アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#95
2021.04

文化を継ぎ、培うということ

3 しなやかな糸を束ね、次代につなぐ 京都・祇園町
1)アートとの橋渡し
イムラアートギャラリー代表・井村優三さん

ZENBIの設立には、井村優三さんの存在が大きい。井村さんは現代美術を扱う「イムラアートギャラリー京都 / 東京」の ディレクターで、そのほかにも美術館等の企画展のプロデュース、アートコンサルタントなども行なっている。ジャンルは現代アートのみならず、伝統工芸からポップアートまでと幅広い。美と名のつくものを飄々と横断しているような印象がある。
そもそも、鍵善の先代がギャラリーなどに使っていたこの場所をどうするか、という話になったとき、「美術館にしたら」と提案したのが井村さんだった。鍵善15代店主・今西善也さんにとっては、思ってもみない大きな話である。しかし、井村さんは具体的なイメージをすでに頭に思い浮かべていた。

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井村優三さん

———大事なのは、黒田辰秋さんのものをどうつなぎ、どう持続していくか、ということですよね。鍵善に残されている作品をきちんと見せつつ、アーカイヴしていく。そのためにはギャラリーではなく、美術館がいいんじゃないか、と。その上で、鍵善とかかわりのある現代作家たちの展示もやっていくと、鍵善らしくなるんじゃないかと思いました。

井村さんは善也さんと鍵善を以前からよく知っている。井村さんが美術作家を紹介したり、あるいは井村さんが企画した展示を善也さんが観にいったりするなかで、気心が知れていった。井村さん自身も京都に生まれ育ち、実家は古陶磁などを扱っていた。独自の立ち位置でアートにかかわる姿勢は、マイペースを守る善也さんの仕事にも通じる。
私設美術館の設立にあたっては特に決まりはないが、美術館として基本的な仕事をしようとすると、作品の保存と収集は柱になる。井村さんは設立に向けてかたちを整え、各方面で尽力してきた。さらに、古典から現代美術まで扱う広い視座に立ち、ZENBIらしさを探りながら展示企画も立てている。

———これまで善也さんとかかわりのある現代の作家に、ZENBIだからできることをやっていただけたら、と思っています。楽しく遊んでいただくような感じで。たとえば、黒田辰秋展の次は美術家の山口晃さんにお願いしています。

山口晃さんは日本の伝統的絵画の様式を用い、油絵の技法を使って描く作家。その表現は絵画だけでなく立体、 漫画、インスタレーションなど多岐にわたる。数年前、善也さんは井村さんの紹介で山口さんに鍵善本店の紙袋の挿画を依頼したり、作品を鍵善がプロデュースするカフェ(次章を参照)に飾ったりしている。そんな関係を続けてきた先にある展示企画だ。
このように、善也さんもまた、12代善造や先代のように現代作家とのかかわりを深めている。そこには画家もいれば、陶芸家も木工家もいる。彼らをZENBIでも扱っていくことで、美術や工芸などのジャンルにとらわれない美術館として、ZENBIらしさが立ちあらわれてくるのだろう。
井村さんはZplusのオーナーとしても「ここでしか買えない京都の工芸、手仕事のもの」が生み出されていることを願っている。

———Zplusは永松仁美さんにディレクションをお任せして、扱うものも店内も、京都らしい美しさのある店ができました。つくり手のみなさんも参加し、それぞれにこうすればどうだろう、こんなのつくれますよ、などと言ってくれたりするんです。
古今東西の美術や工芸を扱ってきましたが、一周まわって、また善也さんと出会うことによって、今は足元にある京都のことをもっとよく知りたいと思うようになりました。自分の芯にある部分として、京都のこと、手づくりの文化のことをしっかりやっていきたいですね。
小さなこと、小さな動きでいいんです。僕たちは時代に逆行しているかもしれないけれど、つくり手の、つくる喜びが生まれるようなことを大事にしたいと思っています。

大きくしよう、ステップアップしようというヴェクトルとは逆に、小さいままで、目の前にある、ここでやれることをやる。そのことに対する誇りのようなものを井村さんは持っている。
それはまた、鍵善に受け継がれてきた姿勢にも通じるようでもある。善也さんは言う。

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今西善也さん

———若い作家も応援したいけど、かかわるのはやっぱり同年代が多いですね。善造と黒田さんもそうやったと思うし。何十年後に残るものをつくろうとか思っていたわけではなくて、自分たちがよくて、面白いもんつくろうとして、結果的にそれが残ってるわけで。そのことが大切なんじゃないかな、と思うんです。つくってる人たちが楽しくないと、見る人も楽しくないし。

まず、つくる側で、面白さや喜びが共有されていること。それがあればこそ、生み出されるものは魅力が増す。ZENBIに先立って鍵善が始めたZEN CAFEとZENビルでは、そのことが積み重ねられてきた。

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山口晃さんの描いた絵をデザインした紙袋。「お菓子とお茶のある風景を」とリクエストしたら、鍵善らしさのある、心和む絵が届いた / ZENビルのエントランス。すっきりとした空間を季節の花で印象を変えていく。壺は辻村唯さん、花はいつも花政さんにお願いしている