3)活版印刷と立ち飲みを兼ねる
「リズムアンドベタープレス」宍戸祐樹さん1
続いて訪れたのは「リズムアンドベタープレス」。ここは「活版印刷と立ち飲みの店」だ。
レコードコンビニからは徒歩15分ほど、喫茶ランドリーからは目と鼻の先の、交差点の一角にある。大きな窓から見える活版印刷機が目印。印刷機は窓の外からでも迫力があって、思わず引き寄せられる。
店主は宍戸祐樹さん。印刷所に10年ほど勤めたのち独立して、2018年にこの店を始めた。
———印刷の敷居を低くしたいなっていう願いがあったんです。だから(店は)1階で、活版印刷の機械を置いて、インパクトを与えるっていうのが最初のコンセプトだったんです。興味を持ってもらえたらいいなって感じですかね。
改装に際しての唯一のリクエストは「窓を大きくしてください」ということだった。ちなみにここは、元は車庫として使われていた。店にするには勇気が必要だったかもしれない。しかも、宍戸さんは森下に何のゆかりもなく、土地勘があったわけではない。住まいは吉祥寺で、ここから1時間はかかる。森下のまちで開業したのはどうしてだろう。
———安くて、広くて、1階でっていう条件で不動産屋さんで探していたんです。うちの店は1階じゃないと絶対に無理なので。住んでいる吉祥寺とか、よく行く下北沢のほうは家賃が高いし、あそこでできたとしても、家賃が払えなくて続けられないだろうなと思って。
ここを最初見たときは、壁もなくて、シャッターだけで。自分は尻込みしていたんですけど、内装屋さんに知り合いがいて「ここいいじゃん。ここにしましょう!」って。
活版印刷は若い世代やクリエイターには注目されているものの、印刷所の廃業に加え、活字や機械の廃棄もかなり進んでしまっている。宍戸さんはそれでも、自分なりに活版印刷で印刷の面白さを伝えようとしている。
———活版印刷を始めたのは、印刷物を身近に感じてほしいっていう気持ちがあったんです。活版印刷ってそんな難しいもんじゃないよって。うちは活字も使っていないデザイン系で、名刺が多いですね。それだけでは食っていけないかなって思って、立ち飲みもやることにしました。印刷会社で働いているときから立ち飲み屋が好きだったので。
既存の手法にとらわれず、自分のやりたいことを続けるためのヒントが見えて興味深い。
店内はきれいに整えられているが、ほどよく雑然としている。オリジナルのTシャツやグッズがかかっていたり、レコードとプレイヤーが置いてあったりと、遊び心も感じられる。店の大部分を占める印刷機は、宍戸さんの自慢の相棒という感じだ。印刷工場というよりも、学校の部室とか友達の部屋に遊びに来たような印象で、印刷といえばイメージされやすい「3K」の要素がここにはない。
———雑誌で見た、ポートランドの印刷屋さんの発信しようとしている感じにシンパシーを感じたというか。日本の印刷会社の職人気質っていうか、何か運んでいっても(無愛想に)「そこに置いとけ!」みたいなのって、あんまりよくないなって思っているんです。敷居を低くして、若いひとたちに伝えていかないといけない。
その敷居を大いに下げているのが、立ち飲みだ。印刷の仕事は16時ごろまで。そこから仕込みを始める。5時に店先に赤提灯をさげると、印刷屋は立ち飲み屋に様変わりする。
———赤提灯、最近つけ始めたんですよ。印刷会社で働いているときから立ち飲み屋が好きだったので、気取らない大衆酒場的な、負担にならない程度の仕込みの料理を出しています。
印刷会社に勤める以前に飲食の仕事をしていたというだけあって、定番的なメニューもひと工夫されている。いずれもお酒に合っておいしく、評判だ。
お客さんは主に近所のひとたち。世代的には20代の若い会社員や、仕事帰りのデザイナー、それに音楽好きなひとなど。Instagramを見てやってきて、そのまま常連になる場合もあるという。
楽しそうではあるが、ひとりで活版印刷の仕事をして、夜は料理をつくってお酒を出す日常はかなりハードではないだろうか。
———時間的には大変です。21時半ラストオーダーの22時閉店なんですけど、最近は終電で帰ってばっかりですね。けど、吉祥寺のまちの感じも好きなので、こちらに引っ越そうとは思ってないです。
近所のひとたちをお客としながら、離れたところに住まう。その距離感は喫茶ランドリーやレコードコンビニとはまた違っていて、森下と浜町エリアの広がりに厚みをもたらしているようにも思う。