アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#96
2021.05

未来をまなざすデザイン

1 城谷耕生の残したもの 長崎・雲仙市小浜

6)未来をまなざすデザイン

展示作品のいくつかを紹介しながら、城谷さんの仕事をたどってきた。
各プロジェクトの作品はどれも徹底してつくる意味を考え、職人やかかわる人たちとともにつくりだされていた。そして、大事なのは、城谷さんはものをつくって終わりと思っていなかった、ということだろう。プロジェクトとは何かをつくりだすだけでなく、そこで得た知性や感性をもちいて、つくり手たちがさらに展開していくための活動だったのだから。
それはまさしくソーシャルデザインと呼ばれるものだろう。城谷さんの発言を引いておきたい。

———ソーシャルデザインは、やはり経済が中心になるものですよね。ソーシャルデザイナーが入ることによって、いくら儲かったかという基準だと思う。もちろんある程度お金を稼がないと持続できないというのはあるんですけど、「この人がプロデューサーで入ったらヒット商品が生まれた!」みたいなことに最終的につながっていくのは残念な気がします。
僕がやってきたのは、職人たちが自立してできるようになる手助けをするということでした。僕のたずさわったことが何年後かに、僕とは関係ないところで、彼らの力で成功することはあると思うし、あってほしいと思っています。ただ、僕がかかわってすぐに成功したり、観光客が10倍来るようになるものではない。もっと時間がかかるんじゃないかとも思います。
でも明らかに、デザインが社会のなかで必要なものだと認識されつつある感じはします。僕の場合、デザインのスキルをどう社会で活かせるのか、人の役に立てるのか、というところがずっとあるんです。

城谷さんはまた、プロジェクトを通じて工芸やものづくりにたずさわる人々に誇りを抱かせ、彼ら自身で新しい道を切りひらくための補助線も引いた。それはものづくりの土を耕し、種をまくような地道なことでもあった。芽を出し、木が育つのはこれからだ。土がやせ細らないよう、時に養分を補給しながら、したたかに、次代につないでいけるように。

———みんなのためにプロジェクトはある。これに参加したら自分が食べられるのじゃなくて、あなたたちの後輩が食べられるようになる。

BAICAのメンバーに城谷さんはこう告げたという。ともに目先の成果にとらわれないよう、未来をまなざしてプロジェクトに臨んでいたのだ。

次号からは、城谷さんが小浜で蒔いた種がどのように芽吹いたのかを見ていきたい。若い世代がまちを輝かせ、自分たちも輝いている話である。

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和洋中とさまざまな料理が並ぶ日本の食生活に合わせた量産食器。綿密なリサーチを経て、4つの平らなプレートと4つのボウルで7割のレシピに対応できるという答えを導き出した。最小限の食器の種類を見きわめつつ、波佐見など生産現場の大量廃棄にも着目。器につくわずかな黒い鉄粉が原因だが、それを個性として商品化した。この食器では通常10%の廃棄率が4%にまで下がったという / RIM プレート(LL / L / M / S)ボウル(LL / L / M / S) 2009年、株式会社キントー、生産地:波佐見(長崎)

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イタリアのメーカー、カッシーナ・イクスシーのためにデザインされた食器シリーズの一部。日本人の顧客から和食器のリクエストを受けての依頼だった。急須やめし碗、汁椀とさまざまな種類がある点は、抽象的で多用途なTIPOシリーズのアプローチとは異なるが、本質的・普遍的なものを求める城谷さんの思考を感じさせる。彼の考える、未来につなぐ「変わらざる形」かもしれない / イクスシー・オリジナルテーブルウェア 飯碗、汁椀 2006年、株式会社カッシーナ・イクスシー、生産地:波佐見(長崎)、山中(石川)

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必要最小限の家具「ちゃぶ台」から生まれた多用途の家具「POSA スツール / テーブル」。人の成長とともに家具を買い直すのではなく、成長とともに用途が循環することを想定した。一人暮らしの若者の机から始まって、ソファのサイドテーブルや玄関用のスツール、結婚・出産を経て子どもが絵を描く机に、という具合。天板はリバーシブル 。奥は白竹の丸太を使った照明器具「TRONCO」/ POSA スツール / テーブル 2006年、ナガノインテリア工業、生産地:朝倉(福岡)

城谷さんが最後まで調整を続けた椅子「MICADO CHAIR」のプロトタイプ。雲仙みかどホテルの空間デザインの一部を手がけるなかで、同ホテルのロビーなどに置くことを想定してデザインした。メーカーは天童木工。薄くスライスした板を何層にも重ねて接着し、型で曲げて自由な形をつくる「成型合板技術」で製造された。ホテルでのくつろぎや団欒にふさわしい、やわらかなフォルム / MICADO CHAIR 2020年、天童木工、生産地:天童(山形)

城谷さんが最後まで調整を続けた椅子「MICADO CHAIR」のプロトタイプ。雲仙みかどホテルの空間デザインの一部を手がけるなかで、同ホテルのロビーなどに置くことを想定してデザインした。メーカーは天童木工。薄くスライスした板を何層にも重ねて接着し、型で曲げて自由な形をつくる「成型合板技術」で製造された。ホテルでのくつろぎや団欒にふさわしい、やわらかなフォルム / MICADO CHAIR 2020年、天童木工、生産地:天童(山形)

STUDIO SHIROTANI(城谷耕生)
http://www.koseishirotani.com/
長崎県美術館
http://www.nagasaki-museum.jp/
文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。