アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#96
2021.05

未来をまなざすデザイン

1 城谷耕生の残したもの 長崎・雲仙市小浜

5)新しい伝統をつくる
扶余プロジェクト(韓国扶余・木工、陶芸)

最後となる3部は「新しい伝統をつくる」と題されている。伝統というと「守る」「不変」などのイメージが強いが、城谷さんにとって、伝統とは保存継承するだけではなく「革新を付け足しながらつくり続けていくこと」であり、「常に新しくなっていくべきもの」であった。
韓国で試みた「扶余プロジェクト」は、それまで手がけてきた九州各地とは状況が異なった。
扶余には産業としての伝統工芸がなかったのである。百済の最後の王都が置かれたまちだが、唐と新羅の連合軍によって百済が滅ぼされたときに、その文化も徹底的に破壊されてしまったという。
それならば、と城谷さんは大胆な提案をする。

———それじゃあ、新しい伝統をつくろうと若い工芸家や学生たちとやっていくことにしたんです。
伝統は昔から引き継がれているものと思われがちですが、未来の伝統を今の自分たちがつくる、目に見えない未来を自分の力でつくることだと僕は思うんです。それは若い人たちの特権だし、一番の喜びだから。

そのさい、ヒントとなったのが書籍『創られた伝統』(E・ホブズボウム、T・レンジャー編)だった。文化人類学の観点から、主にイギリスの実例をあげつつ、伝統とされているものの多くは近代になってからつくられたという内容だ。なかでも、伝統は自然に継承されてゆくものと意図的につくられるものがある、という記述に触発された城谷さんは「意図的につくる伝統」を学生たちと試みた。

新しい伝統をつくるにあたっては、制約は何もない。いつものように、韓国と扶余の文化を詳細にリサーチするところから始めた。木工芸や絵画、陶磁器などをはじめ、衣食住の詳細や住居の形式に至るまで調べたなかから、韓国の若者たちは木工と陶芸をテーマに決めて、未来につなぎたい表現や技法を選び出し、城谷さんがかたちを考えた。それは地域の資源を使い、環境にも負担をかけない、プロダクトとしても倫理的にも美しいものだった。
韓国産のケヤキ材で、昔ながらの木組みをもちいたブックスタンドや鍋敷、コースターのたぐい。ペントレー、花器など、地元の土を低温で1回で焼きしめた黒色の陶器。瓦のような焼きものは、新しくつくられたものであるのに、どこか懐かしさをおぼえる。「BUYEO」はシンプルで心安らぐシリーズである。

———韓国は国土が狭いから、焼きものなどをつくるのに土の大半は中国から輸入しているんです。そのために、中国のある村では山が低くなってしまったという話もある。それも変なことだし、今や1個の茶碗をつくるのに2年分の木を燃やして、CO2を排出して自然を破壊して、というのはもう普通じゃないし許されない。
未来の伝統工芸はそうではない。だから焼きものにしても、地元の土を使って、低温で1回で焼けるという提案をしたんですね。

新しく生み出された未来の伝統は、九州各地で伝統工芸を現代につないだプロダクトとも通じ合う。ともに地域に伝わる知恵や経験をふまえた、連綿とつづく文化的な営みのかたちである。
それはまた、集合的な記憶をたぐりよせ、編みなおすことに他ならない。各地でのプロジェクトを経て、城谷さんはデザインの可能性をあらためて認識していた。デザインの仕事は減っていくと思うが、デザイナーにできることはまだたくさんある、と。

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BUYEO ブックスタンド、鍋敷き、トレー、コースター / ペントレー、花器、プレート / 2013年、YEOL、生産地:扶余(韓国)