8)奥能登をつなぐ、ゆるやかで確かな連環
土地のひととの関わりのなかで、そのものの価値を見出し、紀一郎さんは建築家として、ゆきさんはデザイナーとして、それぞれに立場を活かし、多くのひとに届くように橋渡しをしている。それは、土地に根づく価値あるものを探し、知恵や経験としてみんなで分かち合う、まるやま組の活動とも重なる。
——田舎を出て、都会へ行って、より良い大学を出ることが良しとされてきた時代、わたしたちの親は東京へ出てきました。けれど、それによって、親世代、わたしたちの世代、そして子どもたちの世代=三世代に渡って、し忘れてきたことがあるんじゃないかと思うんです。わたしが能登で出会ってすごいなと感じているもの、受け継ぎたいと思うものは、同じ時代を生きてきたひとたちも共感してくれるような気がして。ここにある普遍的な価値を、多くのひとに届くようにかたちを整えて、伝えていけたらと思いますね。まるやま組も、そのための活動の一環です。(ゆきさん)
2015年秋、紀一郎さんは、ペンシルベニア大学で共に学んだ、劇場設計・調査で知られるアンドリュー・トッドと共に、京都のヴィラ九条山のアーティスト・イン・レジデンスに参加する。ヴィラ九条山は明治以来、日仏文化交流を支えてきたアンスティチュ・フランセ日本が運営する、アジア唯一のアーティスト・イン・レジデンス施設だ。また、そのレジデンスと前後して、フランスの宮殿を会場にした外務省の催しで、設えを紀一郎さんがプロデュースする予定だ。その際、大野製炭工場の菊炭を珪藻土の火鉢に点し空間をつくる。炭火を愛でることから持続可能なバイオマスや日本古来の自然観に基づいたデザインの提案ができればと考えている。フランスサイドもこの企画を楽しみにしているという。
プロジェクトに向けて、大野製炭所の炭焼き窯の前で火を囲み、大野さんと、紀一郎さん、ゆきさんが、話し合う場に居合わせた。ゆきさんはまるでここで働いているかの如く、炭ができるまでをわたしたちに説明してくれる。この場で多くの時間を過ごし、大野さんの仕事を十分に理解したうえで、さまざまな提案していることがわかる。一方、大野さんは未来を見据えながらも、冷静に的確に対応する。ほどよい緊張感のある場だ。
——海外から安価な炭が入り、全国的に炭焼きの仕事をつづけるのは困難な状況です。だけど、炭がなければ茶道=日本の文化も成り立たない。この仕事には価値がある、そう思って跡を継ぎました。だからこそ、きちんとブランドとしてデザインし直したかったんです。そのためには、新たな価値を見つける必要があるという、萩野さんの意見に、なるほどと思いましたね。フランスでの評価も楽しみですし、ギフトショーの反応から商品としての可能性も感じています。ただ、商品化となれば、クリアすべきことが多々ある。欲張って手を広げず、そこは販売に長けた会社にまかせるつもりでいます。あくまで価値を広めるためのツールとして、僕自身は、炭のある暮らしを提案することに終始したいと思っています。(大野さん)
炭焼き職人として、どう生き抜いていくか。大野さんは現実と向き合い、進むべき道を考え、萩野さんに伝える。萩野さんは思いを受け止め、実現に向けて、ともに歩んでいく。一方的に都会から見た価値を押し付けるのではない。議論を重ね、何度も試し、クリエイティビティを高め、外の世界へ発信していく。そのスタンスは、どの現場でも同じだ。
炭の火を愛でる。新たにつくり出した価値が、世界ではどんなふうに受け止められるのか。大きな可能性を秘めて、チャレンジはつづいていく。奥能登から発信したいものはまだまだあるのだ。萩野さん夫婦の仕事やまるやま組の活動が発信する場を生み出し、また、奥能登というバックグラウンドがあることがふたりの活躍の場を広げることにもなっている。奥能登での出会いが、つながり、まじわり、広く世界に向けて、ポジティブに循環し始めている。