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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#138
2024.11

時を重ねた建物を、ひらきなおす 3つの洋館

1 研究者たちが交わる、フラットな自治空間 京都・下鴨ロンド
2)2つの幸運なめぐりあわせ 存続と活用へ

そんな先進性を備えた洋館は90年の時を経て、2023年4月より会員制シェアスペース「下鴨ロンド」として再出発した。活用に至るまでには、いくつかの幸運なめぐり合わせがあった。

話は2010年代中頃にさかのぼる。そのころ街を散歩しては魅力的な建物を探し歩いていた本間さんは、住宅街の片隅に佇む洋館にめぐりあい、以来、気にかけるようになる。その後も空き家状態が続き、本間さんは折を見ては足を運んでいた。5年ほど経った2021年秋、意を決して管理会社にアプローチする。「貸す予定はない」との回答だったが、せめて見学だけでもと室内に入る機会を得る。「構造がしっかりしていて、大きな改修もされていなさそうで造作もよく残っている」と建物の価値を再認識した本間さんは、さらにオーナーの許可を得て建物の実測調査を行った。そこで屋根裏で棟札を発見し、設計があめりか屋京都店であること、1932(昭和7)年築で石割家が施主であることが判明する。

———あめりか屋だ! とすごくテンションが上がりました。あめりか屋は現在も京都、しかもこの家の近くに社屋があり、連絡してみると社長と担当の方がすぐに来てくれました。2023年に創業100周年を迎え、戦前の自社物件の現況調査をされているところで、タイミングがよかったようです。あめりか屋の方と一緒に現オーナーに会いに行けることになり、「僕たちで建物を直すので、貸していただけませんか?」と話しました。2021年12月、私事ですが長男が生まれる前日でした。

オーナーは当時91歳。維持管理に限界を感じ、更地にして駐車場にするつもりだったという。しかし新婚時代に暮らした建物への愛着は感じており、できることなら残したいと考えていた。残したい、だがメンテナンスは負担というオーナーと、改修や管理をふくめて自ら使いながら建物を残したいという本間さんの思いが合致。条件の調整に約1年をかけ、最初の家賃2年分は改修資金に充て、3年目以降から毎月の家賃が発生という条件で合意。「なるべく長く借りてほしい」というオーナーとアメリカ在住の長男の思いを受け、2023年4月より10年間の定期借家契約を結ぶに至った。

———調整に1年かかったのは、僕がどう運営していくのかを決めきれなかったからです。また、生活インフラの復旧などの資金をどこから出そうかと悩んでいたところ、あめりか屋さんが工事費用を立て替えてくださることになり、動き出しました。

かくして建物の歴史を知るオーナーが健在であったことや、およそ90年前に設計を行った企業が存続し、自社の歴史の掘り起こしを行っていたことが幸いし、下鴨ロンドは活用へと舵が切られた。

契約前から1年間の準備期間に本間さんは、SNSでの呼びかけに応じて集まった人々や元々縁のあった学生らと掃除や片付けを行った。7年ほどの空き家期間を経て庭には伐採した木が積み上がり、人の背丈ほどの高さになっていた。本間さんらはそれらもコツコツと片付けた。その傍らでオーナー宅に何度も通い、家や家族の歴史にまつわる話を聞き取った。

———家族の歴史を尊重しながら改修できないかと思ったんです。どんなふうに建てられ、住まわれて来たのかをお聞きしていく中で住まいに込められた意図もわかりましたし、オーナーさんとの信頼関係も育まれたと思います。

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玄関ホールの手洗い。仁三郎さんが医師であったためか、1918年から21年にかけて流行したスペイン風邪の影響か衛生意識が高く、多くの手洗い設備が用意された

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和室の座敷。先行して修復され、下鴨ロンドとして最初のイベント「写真史を学ぶ京都ゼミ」が開催されるなど、集いの場としても使われている

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かつて背丈ほどの木が積まれていた庭。下鴨ロンドの毎月恒例の全体掃除では、庭仕事も必ずおこなう