6)「フォリーのある風景」から「理想郷」へ
ところで、「無何有郷」展は、ギャラリー内と古民家展示に分かれた藤本の「うつくしいかたち」展をつなぐ「フォリーのある風景」展に支えられている。「フォリー」のもとの意味は、英国式やフランス式庭園などにおかれていた装飾用の小さな建物のこと。庭園を飾るためのオブジェ的な存在で、本来的には日よけや雨除け、居住といった機能はもたないものらしい。この企画では、三組の建築家がそれぞれ得意とする素材を使って、民家をめぐる来館者ために期間限定の道しるべをつくった。四国村周辺の材料にこだわって竹を選んだ遠藤秀平、緩衝材「プチプチ」を使った手塚貴晴と由比のユニット、そして巨大な赤いコーンを醤油蔵の前に置いた中村勇大。設置当初は、すでに土地に馴染んだ民家たちのはざまで、化学的な素材もあって違和感を放っていたが、夏の強い日差しや雨風を受けて、それでも徐々に溶け込んでいる印象を受けたのは不思議だった。
全体の展覧会名「無何有郷」とは、中国古代の思想家の荘子に由来する言葉で、理想郷やユートピアを意味するらしい。古今東西、理想郷は見果てぬ夢と思われがちだが、本展の企画者は「どこにもないけれど、でもどこかに見いだせるのではないかという希望」を込めているという。「日本の昔の民家のあり方や風景を取り込む生活、最小限の道具の使用という生活様式から、理想郷は何気ないわたしたちの身近なところにあるのではないか」という問いかけだ。