2)「あるものさがし」というフォーマット
——NPOかまわ・宇治 香さん2
宇治さんは、2008年、地元の自営業者や会社員、学生、主婦など、さまざまな本業を持つ仲間たちとともに、持続可能な地域社会を目指す「NPOかまわ」(以下、かまわ)を設立している。現在は、30名ほどいるメンバーの代表だ。
かまわは、「鎌倉の神社でオーガニックやエコロジーをテーマにしたお祭りを開きたい」という思いつきから始まった団体で、鎌倉の「かま」、平和・和み・輪をイメージさせる「わ」から名づけられた。特徴は、仲間を線引きするルールをあまり設けていないことだ。
「鎌倉の風土に合った切り口」「ユーモア」「対話」という考えは共有しつつ、やりたいプロジェクトがあれば、1人でも主宰したり、別団体のメンバーとユニットを組んで行動したりと、アメーバのように伸縮自在な、感覚的かつ有機的な組織であろうと努めている。
また、「行政のひとも市民の一人である」という思いから、市や警察と対話を重ね、「選挙へ行こうパレード」や「かまくら平和寿(ことほぎ)まつり」(鎌倉市が日本で初めて行った平和都市宣言60周年パレード)といった交通規制の必要なプロジェクトを成功させているのも特徴だ。
宇治さん曰く、NPOを名乗ることで対話がしやすくなったり、対外的に安心してもらえるほか、鎌倉に数多くある他の団体ともつながりやすくなる実感があるという。
一方、ひと・自然・社会が共生し、持続可能な方法で豊かに暮らすことを目指す市民活動「トランジション・タウン鎌倉」の代表も兼任しており、その一環として、10年前から「鎌倉あるものさがし」を行っている。
「ガイドブックに載らないところにこそ鎌倉の魅力、そして鎌倉にとって大切なものがある」という理念のもと、宇治さん自身がガイド役を務めるまち歩きを中心としたワークショップで、2019年4月現在で123回目を迎える長寿企画である。「鎌倉佛師と鎌倉彫」「新春鎌倉七福神めぐり」「鎌倉時代の庶民の食事の再現とお菓子作りワークショップ」など、テーマも実に多彩だ。
———あるとき、鎌倉の友人たちに、「鎌倉幕府がどこにあったか知ってる?」と聞いたことがあったんです。そしたら、その場にいたほとんどのひとが知らなかった。2、3メートル掘れば、イタリアのポンペイみたいに中世のまち並みが残っているんですけど、今は石碑だけだから。でも、82ヵ所にあるその石碑を読み解くだけでも相当面白いんですよ。ここはお侍さんが歩いてた道だよ、ここで戦があったんだよ、といった物語を共有して、昔のまちの上に僕らが住まわせてもらってるんだという感覚を持つことができれば、見ている景色が変わってくる。まちづくりは、自分のまちを知ることから始まると思うんです。まちを知れば、愛着がわくから。
あるものさがしは、ないものねだりの反対語だ。
自分の暮らすまちに何が「ある」かを知れば、守るべき大切なものが見えてくる。そんな宇治さんのことばが、強く心に残る。
———店のお客さんからよく「鎌倉っていいですね、海も、山も、お寺もあって」と言われるんです。でも、鎌倉に生まれ育った僕は、自然が壊され、ビルや工場が建てられ、鉄道が走って、という開発の歴史しか知らなくて。開発が全て悪ではないけれど、「ここは住宅地として利用してもいいよね」という場所と、「ここは開発すべきじゃないよね」という場所があるじゃないですか。その線引きは、歴史や風土を知ることで、きっとできるようになる。頼朝先輩が今の鎌倉を見た時に、「うわー、こんなになっちゃったんだ!」って思われないようにしたいんです。頼朝先輩が幕府を開いてくれたおかげで、800年以上経った今もここにまちがあり、僕らが住めているわけだから。
鎌倉幕府を開いた、かの源頼朝を、真顔で「頼朝先輩」と呼ぶ宇治さんに、思わず笑みがこぼれた。
宇治さんにとって頼朝は、歴史上の人物ではなく、現役のまちづくりの先輩なのだ。
この呼び方は宇治さんの仲間にも流行しているようで、「(源)実朝パイセン」「(北条)政子番長」と呼んでいるひともいた。
試しに、自分のまちの基礎をつくった歴史上の人物の名を「先輩」とつけて呼んでみてほしい。
想像以上の実在感と、彼らからまちを預かる後輩であるという実感が迫ってくるはずだ。