3)原点に戻って、まちと本の出会いに目を向ける
仙台「book cafe 火星の庭」店主 前野久美子さん3
『Diary』の予算がつかなくなってしまったのである。さらに、「一箱古本市」などイベントのほうも、やりたいひとに託して続けてほしいと思っていたが、結局うまくいかなかった。
「全部パーです」と前野さんは笑って言うが、B!B!Sを今後どうしていくのか、あらためて考えるタイミングだったようにも思える。
———イベントではなく刊行物の発行を取ったのは、東日本大震災後の、ここに住んでいるひとの日常が気になったからなんですよね。震災後はいろんなひとが、著名な芸能人とかも来て、フェスもあるし、イベントがものすごく過剰になっていて。イベントはその日は楽しくて盛り上がるけど、ここに住んでるひとは、残りの364日も過ごしているわけだから。
それに、わたしたちはイベントとかを散々やって経験してきていて。この先、続けたとしても同じ体制で、きっとルーティンになって、やるほうもいらっしゃるほうも新たな発見が生まれにくいのではないか。一生やらないわけじゃないけど、今は保留したいと。
これまでやってきたことがいったん途切れ、前野さんは「これがわたしたちの実力で、仙台の現実」と言うけれど、ここでめげたりしないのが前野さんと武田さんである。ほどなく、次にやるべきこと、やりたいことも見えてきた。
———石巻に「まちの本棚」という新しいブックスペースがあるんですが、そこで「ブックカフェのつくりかた」の講座をやってほしいと頼まれて、去年5月にやったんですね。そしたら、30人ぐらいの方が集まったんですが、沿岸部の方が多く、ブックカフェをやりたいというひとがたくさんいて。しかも夢とかじゃなく、本気で今すぐやろうと思っているのに驚きました。まだまだ大変な状況なのに、スペースを使って本を置いて、というのをやりたいひとがいるんだということのほうが、都市部にいて、日々ひとがいっぱいいるなかで商売をするより、もっと最先端なんじゃないかなって思ったんです。
石巻の「まちの本棚」は、本好きなひとが集まる拠点として2013年にオープンした。揃えた本を読むこともできるし、貸し出しもする。また、ワークショップやトークイベントも不定期で行っている。前野さんの話を聞きに集まってきた沿岸部のひとたちは、規模や内容は違うとしても、自分のできる範囲で「まちの本棚」のようなことをしたいと思っていたのだ。
———具体的には、南三陸とか、本吉町とか津波の被害の大きかった沿岸部の方ですね。あと、丸森町という原発事故で放射能がたくさん降ったところの方とか、福島市からからわざわざ来てくれたり。震災後にひとがどんどん流出しているなかで、何かやりたい、ブックカフェをやりたいというひとに話を聞きたいなと思った。
みなさん、だんなさんを津波で亡くしたりとか、すごい体験をされている。自宅の1階は流されたけど2階に置いていた本は助かったので、スペースつくってお茶を飲めるようにしたいとか、くらっとする感じです。価値観や世界観が、津波の体験によって変わってしまったんですね。そこで本の場所をつくりたいという答えを出しているというか。
「本の場所」をつくっても、ひとが来るかどうかもわからない。離れていくひとの多い被災地で、それでもつくりたいという熱い思いを目の当たりにして、前野さんは圧倒されてしまった。
そもそも、B!B!Sの当初のテーマは「まちで本と出会う」ことだ。原点に立ち戻り、「さまざまなまちに出かけ、本でつながるひとに会って話を聞き、それを伝えたい」という前野さんの変化は、ごく自然の流れであるように思える。