5)カレーをデザインする
カレーライフ 尾崎翔さん1
前回取材してから5年のあいだに、小浜には変化があった。若い世代の移住者が増え、それぞれがつながりを持ちながら、店をつくったり、まちの資源を生かす活動などにもかかわっているのだ。
なかでもSTUDIO SHIROTANIにかかわったメンバーの活躍は著しい。店やホテルなどの店舗設計やグラフィックデザインを手がけるほか、自分の店を始めた元スタッフもいる。
海沿いにある「カレーライフ」はその象徴的な存在ともいえる。その名の通りカレーの店だが、自家焙煎コーヒーにも力を入れている。オーナー兼料理人は尾崎翔さん。刈水庵の2代目店長を務めて独立した。内装とロゴデザインは山﨑超崇さん、オープン後に始めた「珈琲焙煎所」のロゴデザインは古庄悠泰さん。2人ともSTUDIO SHIROTANIの元スタッフで、今も親しい間柄だ。
こぢんまりとした店内は清潔で心地よい。シンプルなデザインもさすが、と思ったら、意外なことに刈水庵に来る前はデザインにはかかわってこなかったという。
———店長を務めたのは2年弱くらいですね。僕は唯一デザインをやってないので、一番特殊な例かもしれないです。しかも、城谷さんのことは小浜に来るまで知らなかった。もともと、どこかでカレー屋をやりたいとは思っていたので、知り合いづてにたまたま小浜を知り、土地に力があり、面白い人が集まりだしていると聞いて、もうここだなと思って移住してきたんです。
最初は地域おこし協力隊に勤めていたところ、城谷さんに「古庄くんが独立したから」とお声がけいただいて。刈水庵はランチをやってなかったので、もしカレーやりたいならうちで好きに出していいから、と言ってもらって。そんなおいしい話はないので、ぜひ、と。
面白いと思ったら気さくに声をかけ、いっしょにできることをやっていく。移住者たちとかかわりをつくりながら、まちを少しずつ変えていった城谷さんらしいエピソードでもある。
カレーをつくって、刈水庵のメニューに加える。初めてのことで苦労も多かったと思うが、刈水庵のカレーランチは大変な人気を呼び、カレー目当ての常連客も多かったという。
2018年、尾崎さんは独立して店をかまえた。雲仙市の食材を生かしてつくるカレーは、今や小浜名物の1つともなっている。
———すでにお客さんがいてくれる状況で始められたのは大きかったです。もし、刈水庵でのランチ営業を経験していなかったら、多分やっていけてないと思いますね。城谷さんが育ててくれた人がお店をしたりとか、間接的にその人がまた呼んだ誰かがお店をしたりと、周遊できるまちになっているのも、城谷さんの力かなと思います。
カレーライフでカレーを食べ、ゆっくりまち歩きをして、刈水庵でひとやすみ。週末であれば、景色喫茶室にも立ち寄れる。ここ数年で、小浜は新しい楽しみかたができるまちになっていた。
カレーはさておき、尾崎さんは刈水庵の店長を務めるなかで、城谷さんからどのようなことを受け取ったのだろうか。
———城谷さんの考え、教えっていうのは、デザイナーに限らずすべての仕事や人に共通する本質的なことだなと、いつも思っていて。デザインの教育をされたわけではないですけど、打ち合わせをしているときの城谷さんの考えを聞いたりとか、普段の立ち振る舞いからでも、いいもの、悪いものの基準だったりとか、本質的なデザインに通ずる考え方を端々で感じられて。気づいたら自分もそういう考えになっていたところがあるんです。
今、カレー屋をやっていて、例えばメニュー開発に関してもそうだし、見せ方、盛りつけ方、お店の外からの見え方、SNS的な見せ方だったり、外観を整えることだったりとか。もともと写真を撮っていたので、写真を撮るうえでもデザイン的視点はとても身になりました。いろんな仕事が気づいたら底上げされていたようなことですかね。単純に、面白いもの、いいもの、城谷さんがデザインされる使いやすいものが刈水庵にはあるので、ものに対しての見方もかなり変わりましたし。振り返ってみれば数えきれないほどの学びをいただいていましたね。
城谷さんはデザインを知らない職人などに、デザインの思想をいかに伝えるかを実践してきた。尾崎さんの本質的なものの見方や考え方の変化は、城谷さんにとっても喜ばしいことだったのではないだろうか。