3)多様な研究者が集う、ゆるやかなオルタナティブスペース
この洋館をいかに活用していくべきか。本間さんはかつてサロン的な場であったという歴史を踏まえ、”研究者のためのオルタナティブスペース”というコンセプトを考えた。
———京都にはアーティストやクリエイターのためのスペースはけっこうあるんですが、研究者が集える場所はあまりないと思っています。この住宅がかつてアカデミックな集いの場であったという縁もあるので、僕自身も含め、研究者が大学や分野を横断して対話や交流のできる居場所にしたいと考えました。
その運営体制を見てみよう。下鴨ロンドには2024年10月現在、21人の「シェアメイト」がいる。彼らは決まった額の月会費を支払うことで、鍵を共有して自由に出入りでき、仕事場として使ったり、ここを会場にイベントを開催したり、遠方在住の人は滞在拠点にしたりもできる。男女比は半々くらいで30〜40代が中心。専門分野も写真史家、精神科医、服飾史家、社会学や臨床心理学の研究者などかなり多様で、会社員や新聞記者、教師など研究者以外の属性の人も存在する。
ほかに「営繕チーム」に建築・デザインの専門家が6名。彼らはシェアメイトと同じ条件でスペースの利用ができるが、対価なしでプロボノ的に下鴨ロンドの改修設計やその施工に携わる。さらには、毎月第2日曜日に開催される掃除など作業を手伝うことで下鴨ロンドをサポートする「作業ボランティア」が100名以上いる。
興味深いのは、シェアメイトも積極的に運営に携わることだ。たとえば会計は、本間さんと2名のシェアメイトで共同分担する。収入がどれだけあり、改修にいくらかけ、どのような予算配分で場所を動かしていくのか。さらには会計をシンプルかつシェアメイト間で透明にする仕組みづくりまで。会費を支払いながら、あたかも共同経営者のように仕事を受け持つ。本間さんはそんな関係性を、意図的に築いているという。
———シェアメイトとはあえてフラットな関係性をつくるように意識しています。”お客様”ではなく、改修前の廃墟然とした状況からでも付き合ってくれて、場をつくり再生させていくプロセスを一緒に歩んでくれる人を集めたかったんです。
シェアメイトのほとんどは、本間さんのTwitter(現X)の呼びかけをきっかけにコンタクトした。本間さんは建築分野が専門高度化し、専門外の人との断絶が進むことに対してつねづね疑問を持っており、あえて門戸を広く募った。中には改修前の状況に腰が引けてしまう人も当然いた。しかし元々建築畑とは無縁だったにもかかわらず、共に場の再生を実働してくれる心強い伴走者にもめぐりあえた。たとえばシェアメイトで会計チームのメンバーでもあるM・Tさん(仮名)は、初期から下鴨ロンドに深くコミットし、自身のリソースを注ぎ込んできた1人だ。
———2023年3月にはじめて下鴨ロンドに来ました。当時は電気も水道も通っていなくて改修のためのボランティア作業がたくさんあったので、毎週のように通い大工さんや学生さんたちと一緒に作業して、それまで別世界だと思っていた工事現場の面白さに気付かされました。大きな発見は、建物って「テクスト」なんだということですね。目から鱗が落ちました。私はもともと文学を研究していたのですが、細部を分析し、部分と全体の関わりを意識しながら整えていくという現場作業が文学研究のテクスト分析とよく似ていて、楽しくなってしまったんです。
下鴨ロンドでは2023年3月下旬から7月まで、営繕チームが主導し、作業ボランティアやシェアメイトたちが可能な範囲で共に手を動かす形で最低限の生活インフラを整える第一期工事がおこなわれた。M・Tさんはその工事に腕を発揮し、その後も素人の参加を募る現場を見つけては手伝いに出て、最近ついに電気工事士の免許取得を目指すまでに建築にはまり込んでいる。