2)環の市 なごやかに美味しく、美しく
「環の市」を主催するのは、写真家・石川奈都子さん。まったくの個人で始めた市だ。場所は西陣の路地奥、2軒続きの長屋。石川さんと夫、息子2人の暮らす自宅と事務所を開放して、会場としている。(石川さんの西陣での生活は、本誌8号を参照)
2015年に始めて、今年で6年目となる。「身近なところにマルシェがあったら」との思いから、最初は「ママ友」たちに出店してもらってのスタートだった。
開催は現在、年4回。3月、6月、9月、12月の8日と日にちを決めている。
取材した6月8日は、いつもの自宅と事務所ではなく、すぐ近くの町家で営業する八百屋「ベジサラ舎」を会場とした。コロナ禍での開催を考えたことと、親しく行き来し、環の市に出店もしているこの店が、奥の間を改修し食堂も始めるというタイミングとも重なった。
真夏のような暑い日、落ち着いた構えの町家の軒に、緑の旗が吊るしてある。足を踏み入れると、広々とした空間はほどよい活気に満ちていた。
出店者は8組。それぞれがゆったりとコーナーをつくり、品物をディスプレイしている。奥には中庭があり、その緑が映えて全体が一枚の絵のようでもある。
この日は食にかんする出店のみ。通常は雑貨や衣服などもあるが、この状況下で開催するにあたって必要なものを、と考えて、このラインナップにしたという。
扱われる品物はどれも食べたくなる、あるいは試したくなるものばかり。天然ものの鮮魚を扱う「ototojet」では目の前で魚がさばかれ、木箱に端正におさめられていく。古い家具の引き出しを什器にしているのは“すこやかなおやつ”を掲げた「under tree」。素朴な質感の米粉ショートケーキやロールケーキが並んでいる。発酵食品を扱う「発酵食堂カモシカ」のぬか床は、冊子とセットで目に楽しい。いずれのコーナーも視覚的にもそそられる。
平日の11時。スタートと同時に、お客さんが次々とやってくる。市というと賑わうイメージだが、ゆったりとした出店者の配置もあって、空間に余裕がある。お客さんもどこかのんびりしている。「週末に当たったりすると、すごいひとだったりもするんですけど」と石川さんは言うが、平日でこれだけ集まることもすごいと思う。麦わら帽子にかごを提げた女子をはじめ、20代から40代くらいの女性が目立つ。
さらに、ひとりひとりの滞留時間はけっこう長い。店主もそれぞれ自然な感じで、ていねいにお客さんに受け答えしている。「安心できる食材」という視点から、天然の鮭だけを扱う「Wild salmon Sasaki」や、全国各地の茶農家をまわって、お茶を買いつけている「にほんちゃギャラリーおかむら」などでは、話を伺いながら、いつもなら試食や試飲もできる。会場を提供したベジサラ舎も、新鮮な野菜やかんたんな野菜料理をすすめるのが常だ。
聞きたいことを聞いて、五感でたしかめてから、買う。
ここではそんな買いかたをするひとがとても多い。店主とお客、あるいはお客同士でおしゃべりに花を咲かせている。数が限られた人気の品もあるなかで、商品を目がけてという感じはあまりなく、穏やかな空気が流れている。
この日、イートインできたのは南インド料理のミールス(定食)とかき氷。カウンターで、あるいは畳のスペースで坪庭を眺めながら、くつろいでいただける。ミールスを出している「桃草舎」のモモさんは、環の市にかなり初期から参加している。店は持たず、料理教室を主宰し、市内の南インド料理店で週1回修業しているという彼女は「南インドの家庭料理の、定番ではないもの」の多様さを知ってほしくて、実験的だったり、マニアックなものも出すという。店を持たないひとの料理に出会えるのも、この市の面白さだろう。
奥にある畳の間では、「からだの日」として、薬草茶やアロマ「maka」、焼き菓子「花辺 / yugue 花辺喫茶部」、チベット医学に基づくヒーリング「Sua Tibetan medicine & Beauty」の女性3人が商品を並べ、穏やかに座っている(この日の参加は2人のみ)。
美味しいこととすこやかさはつながっている。そんなふうに、この市は日日の生活を全体でとらえているようにも思える。その視点がよくわかる一角でもある。
午後2時をすぎると、売り切れるものも多数出てきて、だいぶ品薄になってくる。客足も落ち着き、お客さんとだけでなく、売り手どうしの会話もはずむ。近所のおじいちゃん、おばあちゃんも立ち寄って、数人でのんびりとおしゃべりに興じている。横のつながりが生まれ、開かれたサロンのような趣がある。
なごやかで、ほどよいにぎわい。知り合いの家や店に来たかのように、ゆったりくつろげる場。環の市はおおらかで温かい。