(2023.10.08公開)
listude(リスチュード)代表・鶴林万平さんのつくる、木製の多面体スピーカーを目にしたことがある人も多いのではないだろうか。市場の大部分を占める指向性スピーカー(音の進む幅が限定されたもの)ではなく、自然の音と同じ性質を持つ無指向性である点も特徴だ。
スピーカーの製作者でありながら「スピーカーの音を聴かせたくない」と語る鶴林さんは、ライブ会場においても、スピーカーから届く音だけでなく「その時、その場」にある音との一体を大事にしている。
スピーカー製作や音響エンジニアとしての活動に留まらず、参加者と共に土地をリサーチしながら、その土地ならではの音を聴くためのイベントも精力的に行う鶴林さんに、listudeが探し続ける音の風景について聞いてみた。
———鶴林さんが主宰する「listude」について教えてください。listudeという言葉は造語なんですね。
「Listen(聴く)」と「Attitude(姿勢・態度)」を合わせて「listude」なんですけど、「聴く」ことを能動的に捉えるというか、聴くことって受け身になることが多いんですけど、それをより意識的にしたいという、僕たちの姿勢そのものを屋号にしたんです。スピーカーの製作をはじめ、アーティストのライブの音響を担当したり、自分たちで音にまつわるイベントを主宰しています。
もともと、2007年の立ち上げ時よりsonihouse(ソニハウス)という名前で活動をしていましたが、2021年頃、それこそ僕たちのスピーカーをいろんなところで見ていただけるようになって、一方で自分たちが奈良でスペースを持って、いろんなイベントを通して実際に音を聴く場をつくっていることが、スピーカー製作とは全く別のものとして伝わっている実感もあって。屋号をより自分たちのコンセプトをわかりやすく説明できるものにすることで、プロダクトとイベントをもっとつなげられるかなと思ったんです。
———listudeのスピーカーは一般にイメージされるものとは大きく形が異なっていて、木の温かな質感も印象的です。
「scenery(シナリー)」という12面体の無指向性スピーカーを最初につくりました。指向性が無いと書いて「無指向性」というんですけれど、音の進む幅が限定されていないということです。自然の音は無指向性ですね。12面体は無指向性の一番合理的な形としてあります。
「sight(サイト)」は、音質もsceneryに引けを取らないままダウンサイジングしたもので、続く「vision(ヴィジョン)」は、sceneryのコンセプトを最もミニマルな形で再現したものです。
昔のスピーカーを見ると松などの木製のものが多いんです。職人がつくる複雑な木工の仕事が多かったんですよ。近年になってプラスチックとか金属が使われるようになって。木材を使うことは音響面でもとても良くて、あとは僕自身が癖の無いものが好きですし、個人で扱える素材としても最適でした。特にバーチ材が良くて、一番癖の無い理想的なバランスを実現できました。
———listudeのスピーカーは無指向性スピーカーですが、一方で既存のスピーカーの大部分は指向性スピーカーなんですね。
無指向性スピーカーは、元々は生楽器の音を再現するために出てきたもので、主にホールなどで残響を調べる測定用として使われています。音質面でいいものが無くて、オーディオ業界ではあまり相手にされていないというのが現状だと思います。周りの環境の音に左右され過ぎてしまうし、基本的には音楽ライブで使うことを前提としていないんです。
スピーカーはそれが出てきたときからずっと「いかに遠くに、いかに大勢の人に聴かせるか」という目的でやってきているので、指向性スピーカーしか選択肢がないというか。空間の影響を受けないようにスピーカーを配置して、空間の影響を無視しながら音源そのものを合理的に届かせたいんですよ。
ただ、そもそも音楽ってそうやって聴かれるだけのものじゃないなと。より周りの環境、空間の影響を意識するような音の在り方もあっていいはずです。アーティストも、自分の繊細に演奏しているものを、きつい音というか、メリハリを誇張した音で聴かせたくない人もいる。無指向性スピーカーでしかできないことはあるな、と使っていく中で思っていきましたね。
———昔から深く音楽に親しまれていたのですか。
大学の友人の影響でテクノとかエレクトロニカとかの方に行き始めて、そこから自分でつくってみようとMacでDTMを始めて、ひとりで4トラックのカセットMTRで変なノイズみたいな音をコソコソ楽しんでいた、というか時間を潰していたんです。街のCDショップに行って試聴機に入ってる音楽を片っ端から聞いていったり。佐々木敦さんがやっていた『FADER』という雑誌が好きでした。
音楽にも美術にも興味があって、映像もつくっていたし、当時は自分が何をやるかっていうのがあんまり決められていなかったんですけど、ものづくりは続けていたいなというぼんやりした感じでしたね。
大学を卒業しても美術はやりたかったんで、北九州にあった現代美術センター・CCA北九州で、海外の若いアーティストたちと共同生活をしながら引き続き制作をしていました。
この頃はオーディオを作品に使うことは考えていなかったんです。ただ、僕がオーディオにすごい興味を持って一生懸命触っている姿を周りは見ていて、「鶴林はサウンドの人だ」と言われるようになってきてから、意識的にオーディオを表現に取り込んでいこうと。最初はレーモンド・マリー・シェーファーやジョン・ケージみたいな、聴くことの本質を考えるサウンドアートをやりたくて。オーディオとサウンドアートをクロスしていった結果、意識するようになったのが無指向性スピーカーだったんです。12面体スピーカーを知って、でも600万円だったので手が出ないなと(笑)、だから自分でつくってみようということで。
———sceneryを2009年につくられて、そこからどのように広がっていったのでしょう。
mina perhonenのデザイナー・皆川明さんとお店で偶然お会いしたことをきっかけに、1作目のsceneryを京都のお店で使っていただいて。そこからはお店で見てもらったり、僕らのホームページに連絡をくれたレコーディングエンジニアやアーティストのご縁で使っていただいたり、またそこから見て聴いて、連絡が来て、そんな感じで自然とつながっていったんです。
うちのスピーカーはまず見た目に特徴があるし、周りにこんなスピーカーは無いので、「これなんですか?」「僕のつくっているスピーカーなんです」と広まった感じですね。
いろんなところで使っていただくことで、自分ひとりでは辿り着けないところに行けた感覚があって。
原田郁子さんと高木正勝さんのピアノのデュオの公演にsceneryを持っていったら、zAkさんという、坂本龍一さんのPAもされているエンジニアの方がそのままライブに採用してくれたことがありました。zAkさんが使ったスピーカーだということで注目いただいて、そこからevalaさんと鈴木昭男さんのコラボレーションでも使っていただきました。昭男さんなんてほんとレジェンドなんで、関わることができるなんて思ってもみなかったし、昭男さんからの影響は今もあるかなと思いますね。それを見てくれたYCAMの方が坂本龍一さんに推薦してくれて、坂本さんのインスタレーション作品《Forest Symphony》でも採用いただきました。
———listudeのスピーカーを体験したお客さんはどういった反応をされるのでしょうか。
うちのスピーカーを認識されているかどうかの差はあって、認識がある方は「すごい自然でよかったです」とおっしゃるんですけど、認識していない方は例えば照明だと思っていて、「いつ光るんやろと思ってた」と言われたりとか(笑)。「スピーカー今日使ってたん? 音鳴ってなかったよね」と言われたり。
うちのスピーカーと一般的なスピーカーの違いは癖の無さというか、スピーカーの音を聴いている感覚があるかないかですかね。もしかしたらそれは僕だけの感覚なのかもしれないんですけど(笑)、スピーカーの音を聴かせたくない、ここで鳴っているものはスピーカーの音だと思われたくない。
———オーディエンスの素朴な反応は、鶴林さんの意図が伝わっていると言えるわけですね。ライブやインスタレーションにて音響を手がけるときに、どういった部分に特に目を向けるのですか?
その空間にちょうどいいものがある気はしていて、絵を描いたり、彫刻もそうかもしれないんですけど、空間に対しての構図というか。音量、スピーカーを置く場所、バランス、違和感のなさ。逆に違和感を出さないといけないのであればどうつけるか。スピーカーから出ている音を良くしようというだけではなくて、外から入ってくる音も含めたいろんなバランスを見ます。
僕が外の音、環境の音を気にするようになった大きなきっかけがあって。京都の法然院でmama!milkさんが毎年ライブされていて、音響を僕が何年か担当していたんですけど、たまたま後ろにいたお客さんが「去年は鹿おどしの音が凄かった」という感想を言っていて。僕も鹿おどしのカコン、という音を意識しながら音響をやっていたんですけど、鹿おどしの音って、その時、その場でしか体験できないものじゃないですか。多分別の人は鹿が鳴いたとか、鳥が鳴いたとか、それぞれが持って帰ったと思うんですけど、そういった音の豊かさはあるなと思って。体験としての音ですよね。うちのスピーカーならうまく引き出せるんじゃないかなと。人の意識が「その時、その場の音」にも向くようなスピーカーをもっとやってみたいんです。
学生時代にイタリアに行ったときにも同じようなことを思いました。教会でフリーのクラシックギターのライブを聴いていたんですけど、その時に犬が鳴いていて。演奏者は犬をすごい邪魔そうにしていたんです。まぁ当たり前ですよね。でも僕はもっと意識的に犬の鳴き声を演奏に取り込むべきだと思ったんです。それはすごく覚えていて、自分の原点としてあるなと。
———listudeでは、「地奏 -CHISOU-」や「音欒 -OTOMARU-」といった、参加者と共に行うフィールドリサーチ型のイベントも主宰されていますね。
「地奏 -CHISOU-」や「音欒 -OTOMARU-」は、sonihouse時代にしていたイベント「家宴-IEUTAGE-」から発展したものです。家宴-IEUTAGE-は家という空間に着目し、リラックスしながら音と食を楽しむイベントだったのですが、地奏 -CHISOU-や音欒 -OTOMARU-ではまちや自然を舞台にしています。mama!milkさんのライブで感じたことからもつながっている、その時、その場をどう深く体験するかという取り組みなんです。
地奏 -CHISOU-では、その土地の歴史、その場所を象徴するところを巡って、自分たち自身がまずその土地を知る。そして、その土地、そのまちならではの音を手掛かりに、観客の皆さんにその場所を深く体験してもらう。音のワークショップを通して感覚が研ぎ澄まされていく中で、より「環境音」と「音楽」を対等に聴く体験をしてもらいます。
音欒 -OTOMARU-は奈良県の宇陀で、自分たちで作物をつくって料理を提供するPurje(プルイェ)というレストランを経営している2人と一緒にやっています。彼らと一緒に、音と食を通して参加者の皆さんに宇陀の風土を体験してもらいます。
今はお祭りというか、コミュニティの中でその場所の季節を祝う意識が薄れていると思うんです。そういうことを今の僕たちの感覚でできないかな、と思っています。
———その場所、その時間にしかない音に意識的に耳を傾けてみると、何気なく見えていたまちなみも環境音も、いつもとは違う風景として立ち上がる気がします。listudeのこれからの展望を教えてください。
実は山梨県の北杜市に拠点を移そうとしているんです。標高900mくらいのところに1500坪の土地をすでに入手していて、2025年には移転する予定で計画が進んでます。より自分たちのスピーカーのポテンシャルを引き出せるんじゃないかな、と思えるすごくいい環境で。外の音や景色を取り込みたいという、自分たちがやりたいことがすべてできる環境で、野外と建物をシームレスにつなぐ場所をつくる計画が動いてるところです。そこまで山奥でもないので来やすいと思いますし、そこで皆さんと一緒に音欒 -OTOMARU-みたいなことができたらいいですね。今のスペースも気に入っているので惜しい気持ちもあるんですが、理想を求めて気持ちは次に向かっていますね。
取材・文 辻 諒平
2023.08.29 オンライン通話にてインタビュー
鶴林万平(つるばやし・まんぺい)
鶴林安奈と共にlistudeを主宰、
能動的な「聴く」からはじまる、もの・こと・
その場、その時でしか生まれない音を通じて感覚の広がりを
体験する「音欒」プロジェクト、多面体・
2021年、屋号「sonihouse」を「listude」
ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)
アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。