アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#83
2020.04

自分でつくる公共 グランドレベル=1階の試み

3 点から面へ、回遊できるまちのつくられかた 東京・森下、浜町
3)活版印刷と立ち飲みを兼ねる
「リズムアンドベタープレス」宍戸祐樹さん1

続いて訪れたのは「リズムアンドベタープレス。ここは「活版印刷と立ち飲みの店」だ。
レコードコンビニからは徒歩15分ほど、喫茶ランドリーからは目と鼻の先の、交差点の一角にある。大きな窓から見える活版印刷機が目印。印刷機は窓の外からでも迫力があって、思わず引き寄せられる。
店主は宍戸祐樹さん。印刷所に10年ほど勤めたのち独立して、2018年にこの店を始めた。

ya_record_0296

宍戸祐樹さん

———印刷の敷居を低くしたいなっていう願いがあったんです。だから(店は)1階で、活版印刷の機械を置いて、インパクトを与えるっていうのが最初のコンセプトだったんです。興味を持ってもらえたらいいなって感じですかね。

改装に際しての唯一のリクエストは「窓を大きくしてください」ということだった。ちなみにここは、元は車庫として使われていた。店にするには勇気が必要だったかもしれない。しかも、宍戸さんは森下に何のゆかりもなく、土地勘があったわけではない。住まいは吉祥寺で、ここから1時間はかかる。森下のまちで開業したのはどうしてだろう。

———安くて、広くて、1階でっていう条件で不動産屋さんで探していたんです。うちの店は1階じゃないと絶対に無理なので。住んでいる吉祥寺とか、よく行く下北沢のほうは家賃が高いし、あそこでできたとしても、家賃が払えなくて続けられないだろうなと思って。
ここを最初見たときは、壁もなくて、シャッターだけで。自分は尻込みしていたんですけど、内装屋さんに知り合いがいて「ここいいじゃん。ここにしましょう!」って。

活版印刷は若い世代やクリエイターには注目されているものの、印刷所の廃業に加え、活字や機械の廃棄もかなり進んでしまっている。宍戸さんはそれでも、自分なりに活版印刷で印刷の面白さを伝えようとしている。

———活版印刷を始めたのは、印刷物を身近に感じてほしいっていう気持ちがあったんです。活版印刷ってそんな難しいもんじゃないよって。うちは活字も使っていないデザイン系で、名刺が多いですね。それだけでは食っていけないかなって思って、立ち飲みもやることにしました。印刷会社で働いているときから立ち飲み屋が好きだったので。

既存の手法にとらわれず、自分のやりたいことを続けるためのヒントが見えて興味深い。
店内はきれいに整えられているが、ほどよく雑然としている。オリジナルのTシャツやグッズがかかっていたり、レコードとプレイヤーが置いてあったりと、遊び心も感じられる。店の大部分を占める印刷機は、宍戸さんの自慢の相棒という感じだ。印刷工場というよりも、学校の部室とか友達の部屋に遊びに来たような印象で、印刷といえばイメージされやすい「3K」の要素がここにはない。

———雑誌で見た、ポートランドの印刷屋さんの発信しようとしている感じにシンパシーを感じたというか。日本の印刷会社の職人気質っていうか、何か運んでいっても(無愛想に)「そこに置いとけ!」みたいなのって、あんまりよくないなって思っているんです。敷居を低くして、若いひとたちに伝えていかないといけない。

ya_record_0271

ya_record_0388

ya_record_0381

窓の外から覗き込んでいくひとも多い。活版印刷機は使うが、活字は用いない。オーダーは名刺が中心。かつては失敗とされていた凹みやかすれをわざと出したりも

その敷居を大いに下げているのが、立ち飲みだ。印刷の仕事は16時ごろまで。そこから仕込みを始める。5時に店先に赤提灯をさげると、印刷屋は立ち飲み屋に様変わりする。

———赤提灯、最近つけ始めたんですよ。印刷会社で働いているときから立ち飲み屋が好きだったので、気取らない大衆酒場的な、負担にならない程度の仕込みの料理を出しています。

印刷会社に勤める以前に飲食の仕事をしていたというだけあって、定番的なメニューもひと工夫されている。いずれもお酒に合っておいしく、評判だ。

 お客さんは主に近所のひとたち。世代的には20代の若い会社員や、仕事帰りのデザイナー、それに音楽好きなひとなど。Instagramを見てやってきて、そのまま常連になる場合もあるという。
楽しそうではあるが、ひとりで活版印刷の仕事をして、夜は料理をつくってお酒を出す日常はかなりハードではないだろうか。

———時間的には大変です。21時半ラストオーダーの22時閉店なんですけど、最近は終電で帰ってばっかりですね。けど、吉祥寺のまちの感じも好きなので、こちらに引っ越そうとは思ってないです。

近所のひとたちをお客としながら、離れたところに住まう。その距離感は喫茶ランドリーやレコードコンビニとはまた違っていて、森下と浜町エリアの広がりに厚みをもたらしているようにも思う。

ya_record_0350

ya_record_0435

ya_record_0392

ya_record_0445

ya_record_0481

17時、赤提灯を下げ、看板を出して立ち飲み屋に / 5種類が揃うこだまサワーは、見た目も楽しく宍戸さんのおすすめ / ポテトサラダやハムエッグなどの定番に一手間加えた料理は酒のアテにも、ごはんにも。宍戸さんの出身である岩手の名物なども