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アネモメトリ -風の手帖-

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#74
2019.07

まちを耕すアート

1 「ネクストアート台南」を手がかりに 台湾・台南
2)「ネクストアート台南」とは
「絶対空間」で観る

台南市のまちの中心部に、「蝸牛巷(グワニョウシャン)」というエリアがある。蝸牛はカタツムリ、巷は一番小さな道の単位である。名前のとおりグネグネと入り組んだ台南らしい魅力的な路地だ。
蝸牛巷に入ると、突如として現代的な3階建てのホワイト・キューブがあらわれた。「絶対空間――absolute space for the Arts」、アーティストの黄逸民さんが経営している現代アートのギャラリーで、ちょうど開催中の「ネクストアート台南(臺南新藝獎)」の会場のつにもなっている。
ネクストアート台南は、台南市の主催で2013年から行われている、次代を担う若手アーティスト発掘と育成のための芸術賞だ。個人や団体の公募作品の中から10名のアーティストが選ばれるが、その作品発表の形式に面白い特色がある。
受賞した若手アーティストひとりにつき、キュレーターが招待作家(多くは台湾内の中堅アーティスト)を1名組み合わせ、2人一組となって主旨に賛同するまちのギャラリースペースをシェアし、各々の作品を発表するのだ。基本的には、受賞した若手作家の作品からインスピレーションを受けとり、それを元に招待作家も自分の作品を展示するので、会場ではそれぞれの作品が響き合う仕掛けとなっている。台南市が主催する公募展でありながら、まちなかに点在する民間のギャラリースペースのなかで作品が展開されて広がっていくのは、都市の有機性を生かした取り組みといえる。
今年2019年のテーマは、「[不]可見的維度」。
日本語に訳せば、見える/見えない次元といった意味になるだろうか。具体的には、わたしたちの生活のなかにある3次元空間――現実空間にある都市の事物やひとを通して、生命・時間・文化・哲学といった抽象的で目に見えない次元、つまり超次元的空間をアートによって浮かび上がらせようという意図がある。時間と文化のミルクレープな都市・台南というまちに、このテーマはなんとも相応しい気がした。

絶対空間――absolute space for the Artsで展示されているのは、台湾の公募展の受賞作家・洪譽豪(ホン・ユーハオ)と、招待作家であるマイク・スタッブスというイギリスのアーティストの作品である。
まずギャラリーの入り口に着くと、マイク・スタッブスのインスタレーションがあった。台湾の「顔」のひとつであるスクーター文化をモチーフにしたもので、実際にこの白く狭い空間のなかに何台ものスクーターが持ち込まれてエンジンをふかせ、路上のスクーターラッシュの喧騒を再現した時のようすを収めたビデオが流れている。
日本人ふくめ外国人が台湾に来てまず驚くものに、路上に大量にあふれるスクーターがあるだろう。朝のラッシュ時間はまるで暴走族集団のレースのようだ。台湾人の足代わりともいえるスクーター、とりわけ若者にとっては「家庭」の代替品のような居場所をつくっているスクーターに作家は台湾独特の即席的な若者文化をみる。実際、利便性とはうらはらに路上駐車や排気ガス・事故の多さが問題となっている台湾のスクーター文化は、この外国人作家の指摘によって、共感、あるいは羞恥といった感覚的次元を発生させる。

奥に行くと仕切られた空間があり、暗闇で映像が流れていた。洪譽豪のとCGとARを使った作品である。台北でもっとも早くから繁栄した下町である萬華のまちを3Dスキャナーで読み込み、ARでそのまちのなかに入り込んで、そこに彷徨うホームレス、セックスワーカー、観光客が入り混じった混沌のなかにかつて繁栄したまちの記憶をみつけ、時間軸のゆらぎをつくり出す。今の台湾では、自分たちの土地が連ねてきた歴史的な脈絡を掘りおこす動きが盛んだが、この作品もまた、そうした試みのひとつだろう。

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ギャラリー絶対空間は、台南市の中心部「湯徳章紀念公園」のあるロータリーからほど近い路地のなかに位置し、「展覧、交流、記録」の3つを重要視する非営利的アートスペース / エントランスを入ると「ネクストアート台南」の招待作家、マイク・スタッブスによるインスタレーションがあり、何台ものスクーターがエンジンをふかす音が響き渡っていた / 「ネクストアート台南」のパンフレット