アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#15
2014.03

ひらかれた、豊かな<場>をつくるために

後編 淡路島・ノマド村
7)あるものをていねいに拾いあげる

2014年、茂木さん一家が移住して5年目となる長澤が変化を迎えつつあった。ここ数年のあいだに30代前後の子ども連れの移住者が増え、茂木さん一家を含めて移住者が5家族になった。お年寄りばかりだった集落に子どもの声が戻り始めた。
移住者たちは、ノマド村があるからというよりはそれぞれ別々のつてを頼って淡路島にやってきた。長澤に家を借りたり、シェアハウスに住んだりしながらパンづくりに取り組んだり、自然農のイチジク農園を開くことを目指している。なかには福島から移住してきたひともいる。
これまで移住家族はほとんどいなかったため、ひとりで地区の会合に出たり、地元の方々の地域おこしの相談に乗ったりしてきた茂木さんに、思いの通じる仲間が増え始めた。2013年から自然農を志す移住者たちと、自分たちの一家で食べる野菜をつくる「くじら農園」を開いたり、移住してきた若い奥さんたちと一緒に、パンやアクセサリーなど自分たちでつくったものを販売する「はらっ葉マーケット」を企画したりした。

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マーケットにはおいしいもの、素敵なものがたくさん。“絶品”のジャムに、移住組の岡本純一さんのブランド「あわびware」の器(写真提供:岡本純一)

マーケットにはおいしいもの、素敵なものがたくさん。“絶品”のジャムに、移住組の岡本純一さんのブランド「あわびware」の器(写真提供:岡本純一)

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さらに、写真やデザインといった茂木さんたちの専門分野を生かして長澤の良さを伝えようと「長澤はっぱ新聞」の発行も始めた。

———長澤には何もしなくてもいいとこはいっぱいあるし、面白いひとがいっぱいいて、それを紹介するだけでも、外に向けては十分なんじゃないかなと思うんです。新しく施設をつくらなくても、良いものはふんだんにあるし、そういうものをちょっとずつ拾いあげて、紹介していくだけでもいいんじゃないかな。わたしたちは何かを新しくつくるよりもその方が得意だから。

2013年夏に出た1号では、地域のおじさんたちのインタビューや移住家族の暮らし、くじら農園のことなど、長澤での素朴だがあたたかく力強い営みが描かれている。
長澤の歴史は古くは室町時代に遡るという。その土地を守り先祖代々住んできたひとたちも、新たな場所を求めて移り住んできたひとたちも、年月は違えど、今住んでいる長澤という土地を良くしたいという思いは同じだ。
ノマド村については、アーティストの移住による地域おこしといった文脈で語られがちだ。しかし、茂木さんはアーティストだからというよりも、茂木さん自身が一人の母親であり地域に住む人間として、今いる場所を自分たちや地域のひとたちにとって居心地のいい場所にしようとしてきた。また、地域の側にも外部の力を取り入れようという動きがあった。それらがうまく相互に作用しあったことで、地域に深く関わる「はたらくカタチ研究島」のような活動に結びついていったと言った方がいいだろう。ノマド村はアートそのもので何かを変えるというよりも、むしろ、その場その場で必要とされることに自分たちの得意なこと、できることを生かしながら関わることで、化学変化のように周囲に影響を与えていったという方が近い。
茂木さんは作品の制作で、長期にわたって淡路島を離れることもある。その際にはまた、新たなひととのつながりや面白いアイデアを島に運んできてくれるのだろう。そうやって定住と移住の間を漂いながら、ノマド村は地域や島の外から来るひとたちとの媒介となることで、少しずつ淡路島に根を張ろうとしている。

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『travelling tree』(赤々舎、2013年)
12年にわたる茂木さんのヨーロッパ暮らしのなかで撮られた写真たち。記事に出てきたスイスでのサーカスワゴンやゲルでの暮らしの写真も収録されている。

ノマド村
http://www.nomadomura.net

NPO淡路島アートセンター
http://awajishima-art-center.jp

はたらくカタチ研究島
http://hatarakukatachi.jp

ヒラマツグミ
http://hgumi.net

リコミンカ
http://recominca.jp

美観味(sanmi)
http://www.sanmi2010.com

柿豚会
http://kakibuta.com

九州ちくご元気計画
http://kyushu-chikugo.net

太田明日香
フリーランス編集者。淡路島出身。共編著に『福祉施設発! こんなにかわいい雑貨本』(西日本出版社、2013)。おもな編集した本は『焚火かこんで、ごはんかこんで』(どいちなつ著、サウダージブックス、2013)、『戦争社会学ブックガイド 現代世界を読み解く132冊』(野上元・福間良明編、創元社、2012)など。ウェブサイト「オオタ編集室」http://otaskotask.tumblr.com/。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。