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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#179

ふるき物語に魂をそえる人 
― 京都府京都市

「むかーし、むかし、あるところに……」こんな風に、耳慣れた語り口で始まる『うっかり母ちゃんのにほんばなしミニ!』という“かたり”のYouTube動画(1)。京都を拠点に活動する“かたりべ”、満茶乃(まさの)さんが日本各地に伝わる民話、昔話を紹介するシリーズです。これは2020年というコロナ禍で始まったものですが、現在、すでに200以上もの昔話や民話が紹介され、公開されています。
満茶乃さんはこれまで、「うっかり母ちゃん」の愛称で「0歳からの日本文化」をモットーに、親子で参加して楽しむ親子向けイベントを開催したり、能楽を題材にした物語、各地に伝わる民話、古典怪談など、“かたり”という話芸による公演を多数行ってきました。
幼少期から十代まで、自分の極端な個性に悩み、心のもつれを感じながら過ごしていたという満茶乃さん。高校生の時に経験したオーストラリアでのホームステイやフランスの親戚の家での滞在は、さまざまな海外の文化に触れる機会であったのと同時に、母国である日本の文化をまったく知らないと痛感するものでもあり、日本文化とは何だろうと考える体験だったといいます。
そんな満茶乃さんに大きな影響を与えたのが、オーストラリアからの帰国直後に出会った、室町時代の申楽師・世阿弥の言葉でした。世阿弥の著書『風姿花伝』に記された数々の言葉に感銘を受けた満茶乃さんは、その後、自らの子育ての経験も踏まえ、世阿弥の言葉がきっと現在の子育て中の人達の日々の暮らしのヒントにもなると、親子向けのイベントを行うようになりました。“かたりべ”の活動もその一貫です。
「日本文化」というと漠然としていますが、着物の着方にしろ、節句の行事にしろ、先人達によって受け継がれてきたものを、作法や先入観、予備知識などを抜きにして楽しく知ることができたら、もっと知りたいと思えたら、そしてさらに知識や理解を深めていくことができたら、という満茶乃さんの思いは、古典怪談や民話、ときには能楽を題材にした物語を、“かたり”という手法で伝えることへのこだわりにも通じています。
満茶乃さんのプロフィールには、「ふるき物語に魂をそえる人」と記されています。“魂をそえる”。目には見えない世界の、さらに奥深いところへと私たちを誘うような響きです。ただ物語のストーリーを追うだけでなく、その中に隠れている人間の思いや願い、教訓などを“かたり”を通して伝えたいという満茶乃さんは、新型コロナウイルスが収束せず、未だ不自由や不安がつきまとうこんな時だからこそ、いにしえの物語を体感し、多くの人に楽しんでもらいたいといいます。それは、天変地異、ときに怨霊や鬼という不安や恐れとずっと対峙してきた先人たちの物語に触れてもらうことで、民族レベルでの「自己肯定感の上昇」につながればという満茶乃さんの願いでもあります。
今はまだ、実際にイベント会場でその話芸を楽しむことができない場合が多く残念ですが、YouTubeでは『うっかり母ちゃんのにほんばなしミニ!』のほか「いちまーい、にまーい……」という、誰もが知る古典怪談『番町皿屋敷』の皿を数える場面だけを、世界各都市の丑三つ刻(うしみつどき)に毎週配信するシリーズなども公開されています(2)。満茶乃さんの表情が「お菊さん」に見える涼しい瞬間を、ぜひこの季節にお楽しみください。

(酒井千穂)

(1)うっかり母ちゃんのにほんばなしミニ!

(2)世界まるごと丑三つ刻の皿数え

参考
空果梨堂 Ukkaridoh & Co.
https://utukaridoh.themedia.jp/

うっかり堂①

怪談イベントでのパフォーマンスの様子

怪談イベントでのパフォーマンスの様子

満茶乃さんが高校生の時に出会い、影響を受けた『風姿花伝』が収録されている『新潮日本古典集成 世阿弥芸術論集』(校注者 田中裕/新潮社)

満茶乃さんが高校生の時に出会い、影響を受けた『風姿花伝』が収録されている『新潮日本古典集成 世阿弥芸術論集』(校注者 田中裕/新潮社)