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アネモメトリ -風の手帖-

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#44
2016.10

本、言葉、アーカイヴ

前編 これからを「本」でひらく 宮城・仙台、石巻
1)「Book! Book!Sendai」その後
ワークショップ「小さな出版がっこう」
仙台「book cafe 火星の庭」店主 前野久美子さん1

仙台駅から車で5分ほど。古本とカフェの店「book cafe 火星の庭」は、変わらず独特の空気に包まれていた。店主の前野久美子さんがセレクトした古本と、ご主人の健一さんが切り盛りするカフェのかげんが程良く、味わい深い。2008年、この店から、仙台の顔ともなった「Book! Book!Sendai」は始まったのだった。

本でひととまちをつなぐイベント「Book! Book!Sendai」(以下B!B!S)は、前野久美子さんをはじめ、詩人の武田こうじさんなど有志が集まり、行政や企業の力をほとんど借りることなく、市民活動として進められてきた。
商店街の軒先を借りて、出店者が段ボール一箱分の本を売る「一箱古本市」をはじめ、本をめぐるワークショップやトークイベントなど、6月の仙台を本で彩ってきた。4万人という集客もさることながら、これだけ大規模な催しを、スポンサーもつけずにやってきたことは奇跡のようでもある。姉御肌の前野さん、やわらかな武田さんなど、個性豊かなメンバーがいて、みんなで楽しめるお祭り的なところもあったから、多くのひとを巻き込んで、ここまで続いてきたのだろう。
とはいえ、関わる面々は恐ろしく真剣でもあった。「準備に1年かかるから、大変なんですよ」と前野さんが言うとおり、つねに全力疾走を続けるなかで、毎年新しい試みを模索してきた。

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せんだいメディアテークからもほど近い場所 / 左から、武田こうじさんと愛犬ミルク、前野久美子さん、前野健一さん

ここ数年で実現させた企画のうち、前野さんたちが手応えを感じたひとつに、本づくりの学校「小さな出版がっこう」がある。複合文化施設「せんだいメディアテーク」を会場に、さまざまな講師を招き、受講者ひとりひとりがリトルプレスを制作するというものだった。

———B!B!Sを始めたときから、本づくりはメインにあって、こういう学校みたいなことはやりたいと思っていたんです。2013年に始めましたが、けっこう充実してましたね。半年間にわたって、受講生30人が本づくりを学んで、最後に発表するという企画でした。

冊子を制作するワークショップは特に珍しくはないけれど、月1回ごとのゲスト講師のラインナップが素晴らしかった。メイン講師の南陀楼綾繁さんをはじめ、「本をつくる」「本を届ける」などのテーマごとに、独自の出版を続けるミシマ社の三島邦弘さん、雑誌『球体』を主催する立花文穂さん、ショップ「タコシェ」の中山亜弓さん、夏葉社の島田潤一郎さんなど、東京や大阪、京都からの豪華メンバーだ。しっかり学んだうえで実作、というスタイルで、最終的にほぼ全員が工夫を凝らしたオリジナルの冊子を無事完成にこぎ着けた。
ただし、それを継続できるかというと、運営面はかなりシビアだった。

———メディアテークも好感触に思ってくれて、こういう出版関係のことをまたやってほしいと言われましたけど、予算のない企画だったんです。わたしたちはノーギャラですし、ゲストも薄謝で来てもらっていて。これでは続けられないし、もともと教師でもなく古本屋の店主なので、ひとを育てるという資質も自分にはそんなにないと思って。そういう「場」があるのは素晴らしいと思うんだけど。

前野さんは裏方に徹しながら、受講者が冊子をつくるプロセスを見ていて、自分だったらどうするだろう、何をつくりたいだろうとも考えていた。その末に、運営側からつくる側にまわって、「ひとりの受講生になった気持ち」で刊行物を出そうと思い立ったのである。
その内容は「宮城県で行われるイベントを網羅する情報紙」だった。