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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#27
2015.03

とつとつとした点描−美術家・伊達伸明さんの仕事

後編 細馬宏通さん、福永信さんとの対話
5)すでにあるものを新しく見せる 福永信との対話1

ここからは伊達さんと小説家福永信さんとの対話へ。「アートという言葉を使わずに話をしてみませんか」と福永さんが切り出し、伊達さんがふとこんなエピソードを紹介した。「僕はカラオケ苦手なんだけど、かつてカラオケ嫌いの友人たちを誘って、カラオケ嫌いのひとたちだけのカラオケを行ったことがあった」。
話の細部を聞きながら福永さんはこう返す。「カラオケを使うにしても、裸になって驚かせるひとはいるけど、それはみんなが一様に驚くことが前提になっているから面白くない。でも伊達さんのその発想はジワジワくる面白みがありますね」と。こうしたやりとりから対話がスタートした。(伊達伸明&福永信|2015年1月18日収録、場所:前田珈琲明倫店、京都)

福永 美術の記事を新聞に書くときに経験したんですが、記者が書くリード文に「難しいと思われがちな現代アートをやさしく解説する」というような言葉が入るんです。でも僕は、今の読者は「難しい」と全然思っていないと思うんですよ。「難しいというのは50年くらい昔のアートのことではないのかな」と思うんですが、送り手の方が、追いついてないんですね。

伊達 僕が京都市立芸術大学に入ったときはコンセプチュアル・アート全盛だったから、みんな制作は「アンチ」を前提として進めたがった。作品は難解。今の話はその名残なんだと思いますね。自分なりに考えてウクレレをつくり始めたときも、「そんな能天気なおもちゃみたいなものが作品になると思う?」っていう議論はしばらくあった。僕は「もうウクレレでいいやん」っていうきわめて日常的なレベルから入ったので、疑問を持ってくるひとの方が「すでに失効したものを抱えてるな」と思っていましたね。

福永 伊達さんのウクレレって、みんなが知っている使い方のルールをちょっと変えることで生まれていますよね。めずらしいものを外から持ってきたり、他人が知ることのできない作家自身の内面からつくりだすのではない。みんな作家の内面から出てきた作品じゃないと「貧しいものだ」と思ってしまうことが多いと思うんだけど、僕が面白がるのは、たいてい貧しいものを豊かにしていることなんですよね。それは子どもの遊びの世界と通じるからですね。子どもの行動範囲はとても狭いし、お金もないんだけど、どこまでも行けるようなフシギな世界じゃないですか。振り返ると、今よりも豊かに見えるんですよね。伊達さんも子どもの頃の自分に驚くっていうことはありますか?

伊達 小学生まで住んでいた家の「おみおくり展」をしたときに、昔のスケッチブックが出てきたんです。忍者屋敷を描いた図面があって、もっと拙かったと思っていたんだけど、案外理路整然としていたことはありますね。

福永 当時は忍者の目で今よりずっと厳しく見ていたんでしょうね。

伊達 ただ、子どもの頃に窓から夜空が見るのも好きで、それを描いた絵がいっぱいあったはずだったんだけど、それは一枚もなかった。思い返してみると、実際に描いていたっていう記憶はない。描きたいなと思っていただけかもしれない。

福永 やったかどうかわからないまま「やったこと」になっているっていうのはありそうですね。記憶というかたちで「過去のすでに生きていないこと」を考えることのヤバさ。その「おみおくり展」では、自分が住んでいた場所で、当時そのものがない現在ということに向き合わないといけないわけですが、かつて育った家に行くっていうことに後ろめたさや怖さはなかったですか?

伊達 それはなかった。さすがにウクレレをつくるために家にノコギリを入れるときには、自分が自分の記憶を切り刻んでいるような気持ちになったけど。でもその違和感はむしろ面白かった。建物は僕が成長するから相対的に小さくなる。でも一方で草や木は昔より大きくなっている。そのスケール感のギャップが面白く、「面白い面白い」と思ったせいで昔の記憶が薄れているのが逆に後ろめたいですが。

MG_7504

MG_7502
MG_7336
(上)伊達さんが幼少のころに住んでいた家で行った「阪大宿舎 おみおくりプロジェクト」展で、当時描いた忍者屋敷の図を展示。かなりのリアルさ!(中)手裏剣を操る忍者少年だった(下2点)子どものころのスケッチブック。毎日のように絵を描く子どもだった。伊達少年の絵の腕前はかなりのもので、遠近法は5歳で発現した

(上)伊達さんが幼少のころに住んでいた家で行った「阪大宿舎 おみおくりプロジェクト」展で、当時描いた忍者屋敷の図を展示。かなりのリアルさ!(中)手裏剣を操る忍者少年だった(下2点)子どものころのスケッチブック。毎日のように絵を描く子どもだった。伊達少年の絵の腕前はかなりのもので、遠近法は5歳で発現した