4)ひとりひとりの大きさ、個人の余韻
仙台「book cafe 火星の庭」店主 前野久美子さん4
B!B!Sの規模の大きさや4万人という集客力の高さは、全国でも注目を集めるものだった。しかも、スポンサーをつけたりせずに、ほぼ自分たちの力でやってきた結果だから、ほんとうに驚異的な数字である。でも、前野さんたちは「成功した」と言われることに違和感をおぼえていた。
———「成功のモデル」とよく言われたんですが、それも疑問で。何をもって成功というのか考えると、自分たちは、ひとが何万人来たとか、名のあるひとが来たとか、そういう価値観じゃないんですよね。ちゃんと継続的にやって、ひとにも喜んでもらえるものをもって、新しい本の可能性や、まだまだ使われていない本との付き合い方を探さないと、という気はします。
やっぱり、沿岸のひとのがんばりには衝撃を受けました。こっちなんだろうな、未来は。
前野さんは今、仙台のなかでアクションを起こすところから出て、外から仙台を眺めるようにもなった。遠く台湾やニューヨークのインディペンデントな書店を訪ねたり、台湾ではイベントを試みたりもしている。
———震災っていうすごいダメージがあって、今までのことを止まって見直さざるを得なくなって。2011年は、新しいことを考える余裕はまったくないので、去年やったことを今年もやることがモチベーションだったし、2012年までは、準備が一年はかかるから、実行することで自分たちがまわりを元気にするというのがあったけど、3年経った時に、社会や世界が変わっているわけだから、同じことがやり続けられなくなったというか。わたしは行為そのものというよりは、行為に乗って伝えたかった、起こしたかった現象があるんだと思いますね。「一箱古本市」をやれたらいいとか、そういうことではないですね。
だからといってすぐに新しい世界が見えるわけじゃないから。そのどうしたらいいんだろうっていうので、自分のいる場所から離れてみることが必要で、沿岸に行ったり、ニューヨークや台湾に行ったりしているのかなっていう気がします。そして今度は、向こうにいるひとたちに元気をもらって、自分の場所に還元しようと。
もうひとつ、これも沿岸部のひとたちとの出会いが大きいと思うのだけれど、前野さんは「一対一」という関係性を考えるようになったと言う。
———本という存在を世のなかに知らしめたいと思って、外で何か大きなことをやったり、ひとを呼んだりしていたところがB!B!Sの始めのころはあったと思う。じっさい、本と出会ったひともたくさんいると思うんだけど、そこが終わって、小さい空間でどこまでできるのか、日常で、ひとりのお客さんに来てよかったと思ってもらえるか、とか考えるんです。一対一が大事だし、個人に余韻みたいなものがつくれたら、それはすごいんじゃないかなって。今まで何万人とか人数や規模で、やってきたことを図るところもあったけど、今は「ひとりひとりの大きさ」ですね。
その実感から、本の所有者「ひとりひとり」に目が向くような企画も考えた。B!B!S 2015に開催した「私的研究本」である。
———「私的研究本」は、会場となる場を運営している方やオーナーにひとつテーマを決めてもらって、それついて学べる本を3冊紹介するというものです。そうすると、本にも出会えるけど、場をやっている店主などの方たちがどんなものに興味があるかわかって、本がもっと理解できるのがいいなと思って。みなさんすごく積極的にやってくださったんです。
仙台のみならず、前野さんの講座にきてくれた南三陸の方をはじめ、多賀城、栗原など宮城の各地で、美容室や整体教室の道場など、さまざまな場所が会場となったことが、前野さんにとってとても面白いことだった。
———ふだん本屋じゃない、まったく違うスペースに本を置いてもらうっていうのも面白かった。これもイベントとは言い切れなくて、もう少し日常寄りの感じですよね。ふだんの場所に、その時だけ本がある。難しいテーマのひと、くだけたひと、それもいろいろ、『Diary』のときと同じく、すべてフラットに紹介する。
B!B!Sは多くのひとに本の魅力や可能性を伝え、まちの景色を変えてきた。こんどはベクトルを変え、日常に視点を移し、ひとりひとりに向きあっていくなかで、また何かが始まるのだろう。それはきっと、小さくても実ある変化だ。小さな変化がつながったとき、どんな環が描かれるのだろうか。「こっちなんだろうな、未来は」という前野さんの言葉がたしかに響いた。