1)書店をめぐる不可解な線引き
2020年4月、新型コロナウィルス感染症拡大に伴い、日本全国に緊急事態宣言が発令され、各都道府県において、接客を伴う飲食業や、一部の小売店に対して自粛要請がなされるという前代未聞の事態がおとずれた。そんななか、自粛要請をめぐる、ある「線引き」を報道した不可解な新聞記事に目がとまった。その内容とは、新刊書店の営業は許可され、古書店には自粛を要請するというもので、理由として「新刊書店は必需品を扱うが、古書店は趣味性が強い」という説明がなされていた。
かねてより筆者が営む新刊書店「誠光社」では、取材時に選書基準を問われた際、「実用品ではなく嗜好性の高いものを選ぶ」と答え続けてきた。スマートフォンが普及し、ウェブ検索やネットニュースで情報が得られる今、書物はもはや必需品ではない。もちろん、文化的な暮らしや教養を身につける上での必需品、という解釈の仕方もあるだろうが、そのような観点からすれば現在流通している一握りの新刊書籍ではなく、蓄積する時間とともにある膨大なアーカイブを扱う古書店も研究者や愛書家にとっては欠かせない存在だ。
また、休業要請の是非についてはこのような考え方もできる。要請が出れば補助金をたよりに安心して休業できるが、開店していても客足もまばらな個人書店にとっては、身の安全や収益面で不安点も多い。補償なくして営業し続けるのは生き延びるための努力なのか、あるいは必需品を扱う店故の責任なのか。生きるために感染の危険に身を晒すのは明らかな矛盾だ。
要請における不思議な線引きには書物というメディアの役割と、書店という空間の公的・私的な性質が入り交じった複雑な問いかけがあり、ここから考えさせられることは少なくない。その是非ではなく、この事態をきっかけにポストコロナの書店のあり方を問うことは出来ないか。そんな問題意識を持ちつつ、東北二県を牽引する書物空間に立つひとたちにZoomによる取材を敢行した。
最初に、仙台にて古書店「book cafe 火星の庭」を営む前野久美子さんに、次に八戸にて「八戸ブックセンター」の運営に携わる森佳正さん・花子さん夫妻にお話を伺った。前者は個人経営の古書店でありながら、コロナ渦において市民運動を先導した地域コミュニティを支える店の1つ(特集0号、44号、45号参照)。後者は市が運営する新刊書店(特集68号参照)であり、近隣の新刊書店との共存を目指すハブ的な空間という、それぞれ立場の異なる2店である。私的な古書店と公的な新刊書店という大雑把な認識は果たして彼らにも当てはまるのだろうか。