アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#37
2016.01

生きやすい世界をつくるためのアート

後編 「しくみ」づくりと「ネオ民藝」運動
7)差異より共通性を ゆっくり歩む

松井さんには、幼い頃に思い描いた理想の住処がある。広い田んぼがあって、菜の花が咲き小川が流れ、小高い丘が連なっている。その丘の中腹に建つ、煙の立ち上る家だ。まわりには誰もいなくて、鳥が鳴いてるようなのどかな場所。
それはまた、松井さんが考えるネオ民藝の村のすがたにも近い。

——片田舎の川沿いに20世帯ぐらいが住んでいて。プロのつくり手も素人も、外国人も一緒になってやってるチロリン村やひょうたん島みたいなところ。水力と山の資源を使いながら生きるんです。

松井さんは子どもの頃のビジョンや若い時分の憧れをずっと持ちつづけているのだった。住処に関してもそうだし、民藝にしても、高校のときに好きだった棟方志功に始まって、長いあいだ関心を持ちつづけてきた。
それらが現実になろうとしていることに、何ら不思議はない。松井さんは広汎な興味をその時々で文脈づけ、かたちづくってきた。今はたぶん、それらがぎゅっと集まり、一本の太い幹をつくりはじめた時期なのだろう。

——僕たちが向き合ってる土という材料は、1億年ぐらい地球のなかで寝かされたものです。そんなふうに地球単位でものを考えていったら、今までにないアートがつくれたり、見落としたりしていたアートにも気づくはず。そういう荒唐無稽なことを考えていくひとたちがいれば、小さな差異はどうでもよくなって、どこに住んでいてもいいことになっていくはずですよね。

差異にこだわるよりも共通性を。
ものづくりを主体とした日本の生活文化は今、大きな転換期を迎えている。そこで必要とされているのは、ジャンルやカテゴリーを越えて、目指す先が共通するひとたちとともに、消費システムから外れたところで、ゆっくり歩んでいくことなのではないだろうか。
松井さんがネオ民藝運動をどこで始めるのかは、まだわからない。こども芸術の村プロジェクトがかたちになるのかもしれないし、出会った誰かと、どこかに赴くのかもしれない。でも肝心なのは、それを持続することと、各地につないでいくことだろう。
松井さんは昨年還暦を迎えたが、「これからの10年はもっと面白くなるよ」ときっぱり言う。ネオ民藝運動は松井さんのまだ見ぬ大切な通過点だ。歩みつづけるその先は、きっと美しく、素敵なところに違いない。

* NHK人形劇『チロリン村とくるみの木』のこと。1956〜1964年の放映。

川辺の散歩で見つけた穴。隆起石灰岩層を走る川底の小石が永い年月をかけて穿った穴だそう 撮影:小山真有

川辺の散歩で見つけた穴。隆起石灰岩層を走る川底の小石が永い年月をかけて穿った穴だそう(撮影:小山真有)

一汁一菜の器プロジェクト
http://www.kyoto-art.ac.jp/t/utsuwa/

構成・文:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。