アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#95
2021.04

文化を継ぎ、培うということ

3 しなやかな糸を束ね、次代につなぐ 京都・祇園町
4)次代につなぐ、しなやかな糸

善也さんは、ZENビルの入居店には価値観が共通していると思っている。

———みなさんに入ってもらって有り難いと思っています。それぞれセンスとか、人間的なものもすごいから勉強になります。緊張感もあったりしますが、それもいいんですよね。
そしてみなさん、お互いがお互いに迷惑かけないように、と気を遣っておられるから、うまくいってるんじゃないかと思います。
いいものつくるということにしても、みなさんに恥かかせないように、という意識もお持ちなんじゃないかと。もちろん、互いに助け合ってもいます。ZENBIのオープンに合わせて、イベントやってくださる店があったりしたら、お客さんは他のお店にも足を運んでくださったりする。そうしてお互いが潤っていくといいと思うんです。

人に迷惑をかけないこと、恥をかかせないこと。
自由に、思うままに店をやっているように見えて、根本にあるのは人やまちに対する気遣いである。互いの店に、鍵善に、そして祇園というまちに。そのうえで成り立つものづくりと商いなのだ。
出過ぎることなく、自分たちらしく。京都の文化の一端が、ここでたしかに育まれている。

ZEN CAFEとZENビル、そしてZENBI。それぞれのZENは鍵善の善であり、近くにある建仁寺の禅(禅寺のZEN)もある。また、真善美の善だったり、単純に善悪の善ともとれる。
さまざまな「ZEN」が交差する一角で、善也さんはひとつのことを思いつづけている。

———祇園というまちのなかで、まちの名前を汚さぬように、そしてまちのグレードというか、価値観をなるべく損なわないようにするといいのかな、と。ZENビルとZENBIをつくって、まちの人の生活を変えてへんかな、というのがずっと気になっています。

まちの歴史に厚みとふくらみをもたらすのは、このような意識で生活や仕事を営む人びとである。祇園にかぎらず、京都のそこかしこが観光地化されたり、大手資本が入ったりして、まちが変わりゆくのは止められない。しかし、いつの時代も変化は確実に訪れる。それに振り回されず、目の前にあるものづくりをしっかりとし、まわりと気持ちよくつながり、まちを大切にする。そうした人たちが息づいていることで、京都のものづくりの文化は続いてきたのではないだろうか。細く、長く。冒頭で井村さんも言っていたように「小さい」ことに誇りを持って。

***

鍵善の12代は黒田辰秋たちと文化的なサロンを生み出した。そんなふうに、ZENBIとZEN CAFEも、ものづくりにかかわるひとたちが広く集う場になっていくのだろう。
それは、大きなムーブメントにはならないのかもしれない。規模を大きくしたり、前に出るようなことを誰も目指していないからだ。慎ましやかに、この時代の文化のありようを次代につなぐ、しなやかな糸を束ねたような存在。それが鍵善の今である。
ZENBIのオープンは、ものづくりに携わる人にとって本当に心強い。ここではものづくりのひとつ、ひとつが大切にされ、かかわりがゆっくり育てられていく。そうして次代に引き継いでいけたら、後世の誰かがこの時代のものづくりを振り返り、きっとつないでいってくれる。長いスパンで実っていく、豊かで美しい取り組みだ。

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ZENBI -鍵善良房- KAGIZEN ART MUSEUM
https://zenbi.kagizen.com/
取材・文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。
写真:石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマ・スタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇阪克二のデザイン』(PIE BOOKS)『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。