3)地域の「小さな事業者」を大切に育てたい
大野雅章さん、山口一幸さん(京都信用金庫)2
E9設立にむけての、あごうと蔭山、アーツシード京都の面々の情熱、そして行動力は私たちも目撃し、本記事の前編でも紹介してきた。それにしても、小劇場というお金とは縁遠い文化施設に金融機関が融資をするとは思いもよらなかった。驚いている私たちを不思議そうにみながら、大野は話を続けた。
大野 私たち地域の信用金庫は、地域を元気にすることが使命なのです。今、京都では小規模な企業や店舗の経営者の高齢化がすすみ、廃業される方が急増しています。事業者が減れば、地域の活力が失われます。どうにか手を打たないといけないと考え、私たちは平成19(2007)年に創業者支援融資制度『ここから、はじまる』を創設しました。
創業者の方は、事業歴が浅く、企業としては形になっていないことも多いです。例えば、開業したいと思っても、個人では元手がない場合が多いでしょう。事務所を借りるためにまず敷金礼金を入れないといけない、備品を購入する費用も必要だ、と考えていくとなかなか創業に踏み切れない。一般的に金融機関の融資は過去の実績を元に計算して審査しますから、経営実績のない方への融資はなかなか厳しい。『ここから、はじまる』をつくった当時は、創業を支援する金融機関はまだ少なかったのですが、私たち信用金庫は小さな事業者を大切に育てることが京都というまちの活力をつくっていくのだと考えました。E9への融資も、そのひとつなのです。私たちとしては、通常の仕事の一環なのです。
お話をうかがいながら、東九条に隣接する崇仁地区にかつてあった柳原銀行を思い出した。1899(明治32)年に創業した同銀行は、他所からの融資を受けにくかった地域の人々に事業資金を貸し出し、地域の発展を助けていた。顔のみえる関係でお金のやりとりを調整し、健全な成長を促す。金融機関がまちにある意味は、そこにあったのだ。
大野 創業支援で大切なのは、ご融資した後なのです。支援した創業者の方とは、長いおつきあいになります。事業計画を立てるお手伝いをしたり、返済計画も一緒につくります。私たちからの直接の融資だけでなく、クラウドファンディングなどさまざまな資金調達手段があるのですが、創業者の方はご存じなかったりする。私たちは、金融のプロとして必要であればそうした手段を紹介したり、どの時期にどういった支援が必要なのかを考えていきます。ご事業が順調にいくように見守りながら、資金調達面から我々にできることを提案させていただくのが金融機関の仕事なのです。
時には、新商品の開発をサポートしたり、異業種の企業を紹介することもある。伝統産業に携わる様々な業種の職人たちをつなぎ、新しい事業を起こすオープン・イノベーションとしてワークショップや大学との連携を仲介することもある。また、毎年「地域の起業家大賞」を開催して、取引先に限らず、地域活性化を担う独創的・革新的な事業者たちを表彰している。聞けば聞くほどおもしろい。金融機関とは単にお金を預ける「箱」ではなく、利子で稼ぐ貸金事業者でもないのだ。
大野 京都信用金庫の社章である「C」は、customer、company、communityに加えて、cultureの意味も含んでいます。地域金融機関として地域の文化を応援するのは当然なのです。何より、あごうさんから「京都の小劇場がなくなってしまうかもしれない」と聞き、文化の中心地である京都から劇場文化をなくしてしまったらいけないと思いました。ですから、すべての面で応援していこうと私たちも大きな力を注いでいます。こういった融資に関しても、取り組むべきことだと感じています。
大野と山口は、E9の杮落としであったあごうさとしの公演「触覚の宮殿」をみて非常に驚いたそう。あごうの作品は、抽象性が高く、物語構成も複雑で“難しい”と思われがちだが、大野らは「難解だが、また観たいという気持ちになった」と語っていた。最近では、E9から社員研修や中小企業の経営者を対象にした演劇をつかったワークショップなども提案された。多くの企業をサポートしてきた信用金庫ならではの演劇、舞台芸術の「価値」を磨く試みが始まろうとしている。