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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#22
2014.10

スローとローカル これからのファッション

前編 つなぎ手、伝え手の立場から
4)若い世代から呼びかけ、日本の素材と技術を残したい
ファッションキュレーター / セコリ荘・宮浦晋哉2

ものづくりの後継者を育てていくことが必要だとのかけ声は高い。もちろん、宮浦さんのように職人的なものづくりに興味のある若い世代はいるが、彼らが実際に現場に入っていこうとしても、そこにはさまざまな壁が立ちはだかっていたりする。わたしの周囲でも、ファッションの勉強をした学生がものづくりに興味を持って工房に入っても、想像していたのとは違うと辞めていったという話はよくあった。

——面白くなるまでに時間がかかりますから。機屋(はたや))だと織機の取り扱いを覚えるだけで数年かかると聞きます。僕は職人になったわけではないですが。本当に根性が要りますよね。工場も全国的に人手が足りないし、給料は高くないけれど来てほしいっていう要望はよく聞きます。
若者が来ないから、外国人にパートを頼むしかない。いろんな工場で中国人研修生とよく会います。あるとき、どうして日本人を雇わないんですかと聞いたら、給料が安いし中国人のほうがコツコツやるって。若者は興味が拡散して、すぐ辞めちゃったり、自分でブランドをつくろうということになる。中国人だと帰るわけにはいかないから、3年間はやってくれる。僕の同年代でも、工場には行ったけれど1年以内で辞めてしまったというひとは実際にいます。
それでも、たとえば、デニムの産地は若いひとが入りやすいんですよ。分業していても、ジーンズ独特の製品加工なので、やっていることが最終形態まで見えるし、仕事がキツくても、ジーンズが好きだからとファンが産地に入ってくる。逆に、アクセスが悪い地域で、一工程だけをやるような工場で籠っている感じだと、相当根性がないと続けるのは厳しいかもしれません。

宮浦さんの話を聞いていると、若者が産地に入っていくのはつくづく難しいと思ってしまう。どう考えても逆風が吹きすさぶなかで、どうして宮浦さんはそこまで産地にこだわるのか。

——やっぱり現地を見て感動したからですね。工房の職人技を肌で感じると、彼らのものづくりに対する情熱は半端ないですよ。わずかであっても、何かできないかなと。僕らの世代は繊維業界において重要な世代です。最後の砦というか、ここが最後だと思っています。
これからの5年が勝負じゃないでしょうか。問題を共通認識して、発注を増やす努力、後継者問題に真剣に取り組んでいかないと、日本は服づくりできない国になると思います。だから僕らの世代から、企業で決定権を握っている世代に、国内の素材を使おうと呼びかけていきたい。みんなで動いていけば、きっと産地はよくなり、技術も残ると思います。
それと同時に、同世代、次世代にも語りかけていきたいです。桐生の有名な職人さんが最近新しく弟子を取ったんです。フリーハンドで刺繍をする方で、人間国宝といっていいようなレベルの技術をお持ちの方です。弟子をとらないことで有名な方でしたが、このままだと技術が失われてしまうということで、ひとりの若者が熱意を持って飛び込んだと聞きます。若い世代が熱意を持って受け継ぐぞという動きが増えてきたら、それから派生してどんどんよくなると思います。

宮浦さんの活動もさらに次へと展開していく。現在、デザイナーや職人とともに、ファッションブランドを立ち上げようと計画しているのだ。トレンド主導のデザインではなく、織りや染めにこだわった定番商品を、少量生産のかたちで立ち上げるつもりだ。その服には、つくられた産地や職人たちの情報も入る。宮浦さん自らそれを担いで日本中を行商するのだという。どこでも展示即売会ができるよう、簡易組み立て什器まで制作している。
これまでファッションはデザイナーの名前が出ることはあっても、素材生産者が表に出ることはほとんどなかった。ブランドによっては素材の由来を明かすことを嫌がるところさえある。繊維・アパレル業界では、素材メーカーを川上、アパレルメーカーを川中、販売を川下と区別するのだが、川上のつくり手はあまり注目されてこなかった。川上の活動がより知られるようになれば、若者たちと地場産業との距離も近くなり、状況が変わるのかもしれない。宮浦さんのような若い世代の肩にこれからの産地の将来はかかっている。

2015年春にリリース予定のブランドのサンプル。各職人が得意とする定番生地をデザイナーがていねいに料理した

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