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#107

おとなにも読んでほしい。芸術と哲学に出会える絵本を伝える
― 篠原紀子

(2021.10.10公開)

絵本の読み聞かせからおとな向けの鑑賞方法まで、さまざまな角度から絵本の魅力を伝える絵本講座「ななとふたば」を主催する篠原紀子さん。子どもが絵本から多くのことを感じとり成長につなげるためにも、むしろおとなに講座に参加してもらいたいと篠原さんは語る。また、小学校の哲学の授業にも関わる篠原さんは、絵本と哲学には共通点があるという。絵本とおとな” “絵本と哲学が、子どもの成長にいい影響を与えるキーワード。そう考えるようになった篠原さん自身の子育ての経験とは。

春から幼稚園に入園し講座にこられなくなるの男の子に、プレゼントを渡したところ

春から幼稚園に入園し講座に来られなくなる男の子に、プレゼントを渡したところ

———篠原さんが開催している絵本講座では、どのようなことをしているのでしょうか。絵本の読み聞かせ以外にもやっていることや、大切にしていることをお聞かせください。

絵本講師仲間と2人で、5年前からはじめた絵本講座が「ななとふたば」です。参加者は幼稚園に入園する前の小さなお子さんと、そのお母さんが中心です。月1回のペースで開催していましたが、今はコロナ禍のためお休みしています。
内容は絵本の読み聞かせだけではなく、絵本や作者について深く踏み込んで説明する、おとな向けの話も必ずしています。むしろそちらに重きを置いているんです。
子どもは自分で絵本を選ぶというより、おとなが選んだ絵本に触れることのほうが多いですよね。だからおとなが選ぶ目をもってないと、本屋さんで平積みされている絵本ばかり選ぶことになります。
でも実は子どもたちの好みはばらばらで、子ども自身が絵本を選ぶと、親が思ってもみなかったものを持ってくることがよくあります。例えばこの『ジャリおじさん』はコラージュのような手法で描かれていて、おとなはあまり手に取らないのですが子どもにはすごく人気があります。
おとなにこそベストセラーだけではなく、素敵な絵本がまだまだたくさんあることを知ってもらいたいんです。そしてその中から、子どもがどんな絵本が好きなのか理解してあげてほしいと思います。そのための意識を変えるため、おとな向けの話を必ずしています。

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絵本講座で話をする篠原さんと、熱心に聞き入るおとなの参加者たち

絵本講座で話をする篠原さんと、熱心に聞き入るおとなの参加者たち

———おとな向けの講座では、どんなお話をされるのでしょうか。

今お伝えしたように、まだまだ知られていない絵本を積極的に取り上げて紹介しています。また絵本は子どもの発達や保育の面からも論じることができますし、美術や文学の観点で掘り下げることもできます。そのどちらも知ると、より理解が深まります。絵本の美術や文学の面はわたしが担って、長年保育士を務めてきたもうひとりの仲間が、保育や発達の面から絵本を語っています。その二本柱で「ななとふたば」をやっています。
子どもが成長して「ななとふたば」に来なくなっても、おとなだけで参加して講座を聞いてくれる方がいるのはうれしいですね。

※絵本講師:NPO法人、絵本で子育てセンターの講座を受講することで認定される「子育てをするにあたり、いかに絵本の読み聞かせが必要かを学び、それを語り伝えることができる人材」
絵本で子育てセンター、ウェブサイトより。
https://www.ehondekosodate.com/youseikouza.html

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(上)『にぎりめしごろごろ』小林輝子/再話 赤羽末吉/画 福音館書店  (中)『しろくまちゃんのほっとけーき』わかやまけん/作 こぐま社 (下)『おだんごぱん』ロシアの昔話 瀬田貞二/訳 脇田和/絵 福音館書店 「ななとふたば」では、絵本に登場する食べ物を実際に作って食べ、その絵本を読む“おたのしみ”の時間が大人気

(上)『にぎりめしごろごろ』小林輝子/再話 赤羽末吉/画 福音館書店 
(中)『しろくまちゃんのほっとけーき』わかやまけん/作 こぐま社
(下)『おだんごぱん』ロシアの昔話 瀬田貞二/訳 脇田和/絵 福音館書店
「ななとふたば」では、絵本に登場する食べ物を実際に作って食べ、その絵本を読む“おたのしみ”の時間が大人気

———「ななとふたば」ではおとな向けの講座のほかに、子どもが楽しめる企画も行っていますよね。

そうですね。おとな向けの講座の時間と、子どもとおとなが一緒に楽しめるおたのしみの時間の2つで構成しています。おたのしみの時間は、ピアノやリトミックの先生に来ていただいたり、絵本の内容に合った工作をしたり、絵本に出てくる食べ物を一緒に楽しむ企画も立てています。お菓子の先生や友人の料理人につくってもらっていて、これはすごく人気がありますね。
例えばこの『にぎりめしごろごろ』。おむすびころりんとしても知られていますよね。この絵本に出てくるようなおにぎりを、友人の料理人につくってもらったことがあります。それを竹の皮に乗せて、子どもたちとみんなで一緒に食べました。
そこに参加した子が成長して、久しぶりに会うと「あのときのおにぎり、すごくおいしかったよ」と言ってくれました。身体的に絵本と関わると、体験として強く記憶に残るのだと思います。

左上から時計回りに 『ジャリおじさん』大竹伸朗/絵・文 福音館書店 『いちご』新宮晋/作 文化出版局 『おおきなかぶ』ロシア民話 A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/画 福音館書店 『いろ いきてる!』谷川俊太郎/文 元永定正/絵 福音館書店 『ころ ころ ころ』元永定正/作 福音館書店 芸術家が手掛けた絵本の数々。『ころ ころ ころ』は篠原さんが絵本講師になるきっかけにもなった

左上から時計回りに
『ジャリおじさん』大竹伸朗/絵・文 福音館書店
『いちご』新宮晋/作 文化出版局
『おおきなかぶ』ロシア民話 A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/画 福音館書店
『いろ いきてる!』谷川俊太郎/文 元永定正/絵 福音館書店
『ころ ころ ころ』元永定正/作 福音館書店
芸術家が手掛けた絵本の数々。『ころ ころ ころ』は篠原さんが絵本講師になるきっかけにもなった

———篠原さん自身が絵本に興味をもち、絵本講師になろうと思ったのはなぜですか。

きっかけは、わたしが子育てをはじめたことです。わたしも夫も関西出身なのですが、神奈川で子育てをはじめたので自分たちの親に頼ることができなかったんです。それが思ったよりも大変で、ずっと子どもにかかりきりになっていました。
わたしも夫も本を読んだり美術館に行ったり、映画を観に行くことが好きなんですね。それが全くできなくなるのは、想像以上につらかったです。そんなとき子どもと一緒に行ったプレイルームで、娘が『ころ ころ ころ』という絵本を持ってきました。色玉がころころと転がっているその絵をみて、「これはすごい! 美術館に飾ってある絵と変わらない」と衝撃を受けました。
しかもその作者が、画家の元永定正さんだと知ってさらに驚きました。元永定正さんはわたしの出身地の兵庫県芦屋市で発足した具体美術協会のメンバーだった方で、学生時代から大好きな作家でした。その元永さんが本気で子ども向けの絵本を描いていると知って、すごく感銘を受けました。さらに調べてみると、ほかにも著名な芸術家たちが絵本を描いていたんですね。
わたしの好きなものを子どもと一緒にまた楽しむことができる。そう思ってすごくうれしくなりました。それまで「わたしが我慢して子どもに合わせないといけない」とか「いい親でいないといけない」と思っていたのが「そんなに肩ひじ張らなくてもいいんだ。わたしが好きなものを子どもと一緒に楽しめばいい」と考えられるようになり、気が楽になりました。
絵本を通じてなら孤独な子育て中も楽しくいられますし、多くのひととこの思いを共有し、社会ともまたつながることができます。そう感じて、絵本講師になろうと決めました。

左上から時計回りに 『おみまい』矢川澄子/文 宇野亜喜良/絵 ビリケン出版 『西風号の遭難』C・V・オールズバーグ/絵・文 村上春樹/訳 河出書房新社 『サキサキ オノマトペの短歌』穂村弘/編 高畠那生/絵 岩崎書店 『桃子』江國香織/文 飯野和好/絵 旬報社 文学の世界で活躍する作家が手掛けた絵本

左上から時計回りに
『おみまい』矢川澄子/文 宇野亜喜良/絵 ビリケン出版
『西風号の遭難』C・V・オールズバーグ/絵・文 村上春樹/訳 河出書房新社
『サキサキ オノマトペの短歌』穂村弘/編 高畠那生/絵 岩崎書店
『桃子』江國香織/文 飯野和好/絵 旬報社
文学の世界で活躍する作家が手掛けた絵本

———篠原さん自身の子育て中に、絵本の素晴らしさに気がついたんですね。ほかにも芸術家が描いた絵本にはどんなものがありますか。

例えば先ほどお話しした『ジャリおじさん』は、現代美術家の大竹伸朗さんが描いています。それにこの『おおきなかぶ』はとても有名ですが、描いているのが佐藤忠良さんということは意外と知られていません。美術について学んだ方なら「ええっ?」と思いますよね。
文学の世界でも、多くの作家が絵本に関わっています。例えば村上春樹さんは海外の絵本を翻訳されていますし、江國香織さんの小説は絵本になっています。短歌や俳句などの詩歌は絵本と相性が良くて、短いことばと絵で想像が広がります。わたしの好きな穂村弘さんの短歌の絵本はシリーズにもなっていて、ページをめくるたびに短歌とそれをイメージする絵が楽しめます。
素晴らしい作品をつくる芸術家たちは、子ども心を忘れていないんだと思います。だから彼らのつくった絵本も子どもに人気があるんですよ。多くのおとなは「子どもはこういう絵本が好き」と、勝手な思い込みをもっているようです。そんな先入観を「ななとふたば」の活動を通じて崩していきたいですね。

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「ななとふたば」で絵本に触れる子どもたち

「ななとふたば」で絵本に触れる子どもたち

———おとなが絵本を読み聞かせることで、子どもにはどのようないい影響があると思いますか。

絵本を通してさまざまな世界に触れることで、子どもにとっての現実の幅が広がると思います。「こんな世界もあるかも」「こんな気持ちになることもあるかも」「これも本当かも」と、先入観が取り払われ、現実の可変性を身をもって実感することができます。これはおとなになって芸術に触れることと同じ効果があるように感じます。
そういう意味でも、子どもが文字を読めない時期はとても貴重なんですよ。字が読めるようになると、子どもはとにかく字を追うんです。だから絵をじっくりみて、おとなが読み聞かせる音を聞いて、そこからさまざまなことを感じとる感覚が忘れられてしまいます。それはもったいないですよね。
児童文学者でミッフィー(うさこちゃんシリーズ)の翻訳などで知られる松岡享子さんも、「字を覚えるのは遅いほどいい」というようなことをおっしゃっています。わたしもほんとうにそう思います。
わたしの子どもをみていても、絵本の世界に感覚で分け入る習慣が身につくと、自分の意志をもって行動できる型にはまらない子になると感じています。それは子どもの成長にとって、とてもいいことだと思います。

———たしかにそうですね。おとなのわたしも、美術館でキャプションの文章に気を取られすぎると作品と深く向き合えなくなると思います。また篠原さんは、絵本講座のほかに小学校の哲学の授業にも関わっているそうですが、それはなぜでしょうか。

横須賀にある小学校では月に1回、哲学の授業があるんです。その授業のファシリテーターとして、グループで対話をするための司会進行役をつとめています。みんなで問いを立てることもありますし、友達学校などあらかじめ決められたテーマについて話すこともあります。
そこではわたしたちが普段、当たり前とか常識だと思っていることについて、もう一度「本当にそうかな」と問い直すことを大事にしているんですね。それも芸術がやってきたことと同じことだと思います。
絵本も哲学と一緒で答えがないんです。その答えがないことについて考えたり味わったりすることを、子どもたちに積極的にやってもらいたいんです。おとなにとっても答えがあったほうが楽ですよね。ですからおとなは何事にも、ひとつの答えをもってしまいがちなんです。一方で子どもは、おとなの「こうあるべきだ」とか「こうしてほしい」という気持ちを敏感に感じとってしまうんですね。
そしておとなの求める答えに沿って行動してしまいます。だけどそんな答えに縛られない世界があることを、子どもたちに知ってほしいですね。

左から 『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』斉藤倫/著 高野文子/画 福音館書店 『無伴奏』岡田幸生 『三つかぞえて 日常の俳句』村井康司/編 メリンダ・パイノ/絵 岩崎書店 詩歌が絵本になった篠原さんおすすめの3冊

左から
『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』斉藤倫/著 高野文子/画 福音館書店
『無伴奏』岡田幸生
『三つかぞえて 日常の俳句』村井康司/編 メリンダ・パイノ/絵 岩崎書店
詩歌がテーマの篠原さんおすすめの3冊

———答えがない絵本の世界に浸ることで、現実を生きる力が身につくというのはよくわかる気がします。他にも篠原さんにとって思い入れのある絵本について教えてください。

藤倫さんが書かれた『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』という児童書です。これがすごくおもしろくて、お話の途中で実在する詩や俳句を男の子とおじさんが鑑賞していくという筋立てなんですね。つまり本の登場人物を通じて詩歌を楽しむんですよ。
その中に出てきた岡田幸生さんの自由律俳句に、すごく惹きつけられました。『無伴奏』という句集に載っている「さっきからずっと三時だ」という作品だったのですが、書店で買うことができなくて岡田さんのSNSを通じて直接購入しました。
さらに当時小学6年生だったわたしの娘の担任の先生に、この句集をお貸ししたんです。すると先生も興味をもってくれて、授業で取り上げられ自由律俳句の句会まで開催されました。その子どもたちがつくった俳句を、岡田さんにお送りすると感想をいただいて、北日本新聞にも掲載されました。そんな交流が生まれたのもこの絵本がきっかけで、とても思い入れがあります。

「ななとふたば」で絵本を紹介する篠原さん。また講座が再開したときに向けて新たな取り組みを計画している

「ななとふたば」で絵本を紹介する篠原さん。また講座が再開したときに向けて新たな取り組みを計画している

篠原さんは雑誌『こどもの栄養』で書評も執筆し、おすすめ絵本を紹介している。“お家時間”に役立つようにと取り上げたのが『平野レミのお料理ブック』和田唱・和田率/絵 福音館書店。火も包丁も使わなくてもできる料理を、子どもが楽しみながら学べる

篠原さんは雑誌『こどもの栄養』で書評も執筆し、おすすめ絵本を紹介している。“お家時間”に役立つようにと取り上げたのが『平野レミのお料理ブック』和田唱・和田率/絵 福音館書店。火も包丁も使わなくてもできる料理を、子どもが楽しみながら学べる

コロナ前は毎年、夏の遠足を企画していた。2019年、平塚市美術館「安野光雅展」にて

コロナ前は毎年、夏の遠足を企画していた。2019年、平塚市美術館「安野光雅展」にて

———冊の絵本が、子どもの興味の幅を広げ、ひととひとのつながりを生むというのは素晴らしいですね。それでは、篠原さんの今後の目標についてお聞かせください。

今までお話ししてきたように、絵本には美術や文学の要素が詰まっている、というよりそのものなんです。それを小さな子どもだけが読むのは、とてももったいないことですよね。
大きくなってからでも読んでほしい上質な絵本が、まだまだたくさんあります。どうしたらそんな絵本を読んでくれるのかと考えたとき、絵本を通じて普遍的なテーマで哲学対話ができたらいいきっかけになると思うようになりました。
そうした新しい取り組みを考えていたところで、コロナ禍で活動が制限されてしまいました。ですがこれから、時期をみてぜひやりたいと思っています。

取材・文 大迫知信
2021.08.26 オンライン通話にてインタビュー

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篠原紀子(しのはら・のりこ)

1977年兵庫県芦屋市生まれ。神奈川県大和市在住。2000年に京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)芸術学科芸術学コース卒業。一般企業に勤務の後、結婚・出産を経て絵本講師として活動、講座「ななとふたば」を主宰。絵本を多角的に論じ、子どもだけでなくおとなにも紹介している。最近では子どものための哲学に活動の幅を広げ、小学校での哲学対話ファシリテーターを務める。絵本を美術・文学・哲学の視点から捉え、さまざまなひととつながる取り組みを模索している。
Facebook ななとふたば
https://www.facebook.com/nanatofutaba/


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。自身の祖母の手料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中。祖母とともに京都新聞に掲載。NHK「サラメシ」やTBS「新・情報7DAYS ニュースキャスター」読売テレビ「かんさい情報ネットten.」など、テレビにも取り上げられる。また「Walker plus」にて連載中。京都芸術大学非常勤講師。
おばあめし:https://obaameshi.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/obaameshi/