3)まちの背景にあるストーリーを「地図」にする
アートディレクター 関宙明さん
江戸の情緒がほんのりと漂い、職人達が闊歩する蔵前に、ヨコモジの職業は幾分気恥ずかしくもある。けれどもこのまちは懐深い。タテモジだろうがヨコモジだろうが、必ず居場所を与え、ついにはまちになくてはならない存在にしてしまうのだった。
デザイン事務所「ミスター・ユニバース」代表、アートディレクターの関宙明さん。彼の仕事は、書籍の装丁をはじめとしたエディトリアルデザインから、企業の広告製作など幅広い。同時に、蔵前界隈のものづくりをする人たちの発信を、グラフィックやコンセプトづくりを通じて支えている。「カキモリ」「SyuRo」「m+」のブランドづくりには、関さんが関わっている。
蔵前に事務所を移したのは2007年のこと。
———古い物件をリノベーションしてみようと、店舗として使われていた9.5坪のスペースを借りました。表通りに向かってガラス戸が4枚はめ込まれ、なかは丸見え。元は八百屋さんだったため、水はけを考えてか、コンクリートの床が奥から入り口に向かって傾斜していました。そのため、打ち合わせのテーブルから、椅子、本棚等の什器まで、脚の長さを変える必要があった。そういったことも含めて、面白い場所だなと思いました。
以前から川のあるまちに憧れがあった。加えて、まち全体を包むゆるやかな空気。
———独立して、はじめは、麻布に事務所を持ちました。六本木とか表参道といった都心は、まちに「仕事をしに来ているひと」が多いからか、歩いているひとが緊張していて、まちを歩くとその緊張感がとげとげと肌にあたる感じがあって、次第に「そうしたところでデザインしていていいのかな?」と思うようになっていきました。でも、このあたりはまちで「暮らしているひと」が多いので、いい意味で緊張感がない。
越したばかりのころは、毎日のように通りがかりのひとがのぞいては「何屋さんなの」と尋ねてきた。そのたびに仕事の説明に苦心した。
———「デザイン事務所なんですよ」と答えると、「え、それって何?」って言われる。「本をつくったりしているんです」と説明すると「ああ、本屋さんね」って。ここはものをつくっているまちだから、通りに面してなかがよく見えてものがきれいに並べられていたらお店屋さんでないはずがないって思っているんですよね。僕も本というかたちあるものをつくっているのになと、最初はその反応がよくわからなかった。
それでも顔見知りが増えてくると、関係は変わってくる。近所のひとが差し入れをしてくれることもたびたびあった。
それまでの事務所はビルやマンションのなかだったので、まちに面するだけで、こんなに環境の変化を感じられるなんてと、新鮮でした。外に開かれているから、まちのひとの日常のコミュニケーションの場にもなるんですよね。好むものも好まざるものもありながら、まちとの関係が途絶えることがない。まちに暮らすということは、この関係を否が応にも維持することなのかもしれない。だからこそ面白いことがたくさんあるんだと、気がつきました。
「woodwork」(御徒町の家具工房)さんのアートディレクションを通じて、初めて地元の仕事をした。それを見た「SyuRo」の宇南山さんが声をかけてきた。コンセプトブックやロゴなどをつくりました。けれどもそのとき、まずはお客さんにこの界隈まで足を運んでもらうきっかけをつくることこそが、お店にとって大事ではないかと考えたんです。
だから、地図。とはいっても、お店の場所を示すだけでは意味がない。何かこのまちの特徴を伝えながら、見たひとがまちを散策したくなるような地図にしたかった。当時「ミスター・ユニバース」では、事務所を定期的に開放して活版印刷のワークショップをおこなっていた。活版印刷に興味をもつひとは、活字や文字にも思いを寄せる。ならばこの界隈に残る、古くからある看板なども地図にまとめてはどうか。昔の看板は書体や意匠にも凝っており、見どころが多いからだ。
事務所のスタッフにイラストを描いてもらい、地図を製作した。
———うちのワークショップに来たひとには、大判の活版印刷機で刷った地図をさしあげる。同じものを、ホームページからもプリントアウトできるようにしました。SyuRoさんやwoodworkさんにもデータをお渡しして、プリントしたものを来店したお客さんに配ってもらった。お店ひとつのために普段は行かないまちへ行くのは、結構ハードルが高いけれども、地図にはいくつか良い感じの店が描いてある、道々には面白そうなものがある、となれば、買い物に加えて散策がてら、まちに来るきっかけになると思いました。
このときの地図づくりは、やがて「カキモリ」でのアートディレクションに生かされていく。