福岡県と大分県の県境にある、山に囲まれた静かな村、福岡県朝倉郡東峰村。昨年発生した九州北部豪雨で名前を知った人も多いかもしれませんが、ここは約350年続く焼き物の郷です。
ここで作陶されている小石原焼は、1682年に福岡の藩主である黒田光之が伊万里から陶工を招き、現在の福岡県朝倉郡東峰村小石原地区で窯場を開いたのが始まりです。当時、この地域は中野という地名であったことから中野焼と呼ばれ、伊万里焼の製法にならって磁器が作られていました。
中野焼は一時途絶えましたが、1729年頃に同じ福岡県に窯場があった高取焼にならい再興され、磁器から陶器を作るようになります。
1931年に「民藝運動の父」と呼ばれる柳宗悦が紹介したことで価値が見直され、1954年には、柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司、そしてバーナード・リーチが小石原に来村したことで、さらに全国的に知られるようになりました。
小石原焼きの特徴は、素焼きをせずに直接釉薬をかけて焼き上げる「生がけ」と呼ばれる技術による焼物本来の手触りや質感と、「とびかんな」「刷毛目(はけめ)」「櫛目」「流し掛け」などの技法でつくられた独特の幾何学的な紋様が織りなす素朴で温かみのあるデザインです。
私が育った福岡県では、多くの家庭の食器棚に小石原焼が並び、毎年春と秋に行われる民陶祭には窯元に大勢の人が詰めかけて器選びを楽しんでいます。窯元に並ぶ器たちは特別なものではなく、普段の生活で使い続けることによってその美しさと機能が分かる「用の美」そのものなのです。
現在、村には約50窯がありますが、多くの伝統産業で課題になっている後継者不足や伝統の継承などを打開するために、小石原の窯元とフードコーディネーターがコラボレーションし「小石原ポタリー」というブランドを立ち上げ、小石原焼の魅力を発信しています。百貨店やセレクトショップに並んだ器を買う楽しさもありますが、たまにはその器がつくられている窯元に足を運んでみてはいかがでしょう。
そこで出会う美味しい空気や、静かな山あいの風景などの思い出が詰まった器で食べる食事は、いつもよりもずっと美味しいものになるに違いありません。
(月田尚子)