アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#31
2016.07

「一点もの的手づくり」の今

後編 RYOTA MURAKAMI オカンとファッション
6)オカンの話2 「ひとそれぞれの表現」を知る

息子にも言っていたように、千明さんは「好きなことしかやらない」タイプで、絵を描くことが楽しいから、描き続けている。もちろん息子のためもあるが、基本は自分が楽しいからだ。そうして描くことを続けるうちに、大事なことに気がついた。

——すっごい下手な絵で、なんや恥ずかしいねんけど、色使いとか全部「これはわたしや」と思ってしまうんですね。
わたし底抜けに明るいんです。色づかい、すっごい奇抜です。あれがわたしなんですよ。暗いところがないんです。一度、「寂しいとか、暗い感じの絵を書いて」と言われて、寂しげな犬を描いてみようとしました。犬がとぼとぼ歩いているところを描くのがなかなか難しいなと思ったんですけど、色を塗って仕上がったら、バックの色がめちゃくちゃ明るかったんですよ。「いや、ごめん、描き終わったら明るくなってしまった」って。そのとき気づいたんです。描くものにそのひとの性格が出るんやなって。それで、他のひとも感性で描いてるんやってわかったというか。

「絵を描く」ことを通して、千明さんは自分を知り、他のひとの表現や感性について考えるという回路が開けたのだった。

——音楽も歌も絵も、こういうデザインの仕事も全部芸術やと思うんですけど、わたし、ほんとにファッションというか芸術に興味がなかったんですよ。それが、こういうところにちょっとだけ足を踏み入れさせてもらって初めて、芸術ってひとそれぞれなんやって気づいたんです。みんなそれぞれの主張があるんやなって思って。音楽とか絵だけじゃなくて、誰かひとが携わったものなら、そのひとの気持ちや感性が入ってるもんやと思えてきて、初めてあの子の気持ちがわかったような気がするんです。
あの子は、高校のころから変な格好をし始めたんですよ。どうやってその服着てるの? みたいな。当時は「こんな格好で外、出んといて」と言ってましたけど、今になって、あれは主張があったんやと思える。わたしたちとは全く違う、あの子の感性やったんやと今になってようやくわかった。
絵を描いてなかったら、(原宿にいるコスプレの子たちを見ても)別世界のひとだと思ってたでしょうね。今ではああいうひとたちにも興味を持つことができるし、あんな格好して、ということが自分のなかからなくなった気がする。どれも表現なんやな、と。
絵を描くことで自分に気がついたし、あの子のことや他のひとや、世の中のことにも気がついた。その点はすごくよかったと思います。すべてあの子に感謝ですよね。
これまで絵を観に行くなんてしたことなかったけど、この歳になって、観に行ってみようという気になってますね。「世のなか全部感性や」って思うようになって、ゆとりができたのかな。自分が豊かになった気がします。

表現することに関わるようになってから、それまでは理解できなかった服やメイクなどを見ても、それぞれの感性による、それぞれの表現なのだと思えるようになった。絵を描くことで初めて実感できた、千明さんの大きな変化だ。「自分が豊かになった」とは、なんと素晴らしいことだろう。
このところ、千明さんは絵を描くことに欲が出てきた。

——思うとおりに描きたいんですけど、描けないんです。頭のなかでは上手なひとが描いているんですよ。「これと同じのを描こう」と思うんやけど、自分では描けない。
ひとに見られるんやから、上手になりたいと思うでしょう。でもたまに、(亮太さんに)「上手になってきたらあかんで」「ちょっとこのごろ上手やで」って、そんな上手でもないのに言われてもって。習いに行こうかと思うぐらいですよ。あのぐらいの絵でいいなら楽なんですけど、やっぱり上手くなりたいです。

千明さんがこう思うのは自然な流れだが、千明さんの良さは、何も知らないからこその、何にも縛られない自由な表現だ。千明さんなりの上達はもちろんあるし、必要だとも思うが、この自由さを損なわないことがRYOTA MURAKAMIにとっては大切なところだろう。

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ユーモラスで奇抜な発想。たとえ模写でも個性があふれ出る。下のTシャツはパンクバンド、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンの模写

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