーションフィルム協会ASIFA-CHINA-青年会員。
線と色の組み合わせに情熱を注ぐ。アニメーションという表現方式を通して、感情、感覚、知覚を表現することに関心を持っている。

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ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。