5)ほどよい距離感のコミュニティ 真鶴出版のまち歩き2
まち歩きでは、地元の店を訪ねながら、真鶴の暮らしも垣間見せてくれる。
たとえば、日々の買い物。もともと真鶴では、肉屋・魚屋・八百屋の3軒がまちじゅうにあり、近くの住民が買いにくる。そうして食事をつくり、生活を営んでいた。
港と真鶴駅をつなぐように続く「おおみち商店街」は、その3生鮮食品店が今も残る唯一の商店街だ。「やっぱり、ものがいいんですよね」と來住さんは話す。
昔ながらの佇まいが味のある魚屋「魚かず」に立ち寄った。來住さんは「ちょっと買い物していいですか?」とわたしたちに尋ねてから、並んだ魚を見渡すと、ほうぼうに目をとめた。
「この魚は焼いて食べるんですか?」「そう、塩焼きにしたりね」
こんなふうに、いつも食べかたを教わっているそうだ。
駅からすぐ近くにある「福寿司」は、よく顔を出す飲食店のなかでも、ふたりにとって特別な店だ。川口さんと來住さんは真鶴に来てから結婚したが、その際、親戚を集めた食事会をこちらにお願いした。そのとき、大将がハート型のゼリーをつくって、ふたりを祝ってくれたのだという。
寿司をはじめとした魚料理はどれもおいしい。真鶴はもちろん、伊豆など周辺の港まで大将が足を運び、目利きするため、鮮度は抜群だ。
港を過ぎると、かつてまちの中心だったという「西仲商店街」に着く。「真鶴銀座」と呼ばれ、ひととひとが肩をぶつけて歩くほど賑わっていたというが、30軒ほどあった店が、現在は4軒しか開いていない。
———わたしたちが移住してからの5年間でも、20店舗ぐらい閉まっているんです。やっていけなくなったというより、次にやるひとがいないとか、もういいかなっていうひとがけっこう多いんですね。もともとこのあたりは旅館や民宿が多くて、それも地場産業のひとつでした。(來住)
移住者が増えている一方で、静かに閉じる歴史もある。
そのなかで1軒、変わらず営業している「齊藤精肉店」に立ち寄った。店を切り盛りする齊藤さんを、來住さんは「西仲商店街の太陽」と呼んでいる。いつ訪れても、変わらぬ笑顔で迎えてくれるのだ。
齊藤さんの店は肉のほかに、野菜や果物も置いている。肉・魚・野菜の3店セットがほとんどなくなってしまった今、高齢者を始め、住民にとって助かる店でもある。
この日は、小ぶりな柑橘が売られていた。「湘南ゴールド、っていうんですよ。酸っぱくなくておいしいですよ」と來住さんが教えてくれる。こんなふうに、どの店に行っても、來住さんはそこで一番おいしいものや、品揃えの個性などを把握している。それはガイドブックに載っているような、一般的な情報ではない。川口さんと來住さんが、真鶴を愛おしむまなざしから見つけたり、引き出したりしたものである。
それができるのはこのふたりだからということと、やはり、まちが「小さい」からだと思う。そして「小さい経済圏」のなかにいると、他人のこともひとごとではなく、自分ごとになる。
齊藤さんの店で、來住さんは「何か買って帰りたい」と小さくつぶやき、ブロッコリーと菜の花を買っていた。そうした気遣いも、「気持ちのいい経済圏」を成り立たせる、ささやかながら大切なことだと思った。