3)「できること」を持ち寄るかたちで、ゆるやかに
自宅と事務所を開放して開催する、いつもの感じとは異なっていたものの、会場には、環の市らしいと思わせる独特の空気があった。なごやかで美味しく、美しい。買い物はもちろんのこと、何かを買うに至るまでのプロセスも楽しめる場となっていた。
適当な場所があり、品物、そして売り手と買い手がいれば、市は成り立つ。だから、市を始めようとするならば、最初のハードルは決して高くはないが、自主的にひとりで開催をつづけ、個性ある市に育てるのは並大抵のことではない。
石川さんをここまで動かしてきたものは何だろう。これまで彼女は、アートイベントの主催に伴う飲食ブースの企画出店と運営など、市に近いことは経験してきている。とはいえ、本業は写真家で、それらにはあくまで自分の関心事として携わってきた。まずは、そのきっかけを聞いてみた。
———2013年に、選佛寺のご住職に写真家として何か企画してほしいとお声がけいただいて、「うむ。」というイベントを始めました。でも、3.11の後で、作品を制作することの意義が自分のなかでわからなくなっていたんです。もっと他にやらなあかんことがあるんじゃないかな、という感じで。
わたしがやりたいことはなんだろうと考えたときに、マルシェだな、と。前から、高知の(オーガニックの)市が好きで、こんなことができたらいいなと思っていたこともありました。そのころはまだ、オーガニックや無農薬の野菜が買えるところもそんなになかったし、身近なところにマルシェがあったらいいな、と思って始めたのが最初でした。
少し唐突にも思えるが、いったい自分が何をやりたいのか、突きつめた先にあったのが市だったところが興味深い。仕事よりも、もっと大きな枠組みで、まわりの人々を含む「自分たち」の生活を豊かにすることに目が向いたということかもしれない。
それには、石川さん自身のライスタイルの変化も大きくかかわっている。妊娠と出産だ。第1子を妊娠したころ、同じく妊娠中の女性たちと再会したり、知り合ったりした。そこでは、年齢差などの違いはあっても、子どもが同い年というだけで近しくなれる。
———妊娠したことによって、仕事の付き合いではなく、いいな、面白いなって思うひととつながれる機会が生まれて、そのひとたちにマルシェに出てもらったっていう流れがあったんです。
雑貨を扱ってきた、コーヒーを淹れたりお菓子をつくれる、マッサージができる。
妊婦になって生まれたネットワークには、石川さんが素敵だと思う女性たちが何人もいた。そのなかで、すでに市に出店していたり、産休明けで仕事を再開しようとしている方々に声をかけ、それぞれの「できること」を持ち寄るかたちで、環の市はゆるやかに始まったのだった。
———自然な流れでしたね。「やるぞ!」っていうより、「一緒にやりませんか」みたいな感じでした。1回目は今に比べると静かで、みなさんが出店して、それぞれの友だちやお客さんが来るぐらいでしたが、みなさんもとても楽しんでくれて、わたしも楽しくて、素敵なコミュニティの仲間に加えてもらったという気持ちでした。主催はわたしですが、むしろ経験者だった出店者の方々などに、こんな感じのマルシェがいいなと教えてもらったようなところがあります。
妊娠するとそれまでみたいに仕事ができなくなって、孤立するという感じもあったから、新しい人間関係に心が躍るようで、とても幸せな気持ちになりました。だからお客さんも、バリバリ働いてなんでも買えるっていうひとよりは、子育てで忙しくて自分の好きなものとかあんまり買えないし、お買い物にも行けないけど、子どもが一緒にいても心ときめくようなお買い物ができる場所だったらいいなっていうのが最初のころは強かったです。出店者もみんな子どもを連れてきているから、子ども率が高かった。
子どもを持った女性たちが、互いのできることを交換し、分かち合う場。そこではまず、自分たちが楽しむこと。
それは今なお、石川さんと環の市にとって最も大切なことであり続けている。